rab_0614

@rabbit090

第1話

 ここには、逃げてきた。

 何もない場所から、やって来た。

 「ザワザワザワザワ。」

 喧騒が耳に刺さる、慣れていないから、足取りもふらつく。

 やっとたどり着いたこの家は、私がもらったものだ。

 たまたま、知り合ったご老人がいる。日雇いの職場を転々とする際、何度があったんだ。

 仕事は丁寧で、でも年齢は70後半は回っていただろう。

 今どき、親族がいなくて一人でなんとか生計を立てていることなんか珍しくもないし、この国は裕福ではないから、みんなの共通認識で、仕方ない、とあきらめられていた。

 けど、

 「あれ、おうさん。」 

 「あぁに?」

 うつろな目で、重い木材を運びながら、彼は言った。気づいていないようだった、随分苦しそうなのに、私は、王さんに言った。

 「体調悪いんじゃ?」

 「いや、大丈夫。」

 それは癖になっている人の口から、必ず出る言葉だった。だが、私はこの小さな人生の中で唯一大事だった両親と、友人を病気で亡くしていた。

 みすみす見逃すわけにはならなかった。

 「ああ、うん。ありがとう。」

 「いや…。」

 持ってきていた飲み物を渡した。さすがに体調を崩しているご老人にまで、働けとは言えないのだ。でも、ギリギリまで、文句も言わずには足らなカナけれど、認められない。それもまた、事実ではあるんだけど。

 「あの…寝ている間に、お医者様が来たんです。それで、もう働くのは難しいんじゃないかって、おっしゃっていて。」

 「………。」

 目を見開いて、王さんが私を見る。

 それは、分かるけど、

 私も労働者だから。

 「会社も、あの日雇いの元締めの方です。あの、あの。」

 「ああ…そうか。分かった、分かってる。」

 王さんは、そう呟いた。うわごとのようなその言葉に、私はただ黙っていた。

 何を言えばいいのかが分からない、それだけだった。


 「リンゴは、もっと人と関わりなよ。」

 私の両親は、そう言った。だが、私には無理だった。どうしてもうまくなれない、それを伝えるのは、誰にだって、難しい。

 しかし、自慢できるような仕事ではない職種にばかりつく娘を、彼等は怒らなかった。

 だけど、みんな一斉に死んだ。

 病気、うんそうだけど。

 実際は違うんだ、殺されたんだ。

 世界では妙なウイルスが出回っていて、でも、それを受け入れるしかなくって。

 私は、一人になった。

 ずっと、小さいころから唯一、一緒にいられたマユキも、死んだ。

 それから、私の人生は何かが欠落したかのような不足感を抱え、だけどどう充足すればいいのかが分からない。

 その、繰り返しでしかなかった。


 とても、眺めがいい場所にあった、町の中なのに、とても景色が良くて、私にいらないものなのかな、とすら思った、けど。

 王さんは、それはそうか。

 だってあの年まで死に物狂いで働いていたんだ、副収入もあり、かなりの富豪だったのだ。

 じゃあなぜ、日雇いなんかしてるのか、と失礼だとは承知の上、聞いてしまった。

 そしたら、

 「俺はさ、日雇いみたいな仕事しかできないんだ。笑えるだろ?」

 って言っていて、納得した。

 そうだ、私だってそうだ、私だって、だから。

 生きなくては、理由なんかない、ただ生きていればいいんだ。

 

 私には、道徳もモラルも、本当はない。

 ただあるのは、忠実な欲望だけだった。

 私の、私の中にあるそれを飼い慣らすことは、難しい、と思った。

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