2.エリサの幼少期

エリサは幼い頃より文章を書くという行為が当たり前になっていた。それはエリサの記憶と深い関係があるようだ。


産まれた時から記憶の領域に障害があり、この病院には長いことお世話になっている。


エリサの脳は普通の人とはどこか違う。


一晩眠るとある一部分の記憶だけが、普遍的に無くなっていると言う。


例えば感情に関する記憶。これが著しく乏しくなってしまう。激しい怒りや哀しみを感じた時に、一晩寝るとその記憶だけが欠損する。


喜びに関する記憶も自分の中で最上級に感じたならば、それも次の日には消えていると言う。


もちろん当の本人には分からないので、周りの証言に頼るしかない。


だからエリサの中では全ての記憶の欠片は平坦で平凡で平均的なのである。


そういう事もあり、エリサは日々の記録を毎日欠かず書き残すようにしている。それが習慣となっていったのだ。


その代わりに知識に関する記憶だけは、普通の人間らしからぬ程の超越した領域に達していたのだ。


脳が欠損した部分を補うように、その他の部分が天才的な記憶力を持つようになった。


参考書のような分厚い本でも一冊の全ページをまるで写真に撮ったかのように、脳に映像で記憶し思い出そうとすれば一瞬で引き出す事ができる。


それはまるで生き物ではなく、コンピューターのシステムに保存されたデータのようだ。


「天才的な人ほど自分の事を凄いと思わない」とはよく言ったもので、エリサもそのひとりなのである。


当の本人はこのような自分の脳を凄いと思っていないし、むしろ卑下してしまうくらいに自分という存在に自信がなかった。


エリサは大人になった現在でも、心は子供のように純粋で穢を知らないでいる。


二人の出会いは今から遡って20年前の春のことである。


エリサがまだ5歳だった頃、養護施設に新しい仲間がひとり増えた。それがアルフだった。


二人は同級生という事もあり程なくして打ち解け合い、全てを語れるような仲になっていったのだ。


二人は自分の両親の存在を知らないで育った。同じ境遇でずっと一緒に日々を過ごしてきたのだ。


しかし永遠に養護施設に居る訳にはいかなかった。何れは皆、旅立たねばならない。


原則18歳までは居られるが、もし里親が見つからない場合は自立するしかない。


子供の頃から障害を背負っていたエリサにとって、何れは病院という閉鎖された空間に行かなければならないという事を幼いながらも感じていたのだ。


一方アルフは何の問題もなくスクスクと育っていった。元々綺麗な顔立ちだったので、里親募集とも為れば、何十人もの候補者が現れた。


しかしなかなかアルフの思うような、里親には恵まれなかった。もちろん最終的には本人の意志が無ければ、養子には行けないのだ。


アルフはエリサの事を想って行かなかったのか、それとも本当に良い人に巡り会えなかっただけなのか。


それは本人しか知らない。

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