異世界帰りの勇者、怪異が蔓延る現世で無双してしまう~魔物退治の次は悪霊退散とか聞いてません!~

おさない

第一章 異世界帰りの勇者、怪異と遭遇する

第1話 勇者は再び覚醒する


 皆が寝静まった深夜、僕はジャージ姿で公園をうろついていた。


 両手には割り箸と湯気の立つカップ麺の容器が握られている。ちょっと熱い。


「えっと……どっか座れる場所は――」


 僕の名前は神薙かんなぎ遥人はると。高校一年の十六歳。目つきに覇気がなく舐められがちな点を除けば、これといった特徴のない平凡な人間である。


 夜中に目が覚めてどうにも寝つけず、おまけに小腹まで空いてきてしまった僕は、家の近くのコンビニで買ったカップ麺を持って公園を彷徨い歩いているところなのだ。


 もちろん、お湯はコンビニで注いである。その辺に抜かりはない。もう三分は経っている頃だろう。


 ちなみに、高校生でありながら深夜に出歩いているということに対する負い目が多少はあるので、なるべく人目は避けたいと思っている。僕は人の言うことをあまり聞かないが不良ではないのだ。


 それに諸事情で警察のお世話になったことがあるので、補導されるのもあまり好ましくはない。あの時はどちらかといえば被害者側なのでそこまで気にする必要もないと思うけど。


 そんな諸々の理由から人気ひとけのない公園の暗がりの中でベンチを探していたのだが、次第にとある違和感を抱き始めていた。


「この公園……こんなに広くなかったよな……?」


 麺が伸び始めるくらい座れる場所を探し歩いているのに、ベンチはおろか遊具や電灯すら見当たらないのだ。


 辺りは真っ暗で、まばらに木々が生えているのみ。地面は土であるため周囲に人工物が一切ない。


 無駄に広い山林の中を歩いているような感じである。


「こ、こんな場所で遭難とか……ありえないだろ……? 子供の遊び場だぞ……?」


 そもそもこの公園はそれほど広くなく、端から端まで歩いても大した時間はかからない。お湯を注いだカップ麺が出来上がっている時点でおかしいのである。


 おまけに周囲は道路に面しているので、これだけ歩けば必ず公園の外に出ているはずなのだ。迷う要素はゼロである。


「おかしいってレベルじゃ――」


 そこまで言いかけて、衝撃的な光景を目の当たりにし言葉を失う。


「ギイィィィィィィィ!」

「…………」


 僕が目撃したのは、不快な鳴き声を発しながら木の幹にへばりつく巨大なコオロギらしき虫だった。


 その大きさは人間サイズ、どう見ても普通ではない。虫の姿をした化け物である。不意にとんでもないものを見てしまった僕は硬直し、小さな声でこう呟く。


「キモ……グロ……」


 そして即座に華麗なターンを決めて引き返すのであった。


「え、えーっと、ベンチはどこだったかなー……暗いと分からないもんだなー……」

 

 全て見なかったことにして、今日はもう家に帰ると心に決めたのである。やはり深夜徘徊はよくないのだ。


「オマエハ……逃ゲラレナイ……!」


 しかし巨大コオロギに話しかけられてしまった。


「いや喋れるのかよ」

「霊力ヲ持ッテイナイヨウダガ……マアイイ……」


 巨大コオロギは、虫とは思えないくらい太い脚をわしゃわしゃと動かしながら言った。これではお喋りコオロギである。その筋のマニアに高値で売れそう。


「ワレニ、喰ワレロ!」


 だが残念なことに会話は成立しそうにない。ちょっと賢いオーク程度の知能しか存在していないのだろう。オレ、ニンゲン、クウ……みたいな?


「……ずぞぞぞっ」


 僕は現実逃避のためにカップ麺をすすり始めた。


「貴様ハ食ウナッ!」


 怒られた。虫けらに。


「……まったく、は平和だと思ってたのに……こんなのってないよ。迷いの洞窟でビッグモスに囲まれて以来、虫は大嫌いなんだ……」

「何ヲ、言ッテイル?」


 ここに来て意味の分からないことを口走る僕に対し、地面を震わすような恐ろしい声で問いかける巨大コオロギ。


「お前……さっき『霊力』がどうのこうのって言ってただろ? ……やっぱりそういう悪霊的なヤツなのか? 少なくとも、魔物って感じの気配はしないんだけど……」


 対する僕は、疑問に思ったことを一方的にぶつけた。まずは相手が良いコオロギなのか悪いコオロギなのかを見極める必要がある。魔物にだって、ごくまれに良いヤツがいたからな。


「ギイィィィ……」


 僕の問いかけに対し、不快な鳴き声を返してくる虫。そこまで悩むようなことは聞いていないはずだ。


「……ズハ、ソノ……ヤカマシイ頭カラ喰イ千切ッテヤル……!」

「なんで?!」


 どうやら話していたら唐突に機嫌を損ねてしまったらしい。やはり相手の問いかけを無視したのが良くなかったのだろうか。虫心むしごころはよくわからない。


「死ネェッ!」


 刹那、巨大コオロギは木から飛び立ち、顎をカチカチと鳴らしながら僕に目掛けて降ってきた。


「うわっ?!」


 スローモーションになる視界。このままだと、僕の頭と体が強制的にお別れさせられてしまう。


 ――それに、よくよく見たらコイツ、顎から血っぽいものが滴ってるじゃん。


 人間のものだとは思いたくないけど、少なくとも赤い血が出るような生き物を喰っていることは間違いない。非常にまずい。


 やっぱり悪いコオロギだったのだ。


雷撃ライトニングボルトッ!」


 僕はとっさに魔法を詠唱し、頭上に向かってまばゆく光る稲妻を放った。


「グ、グアアアアアアアッ?!」


 突如として稲妻に貫かれ、絶叫しながら黒焦げになる巨大コオロギ。


「グッ……! ナゼ……霊力ガナイノニ……術ヲ……ッ?!」

雷撃ライトニングボルトッ!」


 トドメはしっかり刺しておこう。


「ギャアアアアアアアッ!」


 二度も魔法を喰らいボロボロと崩れていく虫。やがて完全に消え去ってしまうと、闇に包まれていた公園に月明かりがさし始める。


 異様に生えていた木々は消え失せ、目の前にはブランコや滑り台が設置された広場があった。


 どうやら僕は今まで変な世界に迷い込んでいたようだ。コオロギワールドとでも名付けておこうか。


 それにしても……。


「勇者の力、こっちでも使えたのか」


 ほっと胸をなでおろしながらそう呟く。


 ――これといった特徴のない平凡な高校生であるこの僕、神薙かんなぎ遥人はるとには、実は異世界に勇者として召喚されて成り行きで魔王を討伐した経験があるのだ。


 向こうで身につけた勇者の力をこちらで使ったのは今回が初めてのことである。


 こういうのは元の世界に戻って来たら力を失うものだと思っていたのだが、そうでもないらしい。やれやれ、命拾いしたぜ。


 あと巨大コオロギがビッグモスより弱くて助かった。冒険者協会が定める魔物の危険度に当てはめるとすれば、Cランク相当といった所だろうか。


 今回は一匹だけだったが、群れで出現する可能性を考えるとそれなりに腕の立つ冒険者でなければ対処できない相手だ。虫だから繁殖力も凄いだろうし、現代日本に生息していて良い存在ではない。


「ずずずっ!」


 とりあえず、再び麺をすする僕。


 ちなみに、僕が向こうの世界で討伐した魔王の危険度はランク付け不可能だ。無理に当てはめようとすれば最上位のSランクということになるんだろうけど、では収まらない規格外の魔物だったらしい。


 なんでも、あと少しで異世界の人類が滅亡していたそうだ。恐ろしい限りである。思い出しただけで身震いが……。


「……あ! ベンチあった……!」


 ――かくして僕は、深夜の公園で伸び切ったカップ麺を食べ、何とも言えない気持ちで家へ帰ったのだった。


 もう夜中に出歩くのはやめようと思う。


 ちょっと反省しました。

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異世界帰りの勇者、怪異が蔓延る現世で無双してしまう~魔物退治の次は悪霊退散とか聞いてません!~ おさない @noragame1118

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