第6話 式神使いと霊剣使い


「ラッキー! 今日も授業なしで学校周辺の見回りだけしたら帰っていいって!」


 楓薫ふうかはスマホを確認しながら嬉しそうに言った。


「……それ多いね、最近」


 一方、あまり嬉しくなさそうな様子のつむぎ


 彼女らは二人とも将来を期待された退魔師ではあるが、学生のうちは見習いとして扱われる決まりだ。


 そのため、基本的に放課後は『退魔塾』と呼ばれる専門の教育機関で必要な知識を学ぶことになっている。


 普段の指示は退魔塾の教員が出し、本部から任務が斡旋された際も教員の判断によって生徒達に割り振られるのだ。


 そして、生徒達では手に負えないと判断された案件は教員のみでの対応が行われる。


 授業がないということはつまり、教員が任務に駆り出されているということである。相応の緊急事態が起こっている可能性が高い。


 最近は授業が取り止めになる日が多く、何かこの地域に異変が起きていることは明らかだった。


 しかし、任務の内容は引き受けた者しか知ることができない決まりであるため、具体的にどのような異変が起きているのかは分からない。


 怪異を引き寄せやすい兄を持つ紬は、毎日不安を抱えながら過ごしていた。


「……ま、なんも起こらないでしょ!」


 そんな紬を気遣ったのか、いつも以上に明るい調子で楽観的な考えを述べる楓薫。


「それにぃ、御守りも渡したからねー?」

「べ、別に……遥人はるとのことが心配なわけじゃないし……!」


 茶化された紬は、少しだけ顔を赤くしながら言った。


「でもさ、そんなに心配なら今日は一緒に帰ってあげれば良いんじゃない? 見回りなんて、やってもやんなくても変わんないんだしさー」

「だから心配じゃ……っ!」


 そこまで言いかけて口ごもり、恥ずかしそうに目を伏せる紬。


「おにい――遥人、危機感も霊感ないから……そういうの嫌がる……。異世界とかは信じてるくせに……幽霊は信じないし……」

「つむぎちゃんに負けず劣らず面白そうなヤツだねぇ」


 楓薫はニヤニヤしながら言った後、手を叩いて続ける。


「じゃあさ! つむぎちゃんが一人で帰るの怖いって言えばいいんじゃない? 可愛い妹の頼みだったら断れないっしょ!」

「絶対やだ……」

「めんどくさー」


 楓薫は目を細めて言った。


「と、とにかく! 今日は早く見回りやって帰るからっ!」

「マック行かないの? JKなのに?」

「行かないっ!」


 かくして、二人は教員から指示された通りに学校周辺の見回りへ向かうのだった。


 *


「つむぎちゃん、これ……ヤバいんだけど……。ひ、引き返した方がいいかもぉ……!」


 楓薫の予想に反して、異変はすぐに見つかる。二人はいつの間にか巻き込まれていた。


「……もう遅いみたい」


 街中で怪異の発生しやすい場所は、薄暗くて、人通りが少なく、淀んだ空気の溜まっているところだとされている。


 見回りの際の巡回ルートとして定められている一本の路地へ足を踏み入れた瞬間、明確に周囲の気配が変わったのだ。


 カラスがやたらと騒ぎ出し、付近の家の窓から一切の明かりが消えたのである。


 おまけに、人ではない何かの霊力が辺りを満たしていた。


「――出てきて、ムギ」


 紬は懐から取り出した形代――人の形に切り抜かれた真っ白な紙を右手の人差し指と中指に挟んで正面へ突き出し、そう呼びかける。


 すると、持っていた形代が彼女の手を離れて巨大な茶虎猫へと変化した。


「な~ん」


 三又みつまたに分かれた尻尾を振りながら、間の抜けた返事をするムギ。


「いいよなぁ、それー」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ……」


 神薙かんなぎ家は式神の使役を得意とする式神使いの家系なのだ。


「……シャーッ!」


 突然、ムギは正面を向いて毛を逆立てる。


「……向こうから一番大きいのが来る」

「――金切かなきり


 紬の言葉を聞いた楓薫は、即座に一枚の札を取り出して呪文を唱えた。


 すると、持っていた札が霊力をまとった一振りの刀剣に変化する。


 紬とは違い、一般家庭出身である楓薫には術を扱う才能がほとんどない。霊力に目覚め退魔師になったのも偶然のことだ。


 そのため、唯一人並みに扱える金行ごんぎょうの術で式札を刀剣に変え、霊力で身体能力を底上げして戦う。


「何かあったら合図してね、つむぎちゃん。――あとムギちゃんも!」

 

 彼女のような退魔師も珍しくない。


「うん、分かってる」

「んな~ん」


 楓薫が刀を構えて一歩前へ踏み出した瞬間、それは現れた。


 見た目を形容するのであれば、怨念を纏った塊――モゾモゾと動く中身の詰まった黒いゴミ袋といったところだろうか。


 それ、二人の周囲を取り囲むようにして地面から複数出現する。


 まだ形の定まっていない低級の怪異であるそれらは、紬たちでも十分に対処可能な相手だ。


「――蛍火ほたるび


 紬が出現した怪異の中の一体に向かって火の術を放つのと同時に、他の一人と一匹も動き始めた。


「食らえッ!」

「ほたるび~」


 楓薫は刀で怪異を斬り伏せ、ムギは紬と同じ火の術を発動させて近づこうとする怪異を焼き払う。


 前衛を楓薫に任せ、後ろからムギと紬が術を連射して支援するのが彼女らの戦い方である。


 低級の怪異であれば、いくら出てきても苦戦はしない。

  

 しかし――


「いなぃ……イなァい……」


 一通り怪異を祓った彼女達の前に現れたのは、さらに大きな怨念を纏った何かだった。


「う、嘘でしょ……?」

「なに……あれ……」

「なんな~ん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る