第2話 かくして勇者は伝説となった
――魔王との最終決戦。
それが起きたのは一瞬だった。
「貴様らも……道連れだッ!」
斬り伏せられたはずの魔王が起き上がり、身体を崩壊させながら強力な全体魔法を放ってきたのだ。
「
どうにか反応できたのは、聖剣の加護によって危険をいち早く察知できた僕だけだった。
「ハルトっ!?」
僕は聖剣を横に構えながら魔法の障壁を展開し、仲間達を庇う。
「往生際が……悪いぞッ!」
魔法を完全に相殺した次の瞬間、何故か視界が真っ白になって僕の身体が吹き飛んだ。
「これで……相討ちだな……忌まわしき勇者よ……ッ!」
最初の全体魔法はただの見せかけ。魔王の狙いは初めから僕一人だったようだ。
膨大な魔力を消費する全体魔法の後に、それよりは消費魔力が低いが狙えば確実に一人を殺せる速射魔法を放つことで、聖剣の加護を欺いたのである。
――だが、そう気づいた時にはもう遅い。
弾き飛ばされた聖剣が床に落ちる前に、僕の意識は断絶した。
*
「いやああああああああああっ!」
魔王城の玉座の間に、少女の悲鳴が響き渡る。
視界がぼやけて顔がよく見えないが、特徴的な赤い髪と
彼女はおそらく、今まで一緒に戦って来た魔術師のメフィアだ。
「うぁあ、ああぁっ! だめええええぇっ!」
確か……やっとの思いで魔王を倒したのに、どうして僕を見下ろしてそんなに青ざめた顔で泣いているのだろうか。
どう考えてもここは喜ぶべき場面だろう。
みんな……無事だったんだから……。
「ハルトぉっ……死なないでえぇっ!」
「ぇ…………?」
そこまで呼びかけられて、僕はようやく自分の身体に穴が空いていることに気付いた。
そういえば、さっきから全然力が入らなくて起き上がれない。腹部の損傷が特に酷いようで、無理に動けば中身が出てしまうような気がする。
「ぁあ…………」
納得と少しの絶望が入り混じった声が自分の口から漏れる。
こんなに酷い怪我をしているのに殆ど痛みを感じないことが、かえって不気味だ。
自分の体が冷たくなっていく感覚だけが何となく残っている。
「魔力が……っ!? 何で出ていくのっ?! と、止まりなさいよぉッ! 止まれッ! 止まれ止まれ止まれぇッ!」
どうやら、メフィアは必死に僕の体へ魔力を送り込んでくれているらしい。
何もしていないのに生き物の体から魔力が流出していくことの意味を教えてくれたのは、他でもないメフィアなのに。
「だ、大丈夫ですっ!」
するとその時、今度はメフィアとは別の女の子の声がした。
「ぐすっ……私がっ……絶対に……死なぜませんからっ!」
彼女は神官のエインだ。もう見えないが、金髪に青い瞳の少女である。
いつも落ち着いていて、どんな怪我も治癒魔法で治してしまう天才の彼女がここまで取り乱しているということは……つまり、そういうことなのだ。
エインに治癒魔法をかけてもらっているのに、メフィアに魔力を分け与えてもらっているのに、あまり変化を感じない。
一つ一つ、
「ハルトぉっ! 死んじゃやだあああっ! 目を覚ましなさいよおおぉおッ!」
「お願いしますハルト様っ! どうか……目を開けてください……っ!」
……残念ながら、もう目は開いていないみたいだ。大切な仲間を悲しませてしまうのは忍びない。
元の世界の家族は……ずっといなくなった自分を探し続けることになるのだろうか?
そのこと関しても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
たった一人、見知らぬ土地に勇者として召喚された僕は、元の世界へ帰るために必死で魔王軍と戦った。
それがいつの間にか、この世界で大切に思える仲間を得ていたようだ。
僕は最後の最後で死んでしまうみたいだけど、目的は果たせたのでみんな喜んでくれるだろう。
血を失い過ぎてあまり頭が回らない中で、ぼんやりとそんなことを想う。
エインとメフィアも、これからは魔王の脅威に怯えることなく幸せに暮らしていけるはずだ。
「行かないで……っ! 待ってよぉっ!」
「あぁ、神様……どうかお願いします……っ!」
エインとメフィアはそれぞれの分野における魔術の天才である。
そんな二人が、ここまでして無理なのだから……最期に僕がすべきことは……。
「もう……いいよ……」
二人を止めることくらいだろう。
魔王との戦いで消耗しているのに、これ以上魔力を使い続けたら命に関わる。
三人まとめて倒れてしまえば、それこそ魔王の思う壺だ。
「喋らないでハルトっ! だいじょうぶっ……大丈夫だから……っ! そうよねっ、エインっ?!」
「うぅぅっ……ひっぐ……っ! ううぅうぅうッ!」
エインは何も答えられなかった。それでメフィアも黙り込んでしまう。
「ぅ……ぁあ……そん、な……」
「ごめん……なざい……っ!」
おそらく、二人とも初めから分かっていたのだ。
誰かがこうなる可能性は、みんな考えていた。だから、魔王と戦う前に話は済んでいる。
分かっていても、やっぱり辛いものは辛い。
やり残したことは……沢山あるけど……もう時間がないみたいだ。
――ああ、こんなところで、死にたく、ないなぁ……。
「怖がらなくて……だい……じょうぶ。あなたの魂は……天へと昇り……そこでっ、
恐怖に呑み込まれそうになったその時、誰かが右手を握りながら涙声でそう言った。
余りにもぎこちない言い方だったのがおかしくて、少しだけ気持ちが楽になる。
「あり……がとう……」
「ぁあぁあああああああぁあッ!」
そして、左手を握りしめる誰かの慟哭を聞きながら、僕の意識は遮断されるのだった。
*
「…………はっ?!」
気が付くと、そこは自室のベッドの上だった。
カーテンの隙間からは朝の日差しが差し込んでいる。目覚まし時計を確認したところ、時刻は朝の八時だ。
「うーん……?」
あまり覚えてないけど、自分が異世界に飛ばされた時の夢を見ていたような気がする。しかも死んだ時のやつ。実に気分が悪い。
「最近は見なかったんだけど……コオロギに魔法ぶっ放したせいか……?」
――僕は向こうの世界で命を落とした後、何故か無事に元の世界へ帰って来ることができたのだった。
異世界には一年くらい飛ばされていたはずなのだが、その間こちらではほとんど時間が経過しておらず、中三の夏休みが丸ごと潰れてやや絶望しただけで済んだ。
それでも一ヶ月ほど行方不明になっていたのでそれなりの騒ぎにはなったし、念のために病院へ入院させられて色々と検査されたけど、何も異常が無かったのですぐに元の生活に戻ることが出来たのである。
大冒険をした後のエピローグとしては少々退屈な気もするが、事件なんて起きないに越したことはない。
だがしかし――
「昨日のあれは……夢じゃないよな……」
――向こうの世界には魔王が居たが、こっちの世界には巨大コオロギが居た。
たまたま勇者の力が残っていたので退けることが出来たが、もし仮に魔王クラスのお化けコオロギと遭遇してしまったら無事でいられる保証がない。
「流石に……こっちで死んだらもう生き返るとかはないだろうし……夜は大人しくしといた方が良さそうだなぁ……」
ため息混じりにそう呟く僕。
魔王を討伐する旅の途中、魔物の襲撃に備えて交代で見張をしていた時の習慣が未だに抜け切っていないせいで夜中に目が覚めてしまうのだが、今後は無理にでも眠るしかないらしい。
「向こうでの経験が……僕を眠らぬ戦士に変えてしまったというのに……!」
ふざけてそんな独り言を呟いたその時。
「お兄ちゃ――はると……だ、大丈夫?」
いつの間にか自室の入り口に立っていた双子の妹――
やばい、見られた!
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