Scene.5 映画館
これから急ぎの“仕事“が入った、という円さんと別れ、僕は宛もなくモナリ座を訪れていた。さっき言っていたリピーターからだそうだ。十中八九ヒモのお呼ばれに違いないだろう。
館内の時計を見れば既に夕刻で、何だかどっと疲れが出てくるようだった。本当に今日一日何をしてたのか分からない。気付けばわらしべ長者のようにひとつの頼み事がより厄介な頼み事を呼んでいる気がする。
円さんの頼み事とやらを聞く前に解散してしまったが、このまま無視はできなさそうだ。無視したとしても、あの人はまた近いうちに連絡してきそうな気がする。
交換してしまった連絡先を眺め、断り切れない質の自分を恨めしく思いながらスマホを仕舞った。
受付に立つ依頼主は、そんな僕の苦労を見透かしたようにニヤニヤしている。
「よう、圭一。お疲れ」
「琳太郎……お前本当に……」
「はは、だから言ったろ、面倒臭いって」
三番シアターのチケットをもぎり、琳太郎は半券をこちらへ寄越した。サイダーを啜りつつ、僕は湿った目でそれを奪い取る。
琳太郎は悪びれる様子もなくひらひらと手を振った。
「本家の方から、「最近大きなネズミが繰り返し忍び込もうとするから阻止しろ」って連絡があってさ。婆ちゃんがあまり事を大きくしたくなくて、親類にひとりずつ連絡して順番に立たせてたらしいんだよ」
「で、自分では行きたくなくて僕に行かせた訳か」
ようやく厄介な頼み事の全容が明らかになり、僕は頭を抱える。親類縁者で無償ホームセキュリティをやろうとするな。ていうか親族が繰り返し忍び込もうとする状況って何だよ。
「それに何なんだあの人……ナチュラルに奢らされたんだけど」
「さあ? 詳しく知らないけど婆ちゃんは昔からボロカスに言ってるし、母さんも「面倒だから関わるな」としか」
「森岡家を勘当されたとか言ってたけど、お前の従兄弟とかじゃないのか」
「いやいや、俺もそう何度も会った訳じゃないから知らねえけど、あんな従兄弟いねえし。それに俺らの四、五歳上? だとしたら叔父だとしても計算合わねえだろ」
至極真っ当な推察に言葉が詰まった。
上品に微笑む琳太郎の母の顔が思い浮かぶ。
それはつまり森岡正一の娘だが、五十代前半である僕の母親と年はさほど変わらなかったはず。円さんはどう高く見積もっても二十八かそこらだったからその姉弟……というのは琳太郎の言う通り少し無理があるだろう。
森岡家の長子の子だったら年齢差問題は解決するか? いや、それにしてはやけに邪険に扱われ過ぎている気がしないでもない。森岡正一の長子の男子ならば跡取りとも呼べる存在だろう。一体あの人は何者なんだろう。
何一つ解決しない気がするので考えるのをやめて、「それより」と本題に入る。
「僕の頼み事の方はどうなったんだよ。過去の上映目録の件、何もしてないとは言わせないぞ」
「悪いな、やっと営業担当に声かけたところだよ。案の定渋ってたけどな」
琳太郎はそう言い、頼んだより遥かに薄い過去の上映スケジュールをこちらへ差し向けた。
「ひとまずほら、三ヶ月分は拾っておいてやったから」
「……絶対開館当初まで遡らせるからな」
不承不承受け取ったが、こんなの一瞬で目を通せるレベルだ。今のところこれしかくじらちゃんに繋がるヒントはないのだから、提供元の琳太郎には引き続き頑張って貰うしかない。
ファミレスでへらりと笑っていた長髪男が目に浮かぶ。っていうか僕はあんな見るからに面倒臭そうな人を任されてるんだから、それくらい頑張ってほしい。
先が思いやられる。大きな溜息を吐き、僕はいつもの三番シアターへと足を向けた。
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