第7話 桐生くんの友達?

「もしもーし。清花との会話、あたしにも丸聞こえだよー」

「あえて聞かせてるんだよ!」

 しかめっつらをしながらも、桐生くんはクレーンゲームに挑戦することになった。

「もーちょい右っ! あっあっ! ちょっと奥にいきすぎじゃない⁉」

「人が集中してるときに、ギャーギャーわめくな!」

 一度目の挑戦は、クレーンがぬいぐるみの足にかすって終わってしまった。

「クソ……。次でゼッタイ取る!」

 桐生くんの闘争心に、火がついた瞬間だった。

 自ら硬貨を投入し、二ゲーム目へ。

 一度目は微妙にぎこちなかった操作が、すでに手慣れたものだ。

 桐生くんは、二度目の挑戦にして、的確にテディベアの胴体をクレーンにひっかけることに成功した。

 そして、無事に景品をゲット!

「桐生くん、すごいよっ!」

「やるぅ! 怜央って器用なんだねぇ。人生で二度目のユーフォーキャッチャーとは思えない手さばきだったよ!」

 返事こそしなかったものの、桐生くんは得意げな表情をしながら、ゲットしたテディベアをかかげた。

「ま、このオレが本気を出せば、こんなの楽勝ってことだ。やるよ」

「やった~~~! 怜央、ありがとう! 早速つけちゃおー♪」

 るんるんと鼻歌をうたいだしそうな勢いで、もらったテディベアを早速スクバにくっつける七瀬さん。

「で……?」

「んー?」

「未練は……」

「んーとね。あと残り半分ぐらいって感じかなぁ?」

 七瀬さんが、そろそろ桐生くんの堪忍袋の緒を本気で切りそうで怖いなぁ……。


 春の日差しが、道路のアスファルトを照りつける。

 早いもので、気がつけばゴールデンウィークに突入していた。わたしが七瀬さんの代わりに幽霊となってから、二週間も経ったんだ。

 最初こそ戸惑いの方が大きかったけど、今では、夜になったら桐生くんと一緒に彼のお家に帰るのが当たり前になりつつある。

 桐生くんが眠るまでの夜の日課は、マンガを読むこと。

 それを横で一緒に読むのが、最近のわたしのひそかな楽しみなんだ。

 彼が一巻から読みなおしてくれているおかげで、わたしも一緒に楽しめている。

 本人は絶対に認めないと思うけど、一巻から読みなおしているのは、たぶん自力では物に触ることもできなくなったわたしのためなんだよね。

 桐生くんのやさしさは、不器用でわかりづらいけど、気がつくととてもうれしくなる。

 今日は、そんな彼が珍しく会いたい人がいると言い出したので、その付き添いだ。

 隣を歩く桐生くんのきれいな横顔に、つるりと汗が流れる。

「暑そうだね」

「あぁ、めちゃくちゃだりぃ」

「これから友達に会いにいくんだっけ?」

「いや、友達ではねえ。何度も言わせんな」

 自分から会いにいきたいと思うのは立派な友達だと思うけど、意地っ張りだなぁ。

 しばらく線路沿いの道を歩きつづけていくと、急に視界が開けた。

「えっ。お墓……?」

 目の前には、墓石がひっそりと立ち並んでいた。

 石壁の中にはまっている表札に、星が丘霊園と刻まれている。

「あぁ」

「学校の近くに、こんなお墓があるなんて知らなかったな」

「少し離れてるしな。お前はここで待ってろ」

「え」

「花を買ってくるから」

 桐生くんはそれだけ言い残して、霊園の中に入っていった。

 行っちゃったよ……ほんとにマイペースだなぁ。

 目的地も知らされていないし、桐生くんの帰りを待つしかないかな。

「やあ。こんにちは、似た者同士さん」

 振りむけば、とてもきれいな男の子が立っていた。

 ふわふわとした亜麻色の髪に、アーモンド形のやさしげな瞳。

 桐生くんがクール系のイケメンなら、彼は絵本の中から飛び出してきた王子さまみたい。

 学校にこんな男の子がいたら、モテモテだろうなぁ。

 ただし……透けてさえいなければ、だけど。

「ええっと……あなたは」

「ボクはかおる

「薫さん、ですか。ええと、苗字は……」

「薫でいいよ。苗字よりも、名前の方が気にいってるから」

 薫さんは、穏やかな笑みをたたえたまま、口にした。

「キミは、理由ありの幽霊みたいだね」

「えっ!」

「今は幽霊だけど、死んだ人間というわけでもない。違うかな?」

 すごい。

 まだなにも言っていないのに、ぜんぶ見透かされている。

 目をぱちくりとさせていたら、薫さんはくすりと笑った。

「いきなりこんなことを言われたらビックリしちゃうよね。ボクはさ、除霊の仕事をしている家の生まれだったんだ」

「除霊、ですか」

 と聞いても、正直あまりピンとこないなぁ。

「簡単にいうと、悪霊を祓う仕事のことだよ」

 さっきから心をぜんぶ読まれているみたいで、ドキッとする。

「地上にとどまる幽霊には未練がある。彼らの行きつく先は、大きく分けて二つ」

 二つ?

 なのかちゃんのように、無事に未練を解消して成仏する。

 それ以外の道があるということ?

「成仏するか、他人の手によって祓われるかってところだな」

 振りかえれば、菊の花を手にさげた桐生くんが立っていた。

 薫さんが、桐生くんの手元を見つめながら、口角をつりあげる。

「もう花は買ってこなくて良いよって何度も言ってるのに。怜央ってリチギだよねぇ」

「黙れ、能天気幽霊。お前のためじゃねえし。オレが、墓参りにきたのに、花の一つもそなえない非常識人になりたくないだけ」

「えっと。桐生くんが話したいと言っていた相手って薫さんのこと?」

「……まぁ、そうなるな。薫は、幽霊のことに詳しいから」

「言い訳しなくても良いのに~。ボクと怜央は親友なんだからさ」

「口から出まかせを言うな。お前も薫のいうことは、半分以上真に受けなくていい」

「ひどいなぁ。もう、出会ってから五年もたつのにさ」

「そんなに前から!」

「……薫は、生きていたころからの知り合いだ。幽霊の話でわかりあえたのは、薫が初めてだったから」

 驚いたけど、正直、ホッともしたな。

 人間嫌い王子なんてあだ名がついていても、心許せる友達がいたんだね。

「なにニヤケてるんだよ」

「ううん。ただ、桐生くんにも友達がいたんだなぁって思ったら、うれしくなっちゃって」

 面食らったような顔になった桐生くんを見て、あれ? と首をかしげる。

「あははっ!」

 なぜか、薫さんがお腹をかかえて、爆笑しはじめた。

「怜央にも新しいお友達ができたんだねぇ。感慨深いなぁ」

 桐生くんは頭をガシガシとかいて、気まずそうに背を向けた。

「……こんな入り口で立ち話してるとジャマになる。早く中に入るぞ」


「ここが、ボクの墓だよ」

「は、はぁ」

「あはは。そう説明をされても、複雑な顔しかできないよねぇ」

 目の前の墓石には、東条家之墓と刻まれている。

 こんなによく笑っているのに、薫さんは、もうこの世から去った人なんだという実感がわいて、奇妙な気持ちになった。

 桐生くんが、慣れた手つきで、墓石の周りに生えた雑草を抜いていく。

 わたしと薫さんは、そんな彼を傍観していることしかできない。

「桐生くん。なにも手伝ってあげられなくて、ごめんね」

「……お前が気にすることじゃねえ」

「そうそう。ぜーんぶ怜央に任せておけばいいんだよ」

「薫は盛大に気にしろ」

 薫さんは、桐生くんになにを言われても、へこたれない。

 むしろ面白がるように、さらに笑みを深めている。

 ある意味、名(迷)コンビ……なのかな?

 桐生くんは、文句を垂れながらもお墓の掃除を終えて、菊の花をそなえた。

 三人並んで、両手をあわせ、頭を下げる。

「最初のうちは、自分の墓参りをするなんてヘンだなぁと思ってたんだけど、すっかり慣れちゃったね」

「さっさと成仏しろよ、能天気幽霊」

「ふふっ。若干諦めかけていたけど、そんな日も近いかもね」

 薫さんは、意味ありげに、わたしへ視線をよこした。

「期待の新星があらわれちゃったから」

「なにわけわかんねえことほざいてんだよ」

「怜央にはわからなくていいよ」

「あっそ」

 うーん。

 この二人、かみあっていないところが、絶妙にかみあってるのかも。

 薫さんの墓参りを終えて、霊園を出る。

 気分的には三人だけど、周囲からみたら桐生くん一人なので、気にせず会話をするためにも人気のない場所を目指すことになった。

 桐生くん自身は『どこでもいいだろ』と面倒そうな顔をしていたけど、薫さんが『怜央が気にしなくても、ボクらが気にするんだよ』と真っ当な代弁をしてくれた。

 線路沿いから離れて、川の近く。

 誰もいない橋の下までやってくると、薫さんの方から口火を切った。

「それで、用件はなに? 今日、怜央がボクに会いにきたのは、単純に顔を見たかったからってわけじゃないんでしょ」

「仮にそうだとしたら、気持ち悪ぃだろ」

「そうかなぁ。ボクとしては、大歓迎だけど」

「今日は、こいつのことをお前に相談しにきたんだ」

 桐生くんは、これまでわたしの身に起こったことを、かいつまんで薫さんに説明してくれた。

「なるほどねぇ。キミが生きながらにして幽霊になったのには、そういう理由があったんだ」

 薫さんが、あごに手を当てる仕草をして、じっくりとわたしを見つめる。

「薫さんは、幽霊のことに詳しいんですよね?」

「うん。さっきも言ったけど、生まれは除霊を生業にしている一家だったから。今では幽霊そのものになっちゃったし」

 薫さんはおどけたように言うけど、ちょっと反応に困っちゃうな……。

 助けを求めるように桐生くんに目くばせをしたけど、当然のようにスルーされた。

 まぁ、期待はしていなかったけどさ……。

「そういえば、さっき幽霊の結末は二通りあると言っていましたよね。無事に未練を解消できなかった幽霊はどうなるんですか?」

「未練を負の想いでこじらせると悪霊化する。悪霊となった幽霊は、自我を失って、人に害をなすんだよ。祟りや呪いは現実に存在する。すべて悪霊の仕業なんだ」

「だからこそ、悪霊となった幽霊は人の手で祓うしかない。祓うというのは、この世から消滅させるという意味だ」

 なるほど。

 桐生くんは、そんな物騒な言葉を、軽々しく七瀬さんへ口にしていたのね……。

「今の話を聞いただけだと、大差はない気もするけど」

 もちろん、心残りを解消して、成仏できるのにこしたことはないと思う。

 だけど、たとえ他の人の手で強制的に祓われるのだとしても、この世から魂が去るという意味では同じじゃないのかな?

「明確な違いがある。それは、来世があるかどうかだといわれている」

「来世?」

「未練を残さず、自分の意志でこの世を去った魂は、消滅するわけじゃない。魂は、輪廻転生を繰りかえしている。まれに前世の記憶を持って生まれてくる人間が現れるのはそういうわけだ」

「それに対して、悪霊となり強制的に祓われた魂に、来世は存在しない。祓うというのは存在そのものを消し去るということなんだよ」

 そっか。

 それなら、無事に成仏できたなのかちゃんには幸せな来世が訪れるのかもしれないね。

「オレは、できる限り幽霊を成仏させてやりたい。祓うのは最終手段だと思ってる」

「そんな幽霊想いな怜央に、ボクが除霊の技術を教えたんだよ。ボクの考えも、基本的には怜央と同じ。だけど、みえる目を持つ怜央は、いつ危険に捲きこまれてもおかしくないからね」

 さっきから、うなずいてばかりだ。

 桐生くんが幽霊のことに詳しいのは、薫さんの力添えもあったんだな。

「あの……たくさんの幽霊と関わってきた二人に聞きたいんだけど、今まで、幽霊にからだをのっとられた方に出会ったことはありますか?」

「ない」「ないね」

 まさかの即答⁉

「そ、そんなぁ!」

 てっきり、これまでにも似たようなケースがあったんだと思っていたけど……。

 情けない声をあげたわたしに、桐生くんは呆れたように肩をすくめた。

「生きてるのに幽霊にからだを乗っとられるポンコツなんて、全世界中を探してもお前ぐらいじゃねえか?」

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