第6話 デート!?

 …………。

「「デート⁉」」

 思わず、桐生くんと、きれいにハモっちゃった。

 デートって、あれだよね? 想いあっている男女が二人で出かけるというあれ!

 もちろん、わたしは経験したことない。

 それどころか、初恋もまだだし……本音を言うと、恋にはあまり良い印象がないんだ。

 わたしたちの反応が面白かったのか、七瀬さんは、満面の笑みになった。

「そう、デートだよ。あたしね、男の子とデートもできないまま死んじゃったんだ。だから、君みたいなイケメンとデートできたら、成仏できるとおも」

「ムリだ。それだけは却下する」

 桐生くん、食い気味の即答⁉

 七瀬さんの唇がフキゲンそうに曲がる。

「なんで? もしかして、彼女でもいるの?」

「いねえけど」

 だ、だよね……。桐生くんは、女子からも恐れられている、人間嫌い王子だ。

 実は彼女がいた、なんていう話が出てきたら、学校中がどよめくだろう。

「ふーん。じゃあ、なんの問題もないじゃん」

 仏頂面の彼に、負けじと食い下がる七瀬さん。心が強い。

「問題大ありだ。……デートなんて、したことねえし」

「へええ、意外だね~~! こんなにイケメンなのに、意外とピュアなんだぁ」

「っ~~~! はったおすぞ、クソわがまま幽霊」

 七瀬さん、すごい!

 あの桐生くんと対等に渡りあうどころか、ペースまで乱してるよ!

「あれ~? そんなに強気なことを言っちゃって良いのかなぁ」

 七瀬さんから意味深に視線を注がれて、ドキッとした。

「まっ、あたしはかまわないけどね♪」

 ひいっ! わたしのからだが、人質に取られてるよ~~~!

「桐生くんっ。わたしからも一生のお願いです! 七瀬さんとデートをしてください! 七瀬さんの未練解消のためにも、わたしのからだのためにもっ!」

 青ざめた桐生くんが、今まで聞いた中で、最も深いため息をついた瞬間だった。

「…………一度だけだからな」


「うふふー。付き合ってくれてありがとう、人間嫌いの王子くん」

「……その呼び方、今すぐやめろ」

「じゃあ、名前で呼んじゃおー。怜央、だったっけ?」

「馴れ馴れしく下の名前で呼ぶんじゃねえ、祓うぞ」

「おお~~~、怖い怖い。その冗談は、マジで笑えないってば」

 口では怖がりながらも、おどけている七瀬さん。

 わたしたち三人は、中学からすぐ近くにあるチェーン店のドーナツ屋にやってきていた。

 七瀬さん曰く、放課後デートというやつらしい。

 店内奥の方の二人がけの席に、ニコニコ笑顔の七瀬さんと向かい合う形で、表情の死んだ桐生くんが座っている。

「みてみて、あそこの中学生カップル。喧嘩中なのかなぁ」

「かーわーいーいー。青春だねぇ」

「てか、あの男の子、めちゃめちゃイケメンじゃない? フキゲンそうだけど」

「ウソ、やだ~~ほんとだっ! 芸能人だったりするんじゃない⁉」

 学校外でも、めちゃくちゃ目立ってるし~~!

 まぁ、桐生くんレベルのイケメンになると目立たないってことの方がムリなのか。

 それはともかく、七瀬さんの望みは、デートをすることなんだっけ。

 ということは……わたしはジャマ者なのでは?

 幽霊になったとはいえ、二人には、わたしの姿がばっちりみえているわけだし……。

「おい、お人好しバカ。なんでオレたちから距離をとるんだよ」

「だって、これは一応二人のデートなんだよね?」

「ふざけんな。オレと、クソわがまま幽霊を二人にする気かよ」

 周囲が驚いたように彼へ視線をやって、ヒソヒソ話を始める。

「き、桐生くん。今更すぎるけど、あんまり外でわたしと会話しない方がいいかもよ。他のお客さんに、不審がられてるみたいだし」

「今更にもほどがあるわ。んなことより、コイツと二人きりにさせられる方がムリ」

「怜央はツレないなぁ。まぁ、周りから見たら清花はいないみたいなもんなんだし、細かいことは気にしないけどね」

 七瀬さんは、本当にどうでもよさそうに、スマホで目の前のドーナツの写真撮影大会を繰りひろげていた。今ばかりは、七瀬さんの大ざっぱな性格に救われたよ。

「映え写真撮れたーっ! SNSにあげよ~っと……って、このスマホ、オンスタすら入ってないじゃん! 清花、イマドキの女子中学生失格すぎ!」

「ほ、ほうっておいてください!」

 オンスタとは、写真をアップロードするSNSのことだ。

 学校でも爆発的に流行っていることぐらいは、もちろん知ってるけど……。

 写真を撮る趣味もなければ、ID交換をする友達もいないわたしには必要ないと思ったんだよね。とほほ、理由が悲しいなぁ。

「あっ、そうだ! 久々にあたしのアカウントでログインしようかな」

「えっ! 亡くなっている七瀬さんのSNSがいきなり更新されるのは、ホラーじゃないかなぁ」

「たしかに、それもそっか~。ん~~。このドーナツ、もちもちしてるっ! 最高」

 七瀬さんは、自由人だなぁ……。

「にしてもさぁ、怜央も素直じゃないよねぇ」

「はあ?」

「つまんなそーな顔してるけど、ドーナツ食べる気満々すぎでしょ」

 ほんとだ! 桐生くんの目の前のお皿、ちゃっかりドーナツが五個ものってるよ!

「フン。甘いものは、疲れたからだに効くんだよ」

「へえ。学校に行っただけで、疲れたの?」

「ああ。お人好しバカとクソわがまま幽霊に振りまわされて、そろそろ限界だ」

「あたしの彼氏さんは冷たいなぁ」

「彼氏じゃねえし。祓うぞ」

「ノリだけでも付きあってくれればいーのに。怜央のケチ」

 彼が本気で顔をしかめても、七瀬さんは全く気にしていない様子。

 それにしても、桐生くんは本当に甘いものが好きみたい。さっきまで五個も積んであったドーナツがあっという間に彼の胃の中におさまってしまった。

 すごく意外だけど、ちょっとかわいいかも。

「……なあ、お人好しバカ。お前も祓われたいのか?」

「えっ? よ、よくわかんないけど、祓われたくはないかなぁ」

 幽霊になったわたしの本能が告げている。祓われるのだけは絶対にダメだと!

「今度オレに対してかわいいとか思ったら、本気で祓うからな」

「な、なんでわかったの⁉」

「お前はなんでも顔に出やすすぎるんだよ」

「うっ……」

「というか、これでデートとやらに付きあったことになるだろ。クソわがまま幽霊、はやくコイツにからだを返してやれ」

「えっ? やだよ~。だってあたし、放課後デート以外にもたくさんデートしてみたいもん!」

「は……?」

「ってことで、明日からもよろしくねー、あたしの彼氏さん♪」

 桐生くんのこめかみの青筋が、ハッキリと浮かびあった瞬間だった。


 七瀬さんは、ドーナツ屋での放課後デートを境に、桐生くんを遠慮なくデートに誘うようになった。

「怜央~っ! 今日の放課後は、ゲーセンデートしよっ」

「はあ? この前の休日に、映画館に行ったばかりじゃねえか」

「あーあ。まだまだ未練解消できそうにないなぁ」

「……っ。わかった、行くよ!」

 桐生くんは、七瀬さんからのお願いを断れない。

 苦虫を噛みつぶしたような顔をしながらも、引きうけつづけている。

 七瀬さんの未練解消のためとはいえ、わたしのためでもあると思うと、とても申し訳ない……。

「いやぁ~。まさか、王子と朝霧さんがガチで付きあいはじめるとはねぇ……」

「いまだに信じられないけどねぇ……。ちょっと前まで、王子が他人と会話してる姿なんて想像もつかなかったのに」

「謎だよね~。キャラ変した朝霧さんと、フィーリングがあっちゃったのかなぁ」

 クラスの子たちのヒソヒソ話が耳に入るたびに、顔から火がふきでそうだ。感覚がなくなっても、心まで失ったわけじゃないらしい。

 教室内で堂々と桐生くんに話しかけにいく七瀬さんに『わたしのからだでこれ以上、目立つようなことをしないで!』とは言ったんだけど、『え? 今更すぎでしょ』って鼻で笑われて、全く取りあってもらえなかった……。

 おかげで、桐生くんとわたしが付きあっているなんていう、とんでもないウワサがあっという間に広まっちゃったんだ。

「桐生くんからも、七瀬さんに、行動をあらためるように言ってよ!」

「はあ? そんな面倒なことしねえよ」

「ええっ! 桐生くんだって、みんなにゴカイされたままじゃ困るでしょ? わたしたち、付きあってることになっちゃってるんだよ⁉」

「他人にどう思われてるかなんて、ゴミクズと同じぐらいどーでもいい」

 あぁ、そうだ……桐生くんはそういう人だった。

「おまたせ、怜央―。あれ? もしかして、また清花もついてくる感じ?」

「当たり前だろ。そこはゆずらねえ」

 眉間にしわを寄せて吐き捨てる桐生くんに、七瀬さんはなぜだか意味深に口の端をつりあげた。

「ふーーーん。ま、あたしはかまわないよ」


「うひゃ~っ! ゲームセンターなんて、いつぶりだろ」

 ユーフォーキャッチャーの景品のテディベアを見つめて、きらきらと瞳を輝かせる七瀬さん。

 対する桐生くんは、もともと白い顔を、さらに青白くさせていた。

「……うっせえし、人間が多いし、最低最悪の場所だな」

「あれぇ? もしかして怜央、映画館だけじゃなくて、ゲーセンも初めて?」

「だったら悪いかよ」

「そうなんだ~! 本当に友達がいないんだね!」

「いないんじゃねえ、いらないだバカ」

「一緒じゃない?」

「アホか、天と地ほどの差がある。好んで一人でいる人間もいるんだよ」

 黙っていたけど、わたしもゲームセンターに来たのは初めてだな。

 映画館は……、小学生のころに、親友二人と一緒に行ったのが初めてだった。

 三人とも大好きだった小説が実写化するからって、すごくはしゃいでさ。

 輝かしい、けれども、二度と戻れはしない過去に、切ない気持ちになる。

「ねー、怜央。あたし、あれ取ってほしいなぁ」

 さすがは、ゴーイングマイウェイ七瀬さん。桐生くんのゲンナリとした表情をものともせず、ものほしそうな瞳でユーフォ―キャッチャー内のテディベアを見つめている。

「は……?」

「あたし、ピンクのテディベアが良いなー! このスクバにつけたら良い感じだと思うんだよねぇ。清花のスクバ、シンプルすぎてつまんないから」

「へえ」

「なに他人事の顔してんの?」

「いや、他人事だし」

「違うよ? 怜央が、取るんだよ」

「却下」

「ダメだよ。彼氏に、ユーフォ―キャッチャーでぬいぐるみを取ってもらうことも、あたしの未練だもん!」

 桐生くんが、鬼の形相で、わたしが浮いている方へと視線をやる。

「……なあ。こいつのこと、やっぱり祓ってもいい?」

「よくわからないけど、力に訴えたらダメだよ!」

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