幕間5‐1 私の物語

「××ちゃんのお父さんとお母さん、どこに行ったの?」


 小さい頃から耳が腐るほど聞かれ続けたけれど、そんなの私の方が聞きたかった。

 親戚の家とか施設とか色んな土地を転々と暮らしてきたけれど、そのどこでも皆知らなかった。

 とはいえ実の両親いなくて悲しいとか寂しいとかはもはやあまりない。だって私もう十七歳だし。JKだし。学校に行けば友達だっている。

 だからお父さんやお母さんが生きてても死んでても、私は大丈夫だよって言ってあげたい。今そんな気持ち。だったんだけどな。



「もうすぐ卒業だね、私たち」

 ある日の帰り道、あおいはそう言って小石を蹴った。

 卒業写真だって撮ったし、三ヶ月後の卒業式を間近に控えてたから、最後の冬休みに何して遊ぶ? って話をしていたところだった。

「なに急に。ねえもしかして寂しくなっちゃった?」

 茶化す私に、葵は少し俯きがちにぽつりと零した。

「……寂しい」

「やーん素直~! 葵かわいい~」

 勢いで抱き着くと、葵は照れ隠しに黒縁眼鏡を掛け直した。大人しい彼女とは高校入学時からの付き合いだ。席順が偶然前後だったことから話すようになって、今では高校に入って一番の親友になった。

 言葉少ない彼女は、笑うと可愛い。肩口で切り揃えられた彼女の黒髪を撫でると、葵は恥ずかしそうに目を伏せた。

「髪切ったのやっぱり似合ってるよ、葵」

「……ありがと」

お揃いの格子柄の青いスカートを揺らし、私たちはいつものように最寄り駅へ向かう並木道を歩いていった。


 せっかくだし、葵が髪切った記念にプリ撮ろ、と私が突然提案し、繁華街のゲーセンへ足を向けた。

 寒かったからさっさと中へ入ろうとしたんだけど、

「お嬢さん、少し良いかね」

 そう後ろから呼び止められた。

 うわ補導? って振り向いたら、警察とかそういうのではなくてスーツのおじさんが立ってた。

 おじさん? おじいさん? みたいな微妙なラインだったけど、もうスーツというか、全身から滲み出てる品の良さというか、一目で分かった。多分普通のおじさんではなくお金持ちそうな……どこかの社長かなにかだって。

「……なに?」

 その時私は物凄く怪しいものを見るような目で見ていたと思うけど、おじさんは気にも留めない様子だった。

「お嬢さん、失礼なことを伺うが――もしかしたら、君は養子じゃないか?」

「だったら何――」

 え、何この人。何でそんなこと知ってるの? ヤバいストーカーか何か?

 同じく厳しい目を向ける葵が、私の横で携帯を取り出した。通報する気なのかもしれない。

「いや、突然訝しむのも無理はない。怪しい者ではないんだ。どうかこれを」

 おじさんは胸ポケットから何かを取り出して見せた。

「え、何これ」

 それは一枚の白黒写真で――写ってたのは私だった。ちょっと伏し目がちで笑ってなくて幸薄そうだけど、スッピンの私と言われたら間違いない。

 いや違う、私じゃない。私はこんな割烹着着て撮った覚えはない。

 葵も目を丸くして、写真と私とを交互に見ていた。他人の目から見ても相当似ているらしい。おじさんはしきりに頷いた。

「君の母親の名前は? 生まれの母だ」

「そんなの……知らない」

「私は知っている……けれど今言ったところで信じないだろうし、君の立場ならきっと気味が悪いだろう。これを」

 おっさんは再び胸ポケットから別の紙を取り出す。

 こっちが慣れてなさすぎて、それが名刺だと分かるまでに一瞬躊躇ってしまった。

 差し出されたそれを反射的に受け取ると、スーツ姿のおっさんは上品な笑みを残して去っていった。

「なんなの? あれ……」

 建物の入口で戸惑う私たちの元に、ゲーセンの喧騒が遅れてやってきた。



 プリ撮ってる最中も、おじさんの言葉が頭を離れなかった。

 あの写真の人が、お母さんなのだろうか。おじさんは私のお母さんを知ってるのか。

 別にずっと探してたわけじゃないけど、教えようかと言われれば知りたくなる。

 どんな人なのか、なんで私を捨てたのか。

 悶々としながら印刷したプリをハサミで大まかに切り分けていると、カッターナイフでその余白を切り取っていた葵が口を開いた。

「……気になるなら、連絡してみたらいいんじゃないかな」

「葵もやっぱりそう思う?」

「うん……知らずに後悔するよりさ、聞いてみても良いんじゃないかな。怖かったら、私も着いて行くから」

 葵は眼鏡越しに真っ直ぐ見つめてくれる。口数こそ少ないけれど、彼女はいつも私の背中をそっと押してくれるのだ。

「葵ちゃんめっちゃ優しい~好き~!」

「刃物持ってるから……抱き着かないで……」

 葵はカッターナイフの刃を仕舞いながら目を逸らした。この照れ屋さんめ。

「ひとまず、あのおじさんに連絡するかぁ」

「そうだね。社長って書いてあるし変な人ではないと思う。名刺が偽物じゃないなら、ね」

 私もそう思う。知ってるっていうのなら教えて貰った方が早い。

 指先で名刺を弾く。

 そこには力強い筆文字で「森岡正一」と書かれていた。

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