第8話 不穏な動き


「……というわけで私たち、死にかけたんですけどっ!」


 つむぎを連れて退魔塾の職員室へと乗り込んだ楓薫ふうかは、青白い顔をした痩身の美青年――任務から戻って来た担任の教師に早口で今までのことを伝える。


「なるほど、それは災難だったね」

「災難どころじゃないよぉっ!」


 涙目で訴えかける楓薫と、無言で俯いたままの紬。


 教師の男――鳴瀬なるせ悠紀夫ゆきおは、そんな彼女らを一瞥した後パソコンに何かを打ち込み、気障な動作で強めにエンターキーを叩きながらこう言った。


「……本部には連絡をしておいたよ。明日からしばらく塾はお休みにしよう。もちろん見回りも無し。……良かったねぇ」

「今さらそんなこと言われても素直に喜べないし! そもそも、あれは何なの!? 街中であんな化け物と遭遇するなんて異常だよ! 異常事態なんだよぉっ! 何とか言ってよゆっきー!」

「その呼び方はやめてくれないかい?」

「鳴瀬先生!」

「………………」


 興奮する楓薫に詰め寄られた鳴瀬は、観念した様子で呟く。


「混乱を招くから本来は生徒に話すべきじゃないんだけど……巻き込まれてしまった以上、ある程度は伝えておこうか」

「そんなこと言ってないで全部教えてよ!」


 やれやれといった動作をして楓薫の言葉を受け流し、話を続ける鳴瀬。


「まず、現在の日本は怪異によって滅びかねない危険な状態にある」

「えっ」

「各地で一級や上一級の案件に相当する異常な霊力が検知され、私たちはその対応に追われている。授業が行えないのはそのせいさ」

「めちゃくちゃヤバいじゃん!」

「ああ、ヤバいよ」


 楓薫と紬は互いに顔を見合わせた。


「おまけに霊力の発生源は掴めず、何者かが巧妙に隠している。――君達の報告ではっきりしたけど、あれは上一級相当の怪異を閉じ込めた結界から漏れ出したものだったんだね」

「そ、それって……つまり?」


 驚きつつも、あまり分かっていない様子の楓薫。


「ああいうのを閉じ込めた結界が……日本中に設置されてるってことですか……?」


 一方、紬はここに来て初めて言葉を発した。


「うん、まあそう考えるのが自然だね。なぜそんな事が起きているのかは全く見当がつかないけど」


 鳴瀬の言葉を聞き、みるみるうちに青ざめていく紬。


「とにかく、状況が状況だから怪異が活発化する夕方以降に出歩くのは今まで以上に危険だ。君たちも放課後は家で大人しくしていた方が良い」


 鳴瀬は一呼吸おいてから続ける。


「……だから今日はもう帰るといいよ。見回りのルートは避けて、いつも登下校に使っている道を使えば安全なはずさ……たぶん」

「て、適当すぎっ! ゆっきー教師失格!」

「あはは、返す言葉もないな」


 かくして、紬たちはいつもより早く家へ帰されることとなったのである。


 *


 ――日本退魔協会。それは、陰陽寮を前身とする退魔師の総本山である。登録している退魔師の等級を決めたり、任務を斡旋したりする他、退魔塾の運営も行っている。


 ちなみに、現代の退魔師は様々な地域の呪法を取り入れ改良された呪術を使用して怪異を払っているため、陰陽師ではなく退魔師と呼ばれるようになった。未だに陰陽師を名乗る派閥も存在するが、その辺りの事情は複雑だ。


 裏鬼道会うらきどうかいは、そんな退魔協会がにらみを利かせている敵対組織の一つである。


 それの前身は鬼道會きどうかいという名の組織だ。


 鬼道と呼ばれる呪法を利用した怪異退治を行う一派であったが、彼らの使う術の一部が陰陽寮によって禁術に指定されたため、内部での分裂が発生。鬼道會は表と裏に分かれることとなった。


 以降、「表」は退魔協会に併合されて消失し、「裏」は実態のつかめない組織として未だに暗躍を続けている。


 本日執り行われるのは、年に数度の会合だ。結界によって外界から切り離された畳敷き大広間に、裏鬼道会の幹部たちが集う。


 そこに居るのは、陰陽寮や「表」への復讐を果たす為に人間であることを辞めた禁術使いの古老ばかりだ。


「失礼します」


 そこへ、真っ黒な長髪の美青年が襖を開けて入ってくる。


「おお、来たか外道丸げどうまる


 古老達のうちの一人が、しわがれた声で言った。


「全ての準備は整いました。ご命令とあらば、いつでも結界を解放しこの国を滅ぼすことができます」

 

 外道丸と呼ばれた青年は、正座をして深々と頭を下げながら報告をする。


「よい。それは交渉の材料に過ぎん。我々が欲しいのは……あくまで『表』の立場……」

 

 その言葉を聞いた外道丸は頭を上げ、冷酷な目で幹部達を見ながらこう言った。


「やはり貴方がたはつまらない。人であることを辞めておきながら安寧を求め、再び日のもとを歩もうとする。鬼の風上にも置けない連中だ。反吐が出る」


 ざわめき始める古老たち。


「外道丸……貴様何を……!」

「やれ」


 外道丸が合図をしたその瞬間、四方の壁や襖を突き破って化け物達が入ってくる。


「足りない……まだ、喰いたりない……。蟋蟀こおろぎ達がいている……」


 無数の蟋蟀蠱とうしつこを操る長身痩躯の男鬼だんき――閻魔えんま


「みぃんな……望んで人間辞めたくせにさぁ……? ねたましいねぇ……」


 紫色の着物を身に纏った妖術使いの女鬼じょき――橋姫はしひめ


「バラバラに、引き裂イてやル。我を、おそレよ」


 蜘蛛の身体に牛の頭を持つ異形――牛鬼ぎゅうき


「あーあ。れはァ斬っても楽しくねぇんだが……まあ、試し斬りには丁度いいか」


 菅笠すげがさを被り黒い着物を着た剣鬼――無羅むら


「ま、待て! やめろ……! やめさせろ外道丸……!」

「皆さん、さようなら。裏鬼道会はこれより我々が取り仕切ります」

「う、うわああああああっ!」


 そうして一方的な虐殺が幕を開け、大広間は真っ赤な血で染まることとなった。


 外道丸はその中心に胡座あぐらをかいて座り、愉しそうに笑いながら言う。


「手始めに、この国の人間を皆殺しにしてやろう。みんなもその方が面白いだろう?」


 外道丸――またの名を酒吞童子しゅてんどうじ。鬼たちを束ねる頭領である彼の言葉に賛同するかのように、大広間に化け物どもの笑い声が響き渡った。

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