第9話 聖剣の力、再び


 御守りが効果を発揮し無事に帰宅することができた僕は、その日少しだけ帰りが遅く落ち込んでいる様子だった紬にお礼を言っておいた。


 おそらく、紬は部活の練習試合とかで負けて遅くまで自主練をしていたのだろう。世界でも終わりそうな感じの絶望した顔だったけど、それも青春というやつだ。


 前に落ち込んでた時は励ましたらにらまれたので、触れずにそっとしておくに限る。怖いし。


 ……それから、今日は帰りが早かったさくねえと三人で夕食をとったあと、僕は部屋に戻ってベッドへ潜り込んだ。


 ちなみにさくねえとは、僕たちの現在の保護者である叔母の呼び名だ。兄であった父とは、確か十歳くらい歳が離れていたはずだ。


 前に一度、紬が日に日に凶暴化していて怖い件について相談したことがあるのだが、「妹はそういうもんだぞ。そのうち口も聞かなくなる」と素っ気なく返された。


「昔は怖がりで可愛かったのになぁ……末恐ろしいなぁ……」


 僕はこれから先も凶暴さを増していくであろう紬の事を考えて身震いした後、部屋の電気を消して目を閉じた。


「……そういえば」


 メフィアも最初に会った時は今の紬みたいに怖かったな。「ふん! こんな弱そうなヤツが勇者だなんて認めないわっ!」とか言われた記憶がある。


 思い返せば酷い言われようだ。腹立たしい。僕だって好きで勇者として異世界に召喚されたわけじゃないのに。


 とはいえ、オーガに攫われて襲われそうになっていたところを救出してからは少し丸くなったが。


 ……そう考えると、紬とは変化の方向性が真逆だ。


 つまりメフィアはツンデレだったが、紬はデレツンであるということか。


 我ながらクソどうでも良い結論を導き出してしまった。


「メフィア、元気にしてるかな」


 僕はふとそんなことを呟く。


「エインとは……仲良く出来てるのかな」


 魔王を倒した後は上手くやれているのだろうか。


 色々と思うところはあったが、最終的なパーティメンバーだったエインとメフィアの二人には楽しく暮らしていて欲しいものだ。


 最後はほとんど死に別れみたいな感じだったけど、僕は何だかんだでこちらへ戻って来れたから、あまり気に病まないでいてくれたらいいなと思う。


 エインは意外と芯が強いから大丈夫な気がするけど、メフィアはあり得ないくらい泣いてたから心配だ。


 いつまでも居なくなってしまった人間に囚われていたら、人は前に進めない。


 僕のように、寝る前のふとした瞬間に思い返すくらいが丁度良いのだ。たぶん!


「…………」


 ……もっとも、綺麗さっぱり忘れ去られてたらそれはそれで悲しいけど。


 僕はそんな風に、遠い異世界に居る仲間たちへ思いを馳せながら深い眠りに落ちた。


 *


「……ト! ハル……! 起きて……い!」

「………………」

「そろそろ目を覚ましてください! ハルト!」

「……うん?」


 聞き覚えのある声に呼びかけられて目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。


 ……仲間のことを考えながら寝たら仲間の夢でも見られるんじゃないかと少しだけ思っていたけど、まさかここに来るとはな。


 あの流れだったら普通はメフィアとかエインとかが出てくるべきだろ。


「やっと起きてくれましたね!」


 展開の不条理さに対して心の中で抗議する僕の正面には、目をまん丸に見開いた白髪の少年が立っていた。


 見かけの年齢は十歳くらい。中性的な顔立ちをしていて、真っ白いローブを身にまとったその姿は、さながら天使のようだ。


「お前は……」


 僕はこいつのことを知っている。というか、この何もない場所についてもよく理解していた。


「ハルトーーーっ!」

「うぐっ!?」


 刹那、白髪の少年は突進に近い勢いで僕に抱きついてくる。


「ご存じの通り、ぼくはハルトの聖剣クラウ・ソラスです!」

「ひ、久しぶりだな……」


 僕はクラウ・ソラスのことを引きはがしながら言った。みぞおちの辺りが痛い。


「はい! お久しぶりですね! 感動の再会というやつです! 魔王との戦いでは不覚を取りましたが、ぼくはもう負けません!」


 ……ここは僕の心象世界。


 そして目の前のこいつは、僕の正義の心から生まれた聖剣を自称する存在だ。つまり聖剣の化身といったところか。


 かつて、僕は魔王軍幹部との戦いで使っていた剣を折られ、瀕死にまで追い込まれたことがある。  


 その際に目覚めた内なる聖剣――クラウ・ソラスに呼びかけられ、初めてこの心象世界へとやって来たのだ。


 そして覚醒イベントを経験し、聖剣の力を駆使して魔王軍の幹部に勝利したのである。


 ……以来、僕は聖剣クラウ・ソラスの使い手となり、この空間へ度々呼び出されるようになった。


「ええと、最後に来たのは……いつだっけ?」

「今です!」

「いや、そういうことじゃなくて」

「その前は魔王との決戦前夜ですね!」

「……そっか」


 ご覧の通り、聖剣の化身クラウ・ソラスくんはちょっと感覚が人とズレている。


 まともに会話を成立させることも一苦労だ。


 つまり、僕の正義の心は少しズレていて人の話を聞かないということである。我ながら随分と独善的で危ない奴だな。

 

 こんなのが勇者で本当に良かったのだろうか。


 結果的に魔王は倒してるから問題ないな。危ない奴には危ない奴をぶつけるくらいで丁度いいのだろう。たぶん。自己解決した。正義って暴力的なとこあるしね。


「……というか、こっちでも普通に心象世界まで来られるんだな。てっきり、お前ともお別れしたもんだと思ってたぞ」

「寂しかったですか?」


 目を見開いたままの狂気的な笑みで問いかけてくるクラウ・ソラス。


「べ、別に」

「ツンデレというやつですね! もう少し素直になるべきだと思います!」


 ……それはメフィアに言ってくれ。もう会えないけど。


「とにかく、どうして呼び出したのかを聞かせてくれよ」

「……実を言うと、ぼくもハルトを呼び出せて驚いています! やれば出来るものですね!」

「そうか」


 僕の疑問に対する答えにはなっていないような気がするけど、まあいいや。


「理由もなく呼び出したなら……遊び相手くらいにはなってやるけど……?」

「いいえ違います! ちゃんと呼んだ理由があります! それに、ハルトとここで二人だけで遊んでもあまり楽しくありません!」


 ひどい。


「それなら、僕に何の用が……?」

「よくぞ聞いてくれました!」 


 目をキラキラと輝かせながら手を叩くクラウ・ソラス。僕はずっとそう聞いてるんだぞ。


「実はお願いしたいことがあるのです!」

「ろくでもないお願いをするのはやめてくれよ……?」


 一歩だけ後ずさりながら釘をさしておく。


「血です! ぼくは今、悪者ワルモノの血を求めています! 早くワルモノを斬りたい……! ワルモノと戦いましょう!」


 ろくでもなかった。


「ああ、早くワルモノを斬り刻んで真っ赤な生き血を啜りたいです……!」

「物騒なことを言うんじゃない」

「血が見たい!」


 相変わらずやばいな、僕の聖剣は。


「もはや悪者わるものはお前の方だろ……」

「え? ぼくは良い子なので違います!」

「この魔剣め……」

「いえ、聖剣です!」


 毎回思うが、こいつのどこが聖なるつるぎなんだ。どちらかと言えば魔剣とか妖刀のたぐいだろ。最初に覚醒イベントで邂逅した時、普通に敵だと思って戦ったし。


「ワルモノを斬ると~♪、血がたくさん~♪、出るんですよ~♪」

「……歌ってるとこ悪いが、こっちの世界には魔王みたいな分かりやすい悪者わるものは……」


 ……居たな。今日二匹くらい見かけた。


 もしかして、クラウ・ソラスは僕が勇者の力を使ったから再び目覚めたのか?


「聖剣の加護が発動しました! ……たった今、僕の斬れるワルモノがお家に近づいてきています!」

「な、なんだって……!?」


 基本的に、聖剣は邪悪な魔物や極悪非道な人間しか斬ることが出来ない。


 その力が発揮されるのは、クラウ・ソラスが「倒さねばならない悪」だと認識した相手のみだ。


 ……つまり、こいつが僕を呼び出して「ワルモノを斬らせろ」と騒ぎ始めた時点で、現実世界の僕の身にかなりの危険が迫っていることは間違いないのである。認めたくはないが。


「じゃあ、起きたらまたヤバい何かと戦うことになるのか……?」

「その通りです! 早く起きて戦いましょう! ワルモノの真っ赤な血でぼくを満たしてください! おうさつ鏖殺! しましょう!」

「この妖刀め……!」

「ぼくは聖剣です!」


 *


「…………はっ!」


 深夜、目を覚ました僕はベッドの脇に光り輝く聖剣が出現していることを確認する。


「…………困ったな」


 さっきのは夢じゃない。


 どうやら、本当にワルモノとやらがこちらへ近づいて来ているらしい。まさか自宅を襲撃されるとは思っていなかったぞ。


 寝ている紬と咲ねえは巻き込みたくないし、どうしたら良いものか。


「ほお、面白そうなモン持ってるじゃねぇか」


 僕が頭を抱えていると、背後からそんな声が聞こえてきた。

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