第4話 夕陽だけのせいではないよね
なのかちゃんは、驚いたように、固まってしまった。
「お前、なに言ってんだよ!」
「ううん。おにいちゃん、おねえちゃんを責めないであげて」
なのかちゃんは、桐生くんをなだめるように、ほほえんだ。
「おねえちゃん、ありがとうね」
今度は、桐生くんが言葉を失った。
「おねえちゃんは、なのかが、死んじゃった理由を気にしてることに気がついていたんでしょ?」
「……なんとなく、だけどね」
「おねえちゃんに言われて、しっくりきたよ。なのかもね、どうして死んじゃったのか気になっているんだと思う。真実を、知りたい」
無意識化ではりつめていた緊張の糸が、ゆるりとほどける。
あぁ。怖かったけど、勇気を出して聞いてみて良かったな。
ホッと息をついた、そのときだった。
「……! 車⁉ いやあぁっ!」
車道を走ってきた車を見たなのかちゃんが、異様に怯えだしたのは。
「落ちつけ、なのか。万が一ぶつかったとしても、今のお前なら、すりぬけられるから大丈夫だ」
「車、怖いっ。痛いの。すごく、すごく痛いっ!」
すっかり、怯えきってしまっている。なだめようとする桐生くんの言葉も届かず、なのかちゃんはそのままへたりこんじゃった。尋常じゃない震え方だ。
「……思い、出した」
「えっ?」
「なのかは……車にぶつかって、死んじゃったんだ……」
「……そうか。交通事故、だったのか」
なのかちゃんは、返事のかわりにうなずくと、ハッと瞳を見開いた。
「ねえっ。そういえば、クロは無事かなっ⁉」
「クロ……?」
「うん。クロはね、施設の猫さんなの」
「施設?」
「なのかのお家。パパとママがいなくなってからは、そこで暮らしてたの」
クロは、なのかちゃんの暮らしていた施設で飼っている黒猫らしい。
なのかちゃんは、その施設の誰よりも、クロのことをかわいがっていたんだって。
「あの日もクロと散歩をしてたの。そしたら、曲がり角から急に車が飛びだしてきて、クロがひかれそうになっちゃって……」
そこから先は、想像のつく通り。
なのかちゃんは、小さな命を救うために、からだをはったんだ。
「みがわりになろうとか思ってたわけじゃない。ただ、クロがひかれちゃうと思ったら、からだが勝手に動いたの」
「……そう、だったんだな」
「……あんなに痛い思いをしたのに、どうしてついさっきまで、すっかり忘れてたんだろう?」
「ショックをやわらげるために、防衛本能として、記憶を封じこめていたのかもしれないな。死者には、よくあることらしい」
たしかに、死にいたるほどの痛みなら、忘れられるにこしたことはないのかもしれない。
亡くなった理由を思い出したことで浮かびあがってきたのは、やっぱりとても悲しい現実だった。それでも、なのかちゃんがみずから失った両親を追いかけたわけじゃなくて、心の底から良かったと思う。
「ねえ、おにいちゃんとおねえちゃん。なのか、クロに会いたいよ」
なのかちゃんとクロを会わせてあげるために、わたしと桐生くんは、なのかちゃんが育ったという施設をおとずれることになった。
「ここだよ!」
数十分歩いて、なのかちゃんが黒い門と塀の向こうにそびえる、真っ白な建物を指さした、そのとき。
「にゃあ」
彼女の声にこたえるように、一匹の黒い猫が、門の上からひらりと飛びおりてきた。
「クロ……!」
良かった! クロは無事だったんだ!
「クロ~~~! あぁ~。無事でよかったよぉ……」
なのかちゃんは、感極まったように、顔をくしゃりとさせた。
「にゃあん……?」
クロは首をかしげながらも、エメラルド色のつぶらな瞳で、なのかちゃんの立っている方向をじっと見つめていた。
「猫には、第六感があるのかもな」
なのかちゃんは桐生くんの言葉にほほえむと、しゃがんでクロの頭をなでようとした。
「クロ、元気にしてた? 最近は、ちゃんとごはん食べてる? なのかが餌をあげなくても、ちゃんと食べなきゃダメだよ?」
その小さな手は、何度も、クロの頭を通りぬける。
きっと、その声も、届いてはいない。
「にゃあ」
それでもクロはなのかちゃんの気配を感じとったのか、幸せそうにのどをならした。
少女と一匹の再会を静かに見守っていた、そのとき。
なのかちゃんのからだから、突然、白い光がたちのぼりはじめた。
「はぁ。クロの顔をみれて、ホッとしたなぁ」
「……クロの安否が、なのかの未練だったんだな」
そっか。じゃあ、あの白い光はきっと未練を解消した証なんだね。
「なのか。再会できて、良かったな」
「ばいばい、クロ。なのかは、パパとママのところにいくね」
触れられない手で、何度も、クロの頭を撫でる仕草をする。
見ているだけで、胸がつまる光景だ。
「……っ」
桐生くんも、こみあげてくるものをこらえるように、のどをふるわせていた。
きれいな横顔が今にも泣きだしそうにゆがんでいて、わたしの心も熱くなる。
人間嫌い王子だなんて呼ばれてるけどさ、桐生くんって、ほんとはやさしいんじゃないかな。
なのかちゃんのからだは、白い光につつみこまれて、どんどん透けていった。
「おにいちゃん、おねえちゃん。ありがとうね!」
胸が、苦しい。こんなに小さな女の子が、もうこの世を去らなければならないなんてままならない現実だ。
「……大したことは、してねえよ。それより、なのかが、またクロに会えてよかった」
「ふふっ。やっぱり、おにいちゃんはやさしいね」
なのかちゃんは、花のように笑った。
「またね、クロ。おにいちゃん、おねえちゃんも。ばいばい」
白い光にのみこまれるようにして、なのかちゃんは、この世を旅立った。
そんな彼女を見送るように、やさしい風がふいたんだ。
わたしと桐生くんがなのかちゃんをあの世へ見送ると、すっかり夕焼け空になっていた。
無言のまま歩いていき、施設に隣接する公園に入っていく桐生くんを追いかける。
夕陽に染められた公園に、人影はない。
誰もいない公園のベンチに、桐生くんは疲れたように腰かけた。
サラサラの黒い髪に、天使の輪がいくつもかかっていて。
透きとおるような白い肌に、夕陽の朱がさしている。
黙っていると、悔しいくらい絵になるんだよなぁ。黙ってさえいれば、だけどね。
失礼なことを思っていたら、桐生くんがふてくされたようにボソリと言った。
「……おい」
「ん?」
「……なんで、わかったんだよ」
「えっと……なにが?」
「……なのかが、ホントは、自分の死因を気にしてたこと」
強い光をやどした切れ長の瞳と目があって、ドキリとした。
放課後に昇降口で拒絶されてから、初めて桐生くんとまともに目があった気がする。
「えっと、確信があったわけじゃないよ。強いていうなら、カンかな」
「は? テキトーなこと言ってんじゃねえよ」
「テ、テキトーではないよっ。桐生くんがムリに思い出さなくても良いって言ったときにほんのちょっとだけ、なのかちゃんが口ごもったように見えたの」
言いたいことを、のみこんだような顔。あの表情が、どうしても引っかかったんだ。
「もちろん、死因が直接なのかちゃんの未練に関係しているとまでは思っていなかったけどね」
なのかちゃんに死因を聞いたところで、ただ、辛い思いをさせてしまうだけだったのかもしれない。わたしのしたことは、ただのおせっかいになりかねなかった。
「桐生くんが心配したように、なのかちゃんを傷つけるだけだったかもしれない。今回は、わたしのおせっかいがたまたま良い方向に転んだだけだよ」
「……はあぁ」
そんなに大きなため息を吐かれると、不安になってくる。
また、なにか怒らせるようなことを言っちゃったかな……?
ビクビクとしていたら、彼は、そっぽを向いたままボソリとこぼした。
「……かったよ」
「え?」
首をかしげていたら、今度はわたしをキッと睨みつけて、早口でまくしたててきた。
「っっ。だからっ、お前が生きた人間だってわかった瞬間、手のひらをかえすような真似をして悪かったって言ったんだよ!」
「き、聞きかえしただけで、怒らないでよ……」
「フン」
桐生くんは、すっと顔をそむけた。
「……なあ」
「なに?」
「お前は、幽霊がみえるオレのことを不気味だと思わねえの?」
「不気味? なんで不気味に思うの?」
桐生くんは、驚いたように目を見ひらいた。
「少し前までは、クラスの中でも同じ一人ぼっちだけど、関わることはなさそうだなとは思ってたかな」
「……オレ、学校の奴から、妙なあだ名で呼ばれてるしな。クソどーでもいいけど」
「そういう意味じゃなくて、わたしはチョー地味女子だけど、桐生くんは学校中の有名人だからだよ」
「やべえ奴としてだろ」
「うーん……正直、そこは否定しづらいけど。でもね、わたし、今まで桐生くんのことを誤解してたよ。桐生くんは、幽霊がみえる自分にしかできないことを頑張っていただけだったんだね」
彼は絶句したまま、放心したようにわたしを見つめた。
「みんなから誤解されて、すごく大変だと思う。それでもわたしは……桐生くんが幽霊になっちゃったわたしに声をかけてくれて、気持ちが救われたよ。だから、不気味になんて思うわけがない。むしろ、すごく感謝してる」
「…………なんだよ、それ」
言い方はぶっきらぼうで、とても素っ気なかったけど。
その声が、かすかに震えていたことに、気がついてしまった。
わたしの思い上がりでなければ、感極まって、言葉も出てこないというように。
長いこと沈黙した後、桐生くんは意を決したように口を開いた。
「…………お前のこと、手伝ってやってもいいよ」
「えっ」
「だから、お前のからだを取り戻す手伝いをしてやっても良いって言ったんだよ!」
聞き間違い、かと思った。
でも、今たしかに、手伝ってくれるって言ったよね⁉
「ほんとに?」
「……っ。勘違いすんな、お前のためじゃねえから。あくまでも、お前のことを乗っとった幽霊のためだからな!」
桐生くんは早口でまくしたてると、話は終わりだとばかりにベンチから立ちあがってしまった。そのまま、スタスタと公園を出ていってしまう。
だけど、わたしはうれしくてうれしくて、ニコニコしちゃった。
だって、桐生くんの顔、見ているわたしが気がつくほど真っ赤に染まってた。
それは決して、夕陽だけのせいではなさそうだったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます