第3話 やっぱり、さっきの話はナシで

 最後まで語り終えると、桐生くんは目をかっぴらいて、わたしのことをガン見していた。

 うんうん。

 そりゃあ、誰だってこんな話を聞かされたら、驚いちゃうよね。

「…………マジかよ」

 って、あれれ?

 夢中で語っていたから気がつかなかったけど、桐生くんの顔色が、なんだか急激に悪くなったような……。

「っつーことは、なに……? お前、見た目は完全に幽霊のくせに、実は生きてる人間なわけ?」

 飛び出てきたのは、地獄の底からはいのぼってきたような低い声。

 なんで! どうして急に、めちゃくちゃフキゲンになっちゃったの⁉

「そ、そうだよ。そもそもわたし、桐生くんのクラスメイトなんだけど、もしかして気がついていなかった?」

「はあ? クラスメイトの顔なんて、覚えてるわけねえだろ。関わる気ねえし」

「ご、ごめんなさいぃっ……」

 思いあがって、ごめんなさい! 睨まないでっ。

 桐生くんは、とっとと王子さまフェイスを潜めて、刃物のような眼光の鋭さを取りもどしてしまった。さっきまで、春さながらのやわらかな笑みを浮かべてたのに、一気に底冷えの冬の空気感だよ!

 ある意味、こっちが、いつもの桐生くんだと言えるけど……。

 急に、どうして!

 わたし、なにか怒らせるようなことを言っちゃったかな……?

 心当たりがなさすぎて、ビクビクすることしかできない。

 怯えるわたしに、桐生くんはフキゲンを隠そうともせずに、盛大なため息をついた。

「はぁ。お前の力になってやろうかと思ったけど、気が変わった。やっぱり、さっきの話はナシで」

「えええええっ⁉」

 そんなぁ! ついさっきまで、少女マンガのヒーローみたいだったのに!

 救世主だと思ったのに、とんでもない裏切りだよ!

 信じられない手のひら返しに、ショックを通りこして、アゼンとしてしまう。

 彼は、もう付きあってられないと言わんばかりに、スタスタと校舎の外に出ていってしまった。

 って、いやいやいや!

 このまま大人しくは引き下がれないよ!

「ちょっと待ってよ、桐生くん!」

「…………」

「わたし、なにか気にさわるようなことを言っちゃった?」

「…………」

「そうなんだとしたら、ごめんなさい! でも、ほんとに心当たりがないの! もしよかったら、教えてくれない?」

「…………うぜえ。ついてくんな」

 うわぁ……。とりつく島もないとは、このこと。

 桐生くんは形のよい唇を引きむすび、学校外まで追いかけてきたわたしを無視しつづけている。

 ある意味、通常運転。人間嫌い王子の桐生くんに戻ったともいえるけど。

 はああぁ……困ったな。

 せっかく今のわたしを認識できる、貴重な人と出会えたのに。

 いつものわたしなら、一度でもこんな風に人から拒絶された瞬間、ものすごく落ちこむ。それはもうキノコを栽培できそうな勢いで、どんよりと落ちこむ。

 何日かは部屋に引きこもって、もう一生、桐生くんに話しかけるのはやめとこうって胸に堅く誓うレベルだ。

 だけど……今は、状況が状況。凹んでいる暇すらない。

 だってさ、自分のからだが、かかっているんだもん!


「お願いだから! もう少し、話だけでも聞いてよっ」

 中学校からどんどん離れて、足早に進んでいく桐生くん。

 もう何度も声をかけてるけど、一度も振りかえってくれない。

 早くも心が折れそうな鬼スルーぶりだよ。

「ねえ。ねえってばー!」

 突然、彼が、ぴたりと足を止めた。

 あれ。もしかして、やっと話を聞いてくれる気になった⁉

「どうかしたの?」

 桐生くんは、やっぱりわたしのことはスルーして、道路の真ん中あたりを睨んでいる。まあ、わたしの話を聞いてくれる気になったわけじゃないよねー……。

 だけど、その視線を追っていくと、彼が足を止めた理由がわかった。

「えっ! 女の子?」

 なんと、道のど真ん中に、体育座りをしている小さな女の子が!

 明らかに、様子がおかしい。

 あんな場所に座りこむなんてよっぽど気分が悪いのかなぁ、心配だ。

 ここは車通りもあるし、あのままじゃ危ないよ。

「桐生くん。あの子、どうしたのかな」

「…………今日は、幽霊日和だな」

「え?」

「…………最初のは、とんだ詐欺だったが」

 桐生くんは、座りこんでいる女の子に迷わず近づいた。

「おい、そこのお前」

 女の子は顔をあげると、ぼんやりとした様子で首をかしげた。

「おにい、ちゃん……? なのかが、みえるの?」

「ああ。みえてるよ」

 うわっ!

 もう一度、女の子の姿をよく見たら、かわいらしいお顔がうっすらと透けていた。

 顔だけじゃない。細い手足も、身につけているワンピースも透明だ。

 彼女の姿を通して、道路が透けて見えている。

 ということは、もしかしなくても……あの子も幽霊⁉

「ほんと? ほんとにほんとに、なのかが、みえるの?」

 桐生くんは、女の子を安心させるように、笑いかけた。

「ウソはつかないよ。ほら、話せているだろ?」

 ドキリ。

 なにあの神々しい笑顔! まぶしいくらいだよ!

 ついさっきまで、視線だけで道行く人を殺せそうな目をしてたのにっ……。同一人物だとは思えない!

「……背後からクソ失礼なことを考えてる脳波を感じとったんだが」

「あれっ。桐生くんって心まで読めるの⁉」

「そこは否定しろよ、幽霊詐欺。お前がなんでも顔に出やすいだけだ、クソバカ」

「ゆ、幽霊詐欺って、だまそうと思ってたわけじゃないもん! それをいうなら桐生くんだって救世主詐欺でしょ!」

「おにいちゃんたち、仲良しだねぇ」

「「仲良くない!!」」

 桐生くんは、疲れたように大きなため息をつくと、なのかちゃんに向きなおった。

「なのか。ここだと、オレが車のジャマになっちまうから、ついてきてくれないか?」

「うん」

 彼は、幽霊の女の子――なのかちゃんを連れて、歩道へと戻った。

「なあ。なのかは、いつから、あそこにいたんだ?」

「気がついたらいたよ」

「そうか」

「ねえ、おにいちゃん」

「ん?」

「どうして、なのかの姿は、おにいちゃんたち以外の人にみえないの?」

「それは……」

 桐生くんは、一瞬、言葉につまった。

 純粋すぎて、残酷な問いだ。

 だけど桐生くんはなのかちゃんから視線をそらさずに、ハッキリと答えた。

「それは……なのかが、死んでしまったからだよ」

「死んだ……?」

「……うん」

 なのかちゃんは、大きな瞳を、パチパチとまたたいている。

 ショックというよりも、状況がのみこめていない顔。

 そんな彼女に、桐生くんは、辛そうに現実を語る。

「命を、落としたんだよ」

「……そっ、か。そう、だったんだ」

「ああ」

「ねえ、おにいちゃん」

「うん?」

「なのかは、どうして死んじゃったのかな?」

 ハッとした。

 そっか……、そのときのことを覚えていないんだ。

「わからない。ただ、覚えていないのは幽霊にとって珍しいことじゃないし、ムリに思い出す必要もねえよ。幽霊になってまで、苦しい思いをしなくてもいいだろ」

 なのかちゃんは、少しだけ、口ごもった。

 あれ……?

 だけど、見間違いかと思うほどすぐにニコリと笑った。

「そっか、ありがとう。おにいちゃんは、やさしいんだね」

「……べ、ベツに。普通だし」

 なのかちゃんのあどけない笑顔に、桐生くんは、そっぽを向く。

 だけど、彼の耳は、ほんのり紅色に染まっていた。

 ふふっ。桐生くんは、素直じゃない人だなぁ。

「死んだ人間は、普通あの世へいく。だけど、なのかは幽霊になって、この世にとどまった。それは、この世に未練を残しているからだ」

「みれん……。みれんって、なに?」

「あきらめきれないこと。死にきれなかった理由のことだよ」

 桐生くんは、ずいぶんと幽霊のことに詳しいんだな。

 まるで、今まで何度も同じ説明をしてきたみたいに、すらすらと語る。

「なのかには、会いたい人がいるか?」

「うーん、どうだろう。ママとパパは、なのかより先に死んじゃったし」

 胸が、つきんと痛んだ。心臓はなくても、心が苦しい。

 桐生くんも、言葉につまってしまっている。

 家族がいる。それは、決して当たり前のことじゃない。

 頭ではわかっていても、突きつけられた残酷な現実に、心が追いつけない。

 うずまきはじめた重たい空気に、なのかちゃんの眉じりが、しょんぼりと下がる。

「そんな顔しないで、おにいちゃん。なのかは、だいじょうぶ。さびしかったけど、なのかも、二人と同じになったもん」

「まさか、なのかは……」

「ん?」

 桐生くんは、なにか言いかけて、ためらうように口をとじた。

 きっと、わたしと同じ。悲しすぎることを想像してしまったんだろう。

 なのかちゃんは、二人を追いかけて、自分から命を落としたんじゃないかって。

 死んだら、二人と一緒になれると信じて。

 想像することすら苦しくて、心がヒリヒリと焼けつくみたいだ。

 だけど……。

 それでも、今は、彼女の死因から目をそむけてはいけない気がした。

「ねえ、なのかちゃん」

 たまらず声をかけたわたしに、桐生くんとなのかちゃんが、同時に振りかえる。

 なのかちゃんは、大きな瞳をまんまるにした。

「えっ! おねえちゃんにも、なのかがみえていたの? もしかしておねえちゃんは、なのかとおそろい?」

 幽霊の女の子とおそろい……はかなりフクザツだけど。

 きちんと事情を説明するのもややこしいから、今は、そういうことにしておこう。

「うん。実はそうなんだ」

「そうだったんだぁ。早く言ってくれれば良かったのに」

「…………」

 ギロリ、と。

 あああ……桐生くんの目つきが、また人間嫌い王子モードに逆戻りだ。『お前の出る幕じゃねえだろ』と言いたげな、刺々しい顔つき。

 正直、めちゃくちゃ怖い。

 いつものわたしなら、余計なことを言わないように、言葉をのみこんでいる場面だ。

 でも……勇気を振りしぼってでも、なのかちゃんの本心に寄りそってみたくなった。

「ねえ、なのかちゃん」

「うん?」

 今から言おうとしていることは、余計なおせっかいかもしれない。

 わたしの身勝手な気持ちで、なのかちゃんを傷つける可能性だってある。

 他人がどう思うかなんてわからない。だから、相手の心に踏みこむのはとても怖い。

 それでも……この直観が、なのかちゃんの気持ちを少しでも救うことができるのなら!

「なのかちゃん。辛いだろうからムリにとは言わないけど……死んじゃったときのことを思い出せないかな」

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