第4章

Scene.21 モナリ座ができる前

 かろん、と入口の古いベルを鳴らして、僕はモナリ座のドアを潜った。

 何だか久しぶりにここを訪れたような気がするが、たった二日しか経っていない。もっと来てなかったような気がするほど、二度目の不法侵入は心臓に悪かった。

 元はと言えばくじらちゃんの生前の姿を追うドキュメンタリーを撮ろうとしていたのが、円さんの介入によりいつの間にか街一番の大屋敷への不法侵入まで遂げてしまった。どうしてこうなったんだろう。

 その首謀者はというと昨晩、骨壺の中に見つけた手紙を読んでからというものの様子が変わったように固まってしまった。

『あなたと、子供たちと、あの日みたいに映画を観に行きたかった』

 たった一行の流れるような文字に釘付けになり、毒気を抜かれた顔でただ瞬きを繰り返し、いくら声を掛けても上の空の彼を放って、昨夜は何とも有耶無耶の状態で解散したのだった。


 あれは誰かに宛てた手紙のようだった。

 骨壺に納まっていたのが円さんの母親に間違いないのであれば、「あなた」とは恐らく森岡正一のことだろう。

 後悔を滲ませるような文脈は……不倫相手に向けた惜別のメッセージだったのだろうか。

 それを骨壺に入れたのは間違いなく円さんの母親以外の誰かだろう。これも森岡正一の手によるものだろうか。それはどういう意図によるものだったんだろう。在処を教えてくれた大野さんは何か知っているのだろうか。

 考えれば考えるほど分からない。


 薄暗い自販機でコーラのボタンを押下ながら邪推とも言える考えを巡らせていると、受付で琳太郎が「圭一、ちょっと来い」と手招きした。

「何だよ琳太郎、目録できたのかよ」

「いや、そのことじゃねえよ」

 どことなく落ち着かない様子に、何事かとコーラを抱えて向かう。

 客なんて他に誰もいないのに、僕の耳元に寄って声を潜めた。

「これ言うか迷って……俺もこの間お袋に聞かされて知ったんだけどさ」

「勿体ぶるなよ、何の話?」

「ここってさ、元々別の場所にあった映画館が移転してできてんだけど」

「……それは色々あって僕も知ってるよ、十八年前とかだってな」

「そうなんだよ」

 食い気味に言う琳太郎は、上ずりそうな声を飲み込んで息を吐く。

 満を持して明かされたのはとんでもない話だった。

「二十七年前、人が死んでるらしいんだわ。ここで」

「は?」

 青い顔で話す琳太郎に、僕も血の気が引いていく。

「いやお前、前に聞いてきたじゃん。「ここで人死んでない?」ってさ。あるわけねえだろ、ってその時は馬鹿にしてたけど実際聞いたらさ、あったわ。ごめん」

 移転する前に、ここで人が死んでいる? それはつまり――

 渦巻く疑念が確信へと形を取りそうになり、僕は琳太郎の両肩を掴んだ。

「……その話、詳しく」

「俺もそれ以上は恐ろしくて詳しく聞いてねえよ! 普通に嫌だろ。俺ここで働いてんのに、一日の大半を過ごす場所で実は昔人が死んでましたってさ」

「それ以上に気にならないのかよ。頑張れ好奇心」

「無理無理無理、俺そういうリアルなサスペンスホラー無理なんだよ。お袋もうっかり口滑らせたみたいな顔してたし、これ以上聞くな喋るなって釘まで刺されたし……お前もあんま首突っ込まない方がいいぞ。内緒な、全部内緒」

 そう捲し立てて、琳太郎はそれきり何を聞いても口を閉ざしてしまった。

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