第3章
Scene.13 検索の功罪
あれから寝ずに一晩が経った。
得体の知れないものに襲われた恐怖で、ではない。僕は自室で開いたノートパソコンの検索履歴を眺めて溜息を吐いた。
「○県 セーラー服 高校一覧」「女子高生 セーラー服」「青地 チェック スカート 制服」……絶対に身内や知り合いに見られたくない字面がつらつらと並んでいる。
検索した単語に従って、液晶は様々な現役高校生たちを映し出していく。僕が高校生だった時にはここまで大っぴらに在学生の姿を発信することはなかったように思う。個人情報の保護だとかプライバシー権だとかが優先されていた。
しかし少子化の昨今、高校側も未来の在学生確保のためかSNSで積極的に発信していて、写真だけでなくショート動画なんかもわんさか出てくる。よってこんな完全部外者の僕でも簡単に全国の女子高生たちを閲覧することができる。凄い時代だ。
断っておくが僕だって別にそういう趣味で調べているわけではない。くじらちゃんに誓ってやましいことはしていない。決して。
昨夜の円さんとのやり取りを反芻する。僕に降りかかる脅威を祓う代わりに、彼の探し物に協力すると半ば強制的に約束させられた。また初対面の時も言っていたように、僕が探している映画館の過去についても一緒に調べてくれるらしい。
ただもう、僕はあの男に借りを作るのは嫌だった。
僕の探し物が前進する代わりに、更なる要求があるのは目に見えている。これ以上円さんの良いように事が進むのは何だか癪だった。
だからこそ、僕の調べ物は僕の方で進めなければ。まずはくじらちゃんが着ていたセーラー服から、出身校を割り出すのだ。
じりじりと痛む頭を振り、改めて画面に向き直る。
パソコンの横に広げた下手くそな手描きイラストに、いつの間にか朝日が差していた。
朝まで調べた甲斐あってか、隣町に似た制服の高校があるらしいということが分かった。
気合いで日勤を終え、車を走らせる。八月も半ばを過ぎ、すっかり日暮れが早くなった気がする。十八時を過ぎれば少しずつ空が明度を落としていく。
近くのコインパーキングに車を停め、一息ついた時には辺りは夕暮れがかっていた。
通りかかった風を装って正門の文字を確認する。古びた石柱には「私立
似た制服の学校自体はいくつもあった。しかしどれも遠方だったし、高校生くらいの行動範囲を考えるとこうして近場を当たる方が無難だろう。ここからモナリ座までは電車で二駅、といった距離感だ。
さてどうしたものか。
正門前で立ち止まるわけにもいかず、意味もなく正門前をうろうろしてしまう。
ここに来ることまでは考えていたが、入り方までは良い方法が思いつかないままだった。
やるべきことはある。過去の卒業アルバムだとか学校行事の写真だとか、どこかに生前のくじらちゃんらしき人物が写っていないか確認したい。虱潰しも良い所だが、名前のひとつでも分かれば今後飛躍的に探しやすくなると思ったのだ。
とはいえ関係者か保護者でもなければ門を潜ることは非常に難しい。
卒業生を装うか、それとも――
「あのぉ、さっきから何してんすかおにーさん」
「へっ!?」
考えを巡らせているところへ声を掛けられ、変な声が出てしまった。
振り向けば女子高生が立っていた。顔より先に制服に目が行ってしまう。事前に調べていた通りのセーラー服、赤いリボンに青いスカートだ。くじらちゃんが着ているものとほとんど同じじゃないか、と僕は内心感動していた。
対して今正門から出て来たと思しき彼女は褪せた金髪を掻き上げて、胡乱げな瞳で僕を睨んでいる。
「ずっとうろうろしてるよね? めっちゃ怪しーんだけど」
「えっと、これはその……」
ごもっともすぎるご指摘だ。元より童顔だとは言われるがもう二十三の男だ。見知らぬ人間が正門前を行ったり来たりしていれば、僕だって現役生だったら通報してるだろう。
何て言い訳するか、それとも逃げるか……脳味噌をマッハで回転させていると、
「あれ、圭一くん?」
思いもよらない声が、背後からした。
恐る恐る振り返ると、およそ一日ぶりの長髪男がひらひらと手を振って歩み寄ってくるではないか。なんでよりにもよってこの男がここにいるんだ。
女子高生も気付いたように手を振っている。
「あ、来た。レンタル霊媒師のおにーさん」
「やあ久しぶり、時間作ってくれてありがとうね」
僕と女子高生の間に入るや、円さんは訳知り顔で話を続ける。どうやら彼女は円さんと面識があるらしい。
「彼ぴっぴ、やっぱあれから見つかんないんだけどー」
「俺も探してるんだけどねえ」
人探しみたいなこともしているのか。いや今はそんなことはどうでも良い。
円さんは女子高生と知り合いらしく、彼女の話に相槌を打っている。どうする、僕はこの後この男になんて事情を説明したら良いんだ。
会話がひと段落したところで振り向いた円さんは、
「ああ、彼は俺の友人だから。付き添いでね」
胸の内を見透かしたように笑みを浮かべ、僕の肩を抱く。「あーね」と簡単に納得した女子高生に聞こえない声量で、彼は
「……後で詳しく聞かせて?」
そう耳打ちした。面白がっているように軽やかな言葉の端は、僕の胸に重く圧し掛かる。絶対にこの後根掘り葉掘り聞かれるやつだ。
この人に頼らないと決めてひとりで来たというのに、どうしてこうなるんだ……。
頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えながら、僕は内心溜息を吐いた。
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