第5話 今夜からオレの家にこい
幽霊になってから、初めての夜がやってきた。
桐生くんにあっさりと置いていかれたわたしは、ひとまず家に帰ることにした。
主に、朝霧家に帰ったはずの七瀬さんが、なにかしでかしているじゃないかと心配になってのことだったんだけど……。
「清花。なんだか今日はいつにも増してテンションが高いわねぇ」
「なにか、良いことでもあったのか?」
「ん~? うん、あったよっ。サイコウに良いことがね♪」
七瀬さんは、衝撃的なほどうちに馴染んでしまっていた。
空中からずっと七瀬さんの様子を眺めていたけど、怪しまれる素振りすらない。
お風呂に入って、あとは寝るだけとなった七瀬さんについていくと、わたしの部屋に入りこんだ瞬間、彼女から思いっきり睨まれた。
「ウザいから、監視はやめてよ」
「でも……」
「現実がわかったでしょ? 清花のママもパパも、娘の中身が入れかわってるなんて考えもしてなかった」
「それは、そうだけど」
「当たり前だよね。魂だけ入れかわってるなんて、打ち明けられたとしても信じられるはずがないもん。……たとえ、家族であっても」
七瀬さんの顔に、翳りがさす。その顔が、なぜだか今にも泣き出しそうに見えて。
「七瀬さん……?」
心配になって思わず声をかけると、七瀬さんはこれ以上近づくなというように、手で追い払う仕草をした。
「っ。とにかく、あたしを監視しようとして家にまでつきまとってくるのは禁止! また同じことしたら、一生からだを返してあげないから」
そこまで言われてしまえば、大人しく家を出ていくことしかできず。
あてもなくフラフラと町をただよいながら、ひたすら、夜が更けるのを待った。
幽霊になって、初めて知ったことがある。幽霊は、眠くはならないみたいだ。
眠れない夜は、とても長かった。
夜に眠れるということも、当たり前じゃなかったんだ。
「おはよう、七瀬さん」
翌日の朝。行くあてがあるわけもなく、最後に学校に行きついたわたしは、昇降口で七瀬さんが登校してくるのを待ちかまえて話しかけた。
「…………」
だけど七瀬さんは、わたしに視線を向けることもなく、通り過ぎていった。
またしても、完全にスルーかぁ……。
いつ誰に見られるかわからない場所では、返事をしづらいのかもしれないけど。
わたしたちの様子を少し離れたところで見ていた桐生くんは、うなだれるわたしに近づいてきて大きなあくびをした。
「なるほど。さっきのが、お前のからだってわけか。お前、ほんとにオレのクラスメイトだったんだな」
「あ、あはは……。ほんとに少しも覚えてなかったんだね」
「ただのクラスメイトなんて、記憶するだけ無駄だし」
うん。今日も今日とて、桐生くんはブレないね。
「ふあぁ。慣れない早起きなんてしたから、ねみぃわ」
「そういえば、今日はずいぶんと早く来たんだね」
彼とクラスメイトになってからまだ二週間しか経っていないけど、桐生くんといえば遅刻スレスレで教室に滑りこんでくるイメージしかない。
「あ? ギリギリだろうが遅刻はしてねえんだから、文句を言われる筋合いはねえよ」
「も、文句じゃないし、すぐに怒らないでよ……。でも、なんで今日は早く来たの?」
「……ベツに」
うーん。なんとなく桐生くんの言う『ベツに』には、言外の意味も含まれているような。
もしかして、わたしの様子が気になってくれたとか? そんなこと聞けないけど。
「昨夜はどうしてたんだよ。自分のからだを見はりにいったのか?」
「それがさ、自分のことを監視しないでほしいって、追い出されちゃったんだ」
「はあ? まさか、そんな言葉を真に受けたのか? お前のからだを乗っとった幽霊の勝手な言い分じゃねえかよ」
「それは、そうなんだけど……。七瀬さん、なんだか思いつめたような顔をしてたように見えたから、一人にしてあげたくなって」
「……それで、家から追い出されて、眠れない夜を一人さびしく過ごしたと?」
やっぱり桐生くんは幽霊のことに詳しい。
幽霊は眠くならないということも、知っていたんだね。
「そうだよ。よくわかったね」
「はあぁ……。お前、お人好しバカにもほどがあるだろ」
「えーっと……呆れてる?」
「呆れを通りこして、言葉も出ねえわ。……だけどまあ、よく考えたら、生きた人間なのに幽霊にからだを乗っとられてる時点で大概だな」
桐生くんは、登校してきた生徒たちが、わたしと話す彼を眺めながらヒソヒソと会話をしているのにもかまわず、堂々と宣言した。
「とりあえず、お前は今夜からオレの家にこい。わかったな」
「うん。……って、ええっ⁉」
いま桐生くん、オレの家に来いって言った⁉
さらりと爆弾発言を投下した当の本人は、慌てまくるわたしをよそに、どんどん話を進めていく。
「ここにいても仕方がねえ。とっととお前のからだに、話を聞きにいくぞ」
「ねえ、桐生くん。七瀬さんに、どう話しかけるの?」
一時間目の数学の授業を終えて、合間の休み時間。
クラスメイトの目があるから、あまり幽霊のわたしが話しかけない方が良いかなと思ったけど、なんとなく嫌な予感がしてつい尋ねてしまった。
「んなの、直接に決まってんだろ。今から行く」
「ええっ! 心の準備もなしにいきなり⁉」
「まどろっこしいやり方は嫌いなんだよ。面倒なことは、さっさと終わらせるぞ」
こうと決めたら、即行動。それが桐生くんのモットーらしい。
その行動力はうらやましいけど、慎重なわたしからすると、ヒヤヒヤもしてしまう。
勢いよく自分の席から立ちあがった桐生くんは、いきなりわたし――七瀬さんの机の前まで行って、仁王立ちをした。
「おい、朝霧清花。お前に話がある」
「え……? あたし?」
き、桐生くん!
直接話しかけるとは言っていたけど、まさかあんな一点の曇りもなく堂々と話しかけにいくなんて思っていなかったよ!
案の定、わたしと同じように動揺したクラスのみんなが、一斉にざわつきはじめる。
「ね、ねえっ。人間嫌い王子が、自分から朝霧さんに話しかけにいったよ」
「ウソでしょ? 桐生くんが自分から誰かに話しかけに行く姿、初めて見たんだけど。明日は槍が降るかも」
「朝霧さんも、昨日からなんかおかしいもんね……。もしかして、変人同士、急に気が合っちゃったとか?」
顔が、ぶわぁっと熱くなるような感じ。感覚があったなら、きっと真っ赤だ。
もうっ。当事者なのに当事者じゃないこの感じ、すごくいたたまれないよ!
七瀬さんは、彼から突然話しかけられたことにビックリはしているけど、そこまで動じていなさそうだ。
「えーっと、あたしに何か用?」
「ここでは話せない用件がある。中休みになったら、二人で話したい」
「ふーん。良いよ。よくわかんないけど、イケメンと話せるのは大歓迎だし」
「ちょっ、七瀬さん! わたしは間違ってもそんな発言しないってば!」
みんなの視線がある今は確実にスルーされるってわかってはいても、つっこまずにはいられなかった。
いやだーっ! これ以上、わたしのキャラを崩壊させないで~っ!
「……ねえ。いまの会話、聞いてた?」
「ここでは話せないってまさか……告白?」
「いやぁ~~、人間嫌い王子に限ってそれはないんじゃない……? でも、意味深な感じだったし、気にはなるねぇ」
穴があったら入りたいとはこのこと。
恥ずかしさのあまり、目をおおいながら、うなだれた。
はあぁ……。どうしてわたしがこんな目にあわなきゃいけないの⁉
「約束の時間だ。行くぞ」
「はいはーい」
お昼休憩もかねた中休みになるや否や、桐生くんは、七瀬さんと連れだって教室を出ていった。
「ホントに行っちゃったよ……」
「あの二人、なんの話するんだろ~ね。気になるーっ」
「ねーねー、こっそりついていかない?」
「行きたい~~! けど、やめとこー。万が一見つかったら、王子に殺されそうだし」
「「……だよねぇ」」
クラスの子たちの楽しそうなヒソヒソ声に、またもや、頭を抱えたくなる。
どう考えても、もうちょっと目立たない方法があったよね!
桐生くんに、シューチシンってものはないの⁉
いや、そんなものがあったら、こうはなってないよね……。
心の中でむなしい自問自答をしながら、慌てて、二人を追いかけていく。
「この場所なら、話を聞かれる心配はないな」
二人は、屋上前の踊り場で向きあっていた。
屋上は、原則立ち入り禁止になっていて、カギもかかっている。
たしかに、この場所なら、めったに人はやってこないだろう。
「で? あたしに話ってなに、イケメンくん」
この状況を楽しんでいる様子の七瀬さんに、桐生くんは眉をひそめた。
「単刀直入に言わせてもらう。朝霧清花に、からだを返せ」
七瀬さんから、すっと笑みが消える。
「……ふうん、そーゆーこと」
七瀬さんは、成行を見守っていたわたしをピシリと指さした。
「君、その子が、みえてるんだ」
「あぁ。オレには、幽霊がみえる。そーゆー体質なんだ」
「なるほど。それで、困ってた清花に、あたしを説得するよう頼まれたと」
「話が早くて助かる。まさか、生きているのに、幽霊にからだを乗っとられるポンコツな人間がいるなんて、オレも驚いたけどな」
「ひ、ひどいよ、桐生くん……」
一応、わたしの味方なんだよね……?
七瀬さんも、面食らったように口を半開きにしている。
「えっと、君は、清花の味方……なんだよね?」
「違う。別に、このポコンツのためじゃねえ。この話はあくまでもお前のためだ」
七瀬さんが、パチパチとまばたきをする。
「あたしのため?」
「そうだ。お前の未練を聞かせろ」
「未練……」
「この世の全ての幽霊には、未練がある。お前だって、未練があるから、地上にとどまったんだろ。オレが、お前の未練解消を手伝ってやる」
七瀬さんは、考えこむように、うつむいて。
弱気な顔をしながら、ぽつりとこぼした。
「……そんなの、絶対にムリだよ」
絶対に、ムリ。予想外の重たい響きに、深刻な空気が流れる。
だけど、桐生くんは、彼女の暗い顔にひるまなかった。
「はあ? 行動する前から、決めつけんなよ」
七瀬さんは、顔をあげると桐生くんを見つめかえした。
そして、名案を思いついたというように、不敵に笑ったんだ。
「じゃあさ、君、あたしとデートをしてくれない?」
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