第7話 怪異の危険度


 退魔師には対応できる怪異の危険度に応じた等級が割り当てられており、下から四級、三級、二級、上二級、一級、上一級の順に並んでいる。


 つむぎたちが討伐したまだ形の定まっていない怪異の危険度は最低の四級相当であり、これを祓うことができれば四級の退魔師として認められることとなる。


 その次が植物や獣や虫といった人ではない形をとっている怪異であり、これらを祓うことができれば三級。


 基本的に怪異は長く生きて人の形に近付くほど霊力が強まるとされており、鬼や河童や天狗といった人型のものを祓えるのならば二級。それらが人の言葉を話し、術を使ってくる相手であっても変わらず対処できるのであれば上二級だ。


 紬は上二級、楓薫ふうかは二級の退魔師であり、二人が組んで対処できるのはここまでである。


 これ以上の危険度を持つ怪異には上記の法則が通用せず、姿のみで強さを判断するのが難しくなる。


 基本的には霊力を測るのが早いが、例えば有名な妖怪や都市伝説を一部踏襲した怪異が出現したら注意が必要だ。


 それらは怪異の中でも特に異常な存在であり、最低でも一級以上の危険度である可能性が非常に高い。


 即ち、分類に当てはまらない規格外の怪異を祓うことができれば一級として認められるのである。


 ――そして最高位、上一級の退魔師に認められる条件は必ずしも祓うことではない。最も危険度の高い怪異は霊力の高まりによって神と呼べる域にまで至った存在であり、人の手に負えるものではない。


 そういった気まぐれな神々を鎮め、人々から脅威を退けることができる者が上一級退魔師なのである。


 *

 

 これは自分たちの手に負える相手じゃない。紬はそんなことを思いながら後退あとずさった。


「ァアああアぁあァああぁ」


 目の前のが発する霊力の強さは、人が相手にできる範疇を越えている。


 一度神と邂逅したことがある紬には、目の前のそれが神の域に到達している怪異だとはっきり理解できてしまった。


 では何故、先ほど倒した低級の雑魚怪異と似た姿をしているのか。それは彼女にも分からない。


 その怪異は人の声が届くような状態ではなく、鎮めることはおろか対話することすら不可能に見えた。明らかに上一級の案件だ。


 そんなものと遭遇してしまった自分たちの運命は決まったようなものである。


「あ……ぇ……?」


 紬は恐怖で立っていられなくなり、その場に膝をつく。


「つむぎちゃんっ?!」

「な、なな~ん………………」


 召喚した式神は霊力の供給が途絶えたことでかき消え、ただの非力な少女だけがそこに残された。


「ふ……ふっざけんなよッ! こんなの……手に負えるわけないじゃん! なにが見回りだっ!」


 余裕がなくなり、珍しく乱暴な口調で悪態をつきながら刀を構える楓薫。


「ぶっとばしてやる……っ!」


 勇ましい態度とは裏腹に、構えは崩れ手元が震えている。明らかに虚勢を張っている様子だった。


「ふうかっ………ちゃん……っ!」

「…………!」

「攻撃しちゃ……だめっ! 見逃してっ……もらうの……っ」


 紬は必死に声を絞り出して言う。


 退魔師としての実力が高くなればなるほど、霊力に対する感覚が研ぎ澄まされる。


 楓薫が辛うじて立っていられるのは、目の前の存在の恐ろしさを紬ほどは感知できていないからだ。


 少しでも神を理解できる者から順に狂っていくのである。


「……分かってる」


 楓薫はそう言って武装を解除し、手に持っていた刀を元のお札に戻した。


 対抗策を持たずに神と遭遇してしまった場合、出来ることはただじっと動かず脅威が過ぎ去るのを待つことだけである。


 何か少しでもアレの気に触ることをすれば命はない。こちらの存在を気にめられてもお終いだろう。


「ぁアァあアぁあァあ」


 そうこうしている間にも、怪異は不快なうめき声を発しながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 ――もうダメだ。


 そう思った紬はぎゅっと目をつぶる。


 だが次の瞬間。


「ミィつケたァ……!」


 怪異は不気味な声で言うと、道の両脇に並ぶ民家の屋根を伝って二人の上を通り抜けていった。


「え……?」

「た、助かった……の?」


 青白い顔で固まったまま、ぎこちなく振り向く楓薫。


「分かん……ない……」


 紬にはそう答えることしかできなかった。


 程なくして謎の爆発音が響いた後、カラスの鳴き声がぴたりとやむ。邪悪な気配はいつの間にか消え去ってしまったようだ。


「助かった、と……思う……。よく分かんないけど……」


 最初に言葉を発したのは紬の方だった。


「さ、流石に死んだかと思ったよ……!」


 楓薫はがくりと肩を落とし、膝に手をつく。気丈に振る舞ってはいるが、手足の震えが止まらない様子だった。


 先程までの恐怖を紛らわすため、無理に明るく振る舞っているのだろう。


「……とりあえず……先生でもぶっ飛ばしに行く? 見回りなんかさせるから、危うく大事な生徒が二人も死ぬところだったんだよ?!」

「えっと……せ、先生でも、これは想定できないんじゃ……ないかな……? 明らかに、異常事態だし……」


 紬は気力を振り絞り、怒っている楓薫をなだめる。脅威は過ぎ去ったのにも関わらず、心臓は激しく脈打っていた。


「……はぁーあ! じゃあ……報告だけにしとくかぁー。つむぎちゃんに免じて!」


 楓薫はそう言った後、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら続ける。


「やっと下の名前で呼んでくれたことだしねー?」

「え…………」


 即座に言葉の意味を理解できず、困惑する紬。


「これがツンデレのデレってやつ? もう一回さっきみたいに『ふうかちゃん』って呼んでみてよ!」

「…………」

「顔、赤いよ? そんなに恥ずかしがらなくても――」

「や、やだ……!」


 紬は半ば反射的に拒否していた。


「もぉー! つむぎんはガードがカタいなぁー。今日は命まで預けたのに! こんなことってないよ?!」


 楓薫はそう言って肩をすくめると、その場からゆっくりと歩き出す。


 紬はその後を追おうとして――とあることに気付き、小さな声で叫んだ。


「ま、まって……っ!」

「うん?」

「あの、立てなく……なっちゃった……」

「ほぉー?」


 途端に、振り返った楓薫がいつもの笑みを浮かべる。


「ふうかちゃんにぃ、どうして欲しいのかなー?」

「……手を……貸して欲しい」

「誰にー?」

「ふ、ふうかちゃんにっ!」


 揶揄からかわれた紬は、怒りと恥ずかしさで顔が熱くなる。


「もちろんいいよ! 私がおんぶしてあげるからね! つむぎん!」

「……ふうかちゃん、きらい」

「私も好きだよ! つむぎんは大切な仲間で――今回は命の恩人だから!」

「な、なんで……そうなるの……っ!」


 かくして、歩けない紬は退魔塾へ向かうまでの間、楓薫に背負われることとなった。


「その……あり、がとう。ふうか……ちゃん」

「んふふ、どういたしましてー」

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