お嬢様の理想の王子様は、白馬に乗っているらしい

こう

お嬢様の理想の王子様は、白馬に乗っているらしい


 お嬢様は昔から、少し夢見がちだった。


「わたくち、おーじたまとけっこんすゆの」


 お父様と結婚するといって欲しかった旦那様がショックで寝込むほど早くから、童話の中の王子様に夢中になっていた。

 まろい頬を薔薇色に染め、ふんすふんすと鼻息荒く主張するお嬢様。悪い魔女に呪われたお姫さまを助ける王子様のお話がお気に入りで、いつか王子様が迎えに来るのだと本気で信じていた。

 幸運なことに年の近い王子様がいて、公爵令嬢のお嬢様の夢は実現不可能なものではなかった。本人もそれをわかっていて、幼いなりに王子様に見初められようとあれこれ行動した。

 そんなドロテア・バニーガー公爵令嬢は九歳の頃、この国の本物の王子とお見合いすることとなり…。


 バッサリ振られた。


「このわたくしとの婚約を拒むなんて、何様ですの!」


 何様ですか? 王子様です。


 王宮から帰ってきたお嬢様は幼い顔を真っ赤に染めて、金切り声を上げながら枕を叩いていた。

 叩いているが、力が足りなくて効果音はぽすぽすぽすぽす。なんとも可愛らしい小動物の足音染みた打撃音。金切り声も小動物の鳴き声と思えば微笑ましい。


 本物の王子様とのお見合いに、まあるい目をキラキラさせて精一杯おしゃれをして、世界一可愛い我が家のお姫さまとして出陣したお嬢様でしたが、どうやら手ひどく振られてしまったご様子。

 お相手は第二王子のトールビョルン殿下十歳。金髪碧眼の、天使のように愛らしいと評判の王子様。


「このわたくしに向かって、君とは結婚したくない、ですって!? 理想とかけ離れた、礼儀のなっていない雌猫だと! わたくしが何をしたというの! ただお目にかかる度に一番に挨拶していただけじゃない!」


 他の子を押しのけて挨拶していたのが良くなかったのだと愚考致します。


 ドロテアお嬢様は昔から、王子様という存在にメロメロでした。トールビョルン殿下にもメロメロで、お茶会でお見かけする度に淑女としてギリギリアウトなタックルをかましていましたから、積もりに積もってマイナス印象だったのでしょう。南無。

 キィキィ文句を言っているお嬢様。怒っているように見えますが、目尻には涙が浮かんでいます。振られたことに本気で衝撃を受け、悲しみを怒りに昇華している最中のようです。


 そんなお嬢様の傍に寄り膝を突いた私は、そっとお嬢様に囁きました。


「お嬢様。考え方を変えてみましょう」

「…どういうこと?」


 そっと寄り添う私に、お嬢様の涙ににじんだ瞳が向けられる。一つ頷いてから、私は言葉を続けた。


「お嬢様は王子様と結婚したいと常々仰っていましたが、お嬢様の結婚したい理想の王子様はどのような人ですか?」

「どうって…美形で」


 まず外見からはいる。


「わたくしを一番に愛していて」


 お気持ち大事ですね。


「紳士的で」


 女性に優しいということでしょうか。


「言葉遣いが丁寧で」


 口調に気品が出ますよね。


「とってもお強くて」


 恐らくドラゴンを倒すレベルです。


「お金持ちで」


 経済力も大事ですね。


「デコボコな従者がいて」


 のっぽとちびな従者は必須ですか?


「白馬に乗っているの」


 ここまで全て、お嬢様お気に入りの絵本に出てくる王子様の特徴です。

 絵本の影響力、強い。

 幼い日の理想がそのまま続いておりますね。


「ではお嬢様、その理想の王子様と、トールビョルン殿下がどこまで一致するか一週間ほど観察してみましょう」

「え、殿下は王子様よ?」

「はい、王子様です。実在する王子様です」

「よくわからないわ」


 首を傾げながらも、お嬢様は一週間。殿下のことを遠巻きに観察するようになりました。

 今まで姿を見たら突撃していたお嬢様。突撃せず、一歩引いた視点から殿下を観察。


 一週間後。


「殿下は理想の王子様じゃなかったわ」

「さようでございますか」


 でしょうね。


「美形だったけど、顔だけだったわ。婚約者は勤勉で愛嬌のある高貴なカサブランカのような女性がいいと仰いながら、殿下ってば遊び歩いてばかりだったの。お勉強の時間も馬に乗って、好き勝手していたわ」


 トールビョルン殿下の勉強嫌いは使用人の私の耳にも届く程です。

 理想が高く、あれこれダメ出しするのにダメ出しされるのは大嫌い。天使のような外見ですが、あれは天界を怠惰で落とされた堕天使だとひっそり噂されています。不敬。


「あと愛馬は栗毛だったわ」


 白馬それ、拘るのですね。

 ドロテアお嬢様はどことなくすっきりした顔で、私の淹れたお茶を綺麗な所作で嗜んだ。


「殿下はわたくしの理想の王子様じゃなかった。わたくしが彼に相応しくなかったのではなくて、彼がわたくしの婚約者に相応しくなかったのだわ。婚約が整わなくてよかった」


 ええ、トールビョルン殿下の暴言に怒髪天だったお嬢様をみて、旦那様も無理に押し進めることはありませんでした。なので、顔を合わせただけでお二人の間に何の約束もございません。

 ドロテアお嬢様は殿下を一週間吟味した結果、それが自分にとって何の疵にもならないと判断されました。

 ご機嫌に鼻唄をはじめそうですがその前に。


「ドロテアお嬢様」

「なによ」

「今度は逆に考えてみましょう」

「今度はなんなの?」

「お嬢様の考える理想の王子様…お嬢様は、王子様に相応しいお姫さまになれていますか?」

「は、はあ!?」


 私の発言に、お嬢様は一気に顔を赤くしました。


「いくら専属の侍女だからって、言っていいことと悪いことがあるわ!」

「ですがよくお考えください。お嬢様の求める王子様は、お嬢様を愛しておられるのが条件ですよね?」

「そうよ!」

「たとえば理想に近い殿方がいたとしても、お嬢様に心惹かれないとお嬢様の王子様になり得ないですよね?」


 私の発言に怒っていたドロテアお嬢様は、鼻で笑って得意げに胸を張った。


「何を言っているの。わたくしは公爵令嬢よ。それにお父様やお母様が天使と褒めてくれる美しさを持っているの。地位と美しさを持つわたくしを求めない殿方なんて」

「お嬢様。お嬢様は殿下を『顔だけ』と断じましたね」

「…」


 得意げに胸を張っていたお嬢様が、その体勢のまま停止しました。


「この国の王子様を『顔だけ』と見なし、自分に相応しくないと判断なさったのはお嬢様です」

「……」

「地位と美貌だけでは、人の心は動かせませんよ」


 第一印象と権力で好感度は左右されますが、中身が屑ならボロボロ人は離れていきます。

 お嬢様が理想の王子様を見つけたとしても、お嬢様が自分は慕われて当然と思っているのなら、出会いがあっても発展はしません。むしろ悲劇が起きそう。


「…じゃあ、わたくし、王子様と結婚できないの…?」


 ぐにゅっと歪んだ顔。

 高飛車ですが、中身は幼女。童話の中の王子様を追い求めている、夢見がちな少女。

 本当に、理想の王子様を追い求めている子供です。


「王子様に相応しいお姫さまを目指しましょう」

「わ、わたくしだってお姫さまよ。我が家のお姫さまってお父様が言うわ」


 天使なのか姫なのか統一しろ。どれもこれも本心だろうけれど。


「ならお嬢様の考えるお姫さまとはどんな人ですか?」

「て、天使みたいに可愛くて」


 やっぱり外見からはいる。


「綺麗で可愛いドレスを着ていて」


 ユメカワイイプリンセスラインでしょうか。


「歌って踊って」


 歌って踊るお姫さまの童話を読んだ影響ですね。


「小さい生き物に優しくて」


 挿絵に何故か鳥や兎がよく出てくるんですよね。


「ふわふわしていて」


 抽象的だな。


「ピンチには王子様が駆けつけるのよ」


 そこまでセットでお姫さまなのですね。


「白馬に乗った王子様が」


 白馬それ、本当に拘りますね。


「では理想のお姫さまと、お嬢様はどこまで一致しますか?」

「………か、可愛いわ!」

「はい」


 大丈夫、ちょっと不安にならなくても可愛いですよ。


 しかしそこから先、お嬢様のお口はもごもごし出した。

 ドロテアお嬢様は、お勉強がお嫌いだ。習い事もお嫌いだ。小さな生き物など近付いたこともない。一番気にしているのが外見で、美容については勤勉だがそれ以外は真面目に取り組んでいない。

 お姫さまを自称するには理想とかけ離れていると、涙目になった。


「お嬢様」

「…な、なによぅ…」

「理想の王子様と出会うため、理想のお姫さまに近付くように、お勉強致しましょうね」

「う、う、うぅう~~~~っ」


 ドロテアお嬢様はぷるぷる震えながら呻き声を上げ、悔しげに頷いた。

 そんな涙目になる程お勉強いやでしたか。


 それからお嬢様はがんばった。


 淑女として立ち振る舞いを学び、歌や踊りだけでなく刺繍や楽器もがんばった。

 以前はお姫さまみたいに外見を整えれば気分はお姫さまだったが、それだけではだめだと気付いてからは一生懸命学んでいた。お姫さまになって王子様と出会いたい、その一心で頑張った。


 旦那様と相談して、そんなお嬢様にサプライズで小犬をプレゼントした結果、小さな命に心臓を打ち抜かれてとても可愛がった。

 自ら躾、世話を焼き、休日には公園に連れていき一緒に走り回る。元々貴族用にと躾けられていた小犬は賢く、ドロテアお嬢様によく懐いた。


 可愛がって可愛がって…七年でさよならを経験して大泣きした。


 ドロテアお嬢様十六歳。命の儚さを知り、小さな生き物にとても優しくなった。 


 それからすぐ、お嬢様に縁談の申し込みがあった。

 その名もヨーセフ・ガイウルフ様。

 侯爵家の嫡男で、がっしりとした体格の騎士。お嬢様の理想とは違う、隆々とした男性だ。


 しかし中身は紳士的で頭もよく会話のネタが豊富で、婚約者としてお嬢様に気遣いのできる青年だった。お嬢様との会話で得た情報を忘れず、お嬢様が好きだと言った花や色を忘れず、ちょっとした特別を演出するのも上手かった。

 騎士なので、お強い。ドラゴンを倒すレベルかどうかはファンタジーなのでわからないが、とってもお強い。部下にのっぽとちびはいませんが、痩せとデブはいるらしい。それ悪口になりませんか。


 そして、白馬に乗っていた。


「わたくしの王子様…」


 お嬢様はメロメロになった。

 お嬢様、実は王子様じゃなくて白馬が好きなのでは…? などと邪推するくらい、白馬に乗った婚約者にメロメロだ。お姫様抱っこで白馬に乗せて貰ったときなど、完全に恋する乙女の顔になっていた。

 大丈夫? 白馬見てない? 婚約者様を見ていますか?


 ちなみにこのヨーセフ様は、お嬢様が犬の散歩で公園へ向かった先でお嬢様を見初めた。

 彼も犬を飼っていて、散歩の時間が偶然一致していたとか。従者ではなく自分で散歩しているあたり、愛犬家ですね。

 このときから、交流がありました。

 ドロテアお嬢様は完璧なご令嬢だが、犬と戯れる無邪気な笑顔に打ち抜かれ、惚れ込んだ。愛犬が亡くなった頃に大泣きしていたお嬢様のことも知っていて、愛情深いお嬢様の伴侶となるために色々学び直したとか。

 第一条件、お嬢様を心から愛している王子様は、こうしてお嬢様のもとを訪れた。


 ちなみに第二王子のトールビョルン殿下は未だ決まった相手がいない。色々細かい理想の高さについていけず、令嬢達が敬遠しているらしい。それでいて本人が自分に甘いのだから、彼のために理想に近付こうとする令嬢は存在しない。


 理想を求めるだけでは何も手に入らない。

 理想に向かった努力こそが、自分を変える切っ掛けになる。

 必ず成就するとはいわないが、相手に理想を強いるなら、自分も努力するべきだろう。

 理想を目指すのは、いいことだ。

 理想を押しつけるのが、良くないのだ。


 え、私の理想の王子様ですか?

 私の理想は王子様ではありませんが…。

 理想を語ればどんどん高くなりそうなので、黙秘させて頂きます。


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