第2話

 宿の部屋に案内され、それぞれの部屋に入って別れた頃、窓から魔王の西が侵入した。

「笹山パイセン、うまく取り入れましたか?」

「取り入れたが、どうにも一筋縄ではいかない案件が発生した。俺の呪いは、斧田仁を抹殺しないと解けないかもしれない。斧田仁が許してくれそうな気配がなかったからな……。それとも抹殺以外に何か他に方法があるのかな?」

「そうっすね……抹殺しなくても、拷問すれば解いてくれるんじゃないですか? 恐怖を植え付けた上で呪いを解いてもらいましょう」

「なるほど、それならいけそうだな」

 魔王の西とよからぬ密談をする最中、扉をノックする音が響いた。

「トンとこニャンコ、少しいいか?」

 言わずもがな、この世界の勇者である斧田仁の声だ。一体、何の用なのか?

 ともあれ、魔王の西がいると不味いので一旦窓の外に出てもらうことにした。

「どうぞ」

 部屋の扉の鍵を開ければ、仁が設計図らしき物を手にして入室し、それを近場の小さなデスクに広げた。

「話をし忘れていたが、魔王討伐後、魔王の古城は取り壊してスマートシティを建設しようと考えている」

「スマートシティ……」

 スマートシティとは環境系都市の総称で、エネルギー需要や環境保護に配慮したエコタウンのことだ。通信やAIを中心に展開され最先端をいくような都市だが、異世界にもそれを建設しようとしているのだろう。

「そのスマートシティを建てて、この異世界の住人全員を移住させて新しい生活に機能させる方針ってことかな?」

「いや、しない。九割以上は淘汰するつもりだよ」

「えっ? 何で?」

「何でって、スマートシティには必要ないからさ」

「……そう、なのか」

「でも安心しなよ、トンとこニャンコ。君はちゃんと住まわせてあげるからさ。それに今、魔王討伐とは別に動いているハンター達は魔物狩りをしながら住人の選別もしているんだ。ある程度は使えそうな人種がいるからね」

 勇者一行やハンター達のほうが明らかに悪じゃねぇか――。魔王の西が治安が悪くなったという意味は、このことだろう。

「主旨の説明は以上だ。魔王討伐後、スマートシティの計画を一緒にしてくれるかな?」

「今はまだはっきりとは返事はできないが、一応、検討しとく」

「分かった、それじゃおやすみ」

 斧田仁は部屋から退室したが腑に落ちなかった。スマートシティの建設、それが意味する先には、あの活気付いた街並みの風景の消失だ。

「話は済んだようですね」

 斧田仁の気配がなくなり、再び魔王の西が窓から部屋の中に入った。

「魔王の西が住んでいる古城をとり壊して、そこを拠点にスマートシティを建設するみたいだな。その為に、今までいる住人達の選別をしているから治安が悪くなっているようだ」

「やはり、そうですよね……それならば勇者一行をかく乱させる必要がありますね。スマートシティが建設できないような条件にしなければ……。恐らく、住人達もスマートシティ建設は反対ですし、建設できないように妨害するしかないですね」

「妨害はいいが、どうやってやるんだ?」

「住人達と共に大暴れはどうっすかね?」

 魔王の西が住人達と協力して大暴れ……しかし些か短絡的で、短期決戦になれば不利になる気がした。勇者一行はスマートシティを売りにし、徐々に勢力を拡大している。ならば尚更、慎重な作戦で行かなかれば詰む未来しか見えない。

「うーん、そうだなぁ……あ、そうだ! 選挙をするのはどうだろうか?」

「選挙?」

「スマートシティと既存のまま残したい派、どちらを指示するかを決めて投票してもらえばいい。そうすれば血で血を洗う揉め事は無くなるだろう?」

「なるほど、選挙……それ、良いですね。ただ、勇者一行がその誘いにのりますかね?」

「勇者ならのるんじゃないか? 魔王の西が立候補をすれば、勇者の仁も立候補するだろう。選挙カーみたいな車ってこの異世界にはあるのか?」

「んー……車は無いですが、車のかわりにドラゴンならありますよ。あとは街の至るところに、テレビの役割をしているモニターもあるので、それを使えば映し出せますね」

「なるほど、ドラゴンとモニターか。それじゃあドラゴンに乗って選挙、広報活動をしているところをアピールしてモニターに映し出そう」

 魔王の西は「はい」と頷くも、不安げな表情だ。

「やばい、緊張してきた……」

 この世界で魔王に君臨する西が緊張――とあれば、緊張を解すには、アレしかない。

「西、落ち着け。広報活動が成功した暁には、トワニャン限定フィギュアを授けよう」

「――!? マジっすか!? 俺、頑張ります!!」

「おう。それと今から、広報活動をする為の台詞を超特急で書くから」

 魔王の威厳を放ちつつ、勇者一行がやっていることを否定するような台詞を紙に書き連ねて西に渡した。西はそれを目通しして、頷いた。

「今日中に暗記しておきます! 明日の朝、これを決行するので笹山パイセン、よろしく頼みまっす!」

「おう」

「それじゃあまた明日」

 魔王の西はサラリーマン根性で暗記するようで、再び窓の外へ行き撤退した。明日の朝に決行すれば、勇者一行も魔王討伐は一旦は考えるかもしれない。その後は、トンとこニャンコこと俺が勇者一行をあおればいいが、ブレインフォグが起きたことを考え、今、覚えている限りをメモることにした。明日の朝、忘れていたら一大事だ。今、取り決めたことを書き付けてから就寝した。


 ***


 翌朝、目覚めて直ぐに、俺の手のひらに紙が握られていた。

「あれ、何だこの紙?」

 見れば、魔王の西がスマートシティを異世界に建てるのは反対であることと、勇者一行がスマートシティを建設しようとしていること、魔王の西が今日、選挙の広報活動をする旨、そして俺は、トンとこにゃんことして勇者一行、斧田仁に混じったことも綴られていた。

「そうか……昨日は、こういうことがあったのか」

 ぼんやりとだが思い出し、早速準備をしてから部屋を退室した。宿のロビーに向かえば、すでに勇者一行が準備をして待機していた。

「トンとこニャンコおはよう、もう準備はできた?」

 明るく訊いてきたランランに頷けば「それじゃ、行くか」と無愛想に斧田仁が言った。だがもう一人のヒーラーのソウヤの姿がどこにも見当たらなかった。

「あれ? ソウヤは?」

「ソウヤは解雇したよ」

「えっ、何で?」

「気にくわなかったからね」

 斧田仁はあっさりと告げて宿を出た。

「仁ってああういうところがあるから、今までも出会いと別れを何度も繰り返しているのよ」

 ランランが小声で教えてくれた。どうやら一枚岩ではないらしい。これなら選挙をやるまでもなかったのではと過るが――

「でも今回は、大物を仲間にできる算段かついたから、問題ないようだけどね」

「大物?」

「魔王と同等に強い、フェアリー属のセリよ。今日、会う約束をしたって聞かされて、驚きよ」

「そうなんだ」

 この異世界に来たばかりなのでよく分からないが、期待の人物のようだ。

 宿を出ると、街の中央広場に大きなモニターが設置されていた。各地の街の様子を映し出しており、天気予報や魔物情報なども放映されていた。まるでテレビのニュースのような感じだ。

(魔王の西は、モニターに映るのだろうか?)

 昨晩取り決めたことはメモに書かれていた。朝に決行するとのことだが――……

『ここで臨時速報です』

 モニターに映っていた女性が鬼気迫る声で告げた後、モニターの画面が切り替わった。映し出されたのは空を雄々しく飛翔する無数の黒いドラゴンに、その黒いドラゴンに乗る魔王の西の姿だ。その軍勢はやがて地上に降り立った。大地を踏みしめるドラゴンの爪と羽ばたきの音色が木霊し、物々しい雰囲気になっている。魔王の西は魔王らしい含み笑いをしながらモニターのカメラに視線を向けて告げた。

『おはよう諸君、我は、魔王なり! そして宣言する! 勇者一行の蛮行を食い止め、この世界を維持することを! 古き時代の建築物や環境をむやみやたらに破壊し、新しい時代の要となる、スマートシティとやらを取り入れることが果たして、良いことに繋がるのだろうか? 否、ならない! 新たな時代、新たな考えは、ただの傲慢だ! 傲慢を受け入れる為に、人を淘汰する勇者一行はもはや、勇者ではない。勇者の皮を被った、悪童以下だ! 笑止千万な勇者一行よ、我はお前達がやることをこれから広報する。我が維持したいこの世界と、勇者一行が新たにやろうとしていることを、人々がどう受け取り、どちらの指示をするのか、勝負をしょうじゃないか! もし、我を指示する者が多ければ勇者一行には退去してもらう。しかし勇者一行を指示する者が多ければ、我は潔く撤退し、討伐されることも受け入れよう! では、健闘を祈る』

 魔王の西は堂々と宣言した後、再び黒いドラゴンの軍勢を引き連れて空高く飛翔していく。その姿をモニター越しに見ていた多くの住人達はざわついていた。

「魔王の耳にもスマートシティの話は入っていたか……まぁ、仕方がない」

 斧田仁はそう呟くも、焦った様子は見られなかった。

「どうするの? 仁?」

「フェアリー属のセリを仲間に引き入れる、何も問題はないさ。さっさと行こう」

 斧田仁はモニターから離れて歩こうとしたが、街の住人達に取り囲まれていた。

「最近、不穏な噂を聞いていたけど、勇者一行の仕業だったのかい?」

 街の住人達の表情は一様に険しかった。スマートシティ建設計画の為に魔王という悪の象徴を利用して立ち退きや、住人達を選別していたのだ、今の魔王の演説により疑惑の目は勇者一行に向けられるのは当然の流れだ。

「全てはスマートシティの為です。スマートシティがあれば今よりも良い生活が送れるようになりますよ。魔王の支配下で統治されるよりも、ずっと治安は良くなります」

「いや、魔王は別にいてもいいんじゃないか? 今までだって住人に何か危害を加えるようなことはしなかったしなぁ……それにこの街だって、魔王に支配されている訳でもないし……。魔王に税を納めることもなければ、厳しい規律を強いられる訳でも、労働するように命じられている訳でもないしなぁ……」

 斧田仁が説明した後、街の住人の一人が反論した。その反論に、街の住人達も頷いていた。

「だからですよ。税を納めない、規律がない、労働の基準がない――そんな自由を許してしまえば人は堕落し、危機に瀕した際に対応ができなくなる。その為のスマートシティです。スマートシティは全てを管理できるシステムが確立することができます。我々はそれに従えばいいだけです」

 斧田仁の主張に、街の住人は首を捻り、ざわつくだけだった。今まで魔王が築いてきたこの世界の暮らしが余程いいのだろう。スマートシティと言われても、ピンとこないのは明らかだ。勇者仁は街の住人に説明するのを時間の無駄だと思ったのか「では、これで失礼します」と踵を返した。斧田仁の後に続いて、俺とランランも後にした。


 ***


「全く、街の住人は何も理解してないな。というより、今の生活に洗脳されているんだろうな」

「そうかもしれないねぇ。ところで仁、フェアリー属のセリは大丈夫なの? 賛成派なの?」

「ああ、フェアリー属のセリは新しい物が好きだからな。スマートシティ計画の一部始終を話したら、興味を持ってくれたよ」

「へぇ~、そうなんだ。新しい物が好きなんだね」

 斧田仁とランランの会話は、スマートシティ一色だ。

(つぅかスマートシティって、そんなにも魅力的かねぇ?)

 何となく便利そうな気はするが、システム障害が起きた際、対応できるかが定かではない。何でもシステム任せでは、管理部分が疎かになる気がした。

「トンとこニャンコ、君はどう思う?」

「そうだね……今より待遇が良ければいいかもしれないねぇ」

 とはいえ、これは建前だ。一番はブレインフォグの呪いを解くのが目的だ。その大義名分はずれていない。

「スマートシティを建設したとして、その後はどうするんだ?」

「それは勿論、各所でパイプラインを作って更なる発展を目指すさ。誰も逆らえない、統一した国家を作る」

「なるほど……」

 斧田仁のような支配者が跋扈する世の中は、さぞ、苦労しそうだ。格差社会がうまれる予感しかしないが、どのみち、魔王の西が圧倒的に指示されるだろう。斧田仁の野望も今だけだ。

 しかしこうまでよくも、自尊心だけが成長するものだと呆れてしまう。全ては、学生時代の劣等感から来ているのだろうか? 疑問が浮かぶ中、斧田仁は再び口を開いた。

「魔王よりも俺が上に立って統治したほうが、間違いなく幸せになれるんだよ」

(うわぁ、すごい過大評価……)

 自意識過剰なのは結構だが、その自意識過剰なせいで迷惑しているのは異世界の住人達だ。すでに異世界の住人達の大多数は疑念を抱いてしまっている。勇者一行の不審な言動は各所で目撃され、それが噂になって広まりつつある。対して魔王は、今まで通りの不自由のない安定した生活を住人達に約束をした。新しい変化はないが、圧倒的に魔王を指示する者は大多数だろう。魔王を覆すには魔王よりもより良いことを提供しなければ動かない。スマートシティだけでは浅い気がした。

(フェアリー属のセリって人、どれだけ指示を集められる人なんだろう?)

 不確定要素としてはそこが鍵で重要な問題だ。セリの人望があるのかないのか、そこで事態は変動するだろう。

「フェアリー属のセリって人のとこまで、あとどれくらいなんだ?」

「もうじきさ、ほら、あそこ」

 斧田仁が指差す方向には、木の根と枝があちこちに伸びている奇っ怪な建物が聳え立っていた。新しい物が好きだというのは建物からして垣間見える。

「なるほどね」

 奇っ怪な建物が聳える地に足を踏み入れて直ぐのこと、けたたましい羽音がした。建物から次々と凛々しい顔付きと屈強な体型をした戦士が出現し、俺達の周囲をぐるりと包囲するように囲われた。

「勇者仁の一行か?」

 虹色の光彩を放つ瞳と髪をした長身の男が現れ聞かれた。斧田仁が頷けば「こちらへ」と踵を返し、建物内部の案内をされた。内部はまるで蟻の巣のような造りで、どこに出るか分からないような複雑さがあった。

「こちらへ」

 更に促された場所は神殿のような造りになっていた。その神殿のような造りの奥には、同じく虹色の光彩を放つ瞳と髪をした女性が鎮座していた。

「よく来たな。さぁ、こちらへ」

 促された場所には大きなクッション製の椅子が三脚、用意されていた。そこに腰を下ろした瞬間、何故か体をがっちりと拘束されてしまった。生き物のように伸びた触手が俺の体を纏わり離さない感じだ。

「おい、セリ、一体これはどういうことだ?」

 俺が口を開くよりも斧田仁が不快な顔で口にした。対応の悪さに露骨なまでに眉間にシワを寄せている。

「どうもこうも、事情が変わっただけじゃ。魔王の今日の公言が面白くての? スマートシティよりも、魔王のこれからの動向に賛同したくなった、ただそれだけのことじゃ」

 セリは口の端をつり上げて返した。

「ふざけるな! 話が違うじゃないか!」

「すまんな、勇者一行」

「なら、お前も呪ってやるまでだ!」

 斧田仁がそう告げた直後、セリは片手をあげた。すると斧田仁の身体が光だし、何かの白い塊が身体から外に放出された。

「呪いとは何とも恐ろしいことよ……人間ならではの特権か? だがこの力は元来、そなたの物ではないな……私が預かることにしよう」

 セリは斧田仁の体内から抜いた白い塊を、自分の体内に引き寄せて取り込んでしまった。

「ふむ、変わった味がするのぅ……」

 セリはそう呟いてから俺に視線を向けた。

「お主も難儀していたのだな――元に戻してしんぜよう」

 セリが呟いた直後、頭に靄が掛かっていたのがすっかりと晴れていくような感覚が訪れた。これはもしかしなくても、長年悩まされていた呪いの、ブレインフォグが解けたに違いない。

「ありがとう御座います、セリさん」

「は? なんで礼なんて言ってんだ?」

 斧田仁は理解不能だというような顔で俺に問うた。まさか呪いが解けたとは、夢にも思っていないだろう。

「お礼を言いたくもなるさ。ずっとブレインフォグで不便な生活をしていたからね。でも呪いが解けたお陰で、そんな不便とも今日でおさらばだよ」

「は……? な、おまえまさか……、笹山昴なのか!?」

「そうだよ、トンとこニャンコじゃなくて笹山昴だよ? 驚いたかい?」

「ふざけんなっ! 俺を騙していたのかっ!?」

 切れられてしまったが、切れたいのはこちらだ。だがブレインフォグが解けたお陰でその怒りも無くなってしまった。

「騙していたというより、成り行きでそうなった感じかな? 魔王と利害が一致したのと、持つべきは者は魔王だったからだろうね」

「――! 最初から騙していたのかっ!?」

「そうとも言うね」

 激昂する斧田仁に返す中、俺だけ拘束が外れた。

「笹山、お主からは害意は感じられないから帰ると良い。もっとも、外に迎えが来ているようだぞ」

「はい」

「そうだ笹山、魔王はどんな様子なんだ?」

「そうですね、俺の良い部下ですよ」

「ハハハッ! そうか、魔王を従えているのか、滑稽だな。また会う機会があればじっくり聞かせておくれ」

「はい」

 それからセリと別れて再び蟻の巣のような場所を通り外に出れば魔王が待機していた。

「笹山パイセン、無事でしたか!」

「うん、西君も無事で何よりだよ。つぅか、演説良かったよぉ! 俺が書いた以上に魔王らしさがあって感動したよぉ」

「ありがとう御座います! 全てはトワニャンの為っす!」

「そっか」

 推しはぶれず、安定のトワニャン効果は絶大だ。

「そうだ、呪いはフェアリー属のセリさんに解いてもらったよ。斧田仁から呪いの効果の元を奪った後、俺に掛けられていた呪いを簡単に解いてくれたよ。元は斧田仁が持っていた物ではなかったとか何とか……詳しくは分からないけど、良かったよ」

「そうですか。それなら安心です」

「ところで、これからどうするんだ?」

「どうするもこうするも、スマートシティ計画は破棄で、この世界は現状維持ですよ。あとは笹山パイセンの世界に戻って、地道に地位を保ちながら次期社長になって、ゆくゆくは世界征服できるような組織と器になりたいっすね! つっても、暴力や支配ではなく、共存関係を繋ぎたいという意味での世界征服ですよ」

「なるほど、そっちか」

 てっきり、悪逆の限りを尽くす力の支配が蔓延る世界征服を想像していたが、違うようだ。

「俺はトワニャンのように、ヴィランながらも可愛く癒しを与えれるような世界と人物を目指したいんです」

「ふむ、流石だね」

「あざっす!」

 平和的思考のまま突っ走る、それはソシャゲのトワニャン効果があってのことだ。トワニャン効果があって良かったと考えるべきなのか、何にせよ、事件は解決した。


 ***


 数日後、勇者一行が行っていた悪事がモニターで報道された。全てはスマートシティの為だと言っていたが、斧田仁が抱えている野望という名のただの欲に過ぎなかった。あらゆる物を淘汰しようとしていたのだ、住人達は不安も不満も抱えていただろう。

 それから俺は、異世界から現代に戻った。ブレインフォグというリスクを解かれたが相変わらずダメリーマンな生活を送っている。ミスをすることは無くなったが、サボるスキルを特化した今、更にサボりテクニックを生かして部下の西を自分の都合の良いように使っている。西は魔王だが、西は魔王ではなく、部下としての立場が好きなのか、俺に何も言わずに良いように使われている。

「笹山先輩、この案件、どうします?」

「そうだね……まぁ納期も指定されてないし、言われるまで待っておけばいいでしょ」

「了解っす」

 あれからぽんぽこ狸、もとい、田中社長が部署を頻繁に訪れるようになり、部下の西だけではなく、俺にもよく話しかけるようになったのだが――

「西君とはどうかね?」

「そうですね……変わりなくです」

「そうかね、それなら良かったよ。それで、ブレインフォグが晴れて気分はどうかね?」

「えっ……」

 やんわりとした質問に田中社長を思わず、まじまじと見つめてしまう。あまりにも違い過ぎる雰囲気と外見に驚きは隠せなかった。

「えっ、まさか……フェアリー属の、セリさん?」

「いかにも」

「マジすか……」

「ふふっ、驚いたかい?」

「驚きますよ。つぅかそれよりも、いいんですか。自分の企業を魔王の西に継がせて……」

「ああ、良いんだよ。その方が面白そうだからね」

 フェアリー属のセリこと、田中社長は恵比寿顔で笑っている。異世界の住人はどうにも面白いという基準で物事を決めがちのようだ。つまりは面白いの判断基準で、悪い方向にも傾く危険もある訳だが、今のところ悪い方向には行ってないのでそこは安心だ。

「そうなんですか……ていうかもしかして、西は田中社長がセリさんだって、最初から気付いていたんですか?」

「そうだよ、だけどこっちではこっちの立場があるからね。西君も魔王のようには振る舞っていないし、知りながらもそこはお互いに、秘匿にしていた感じさ。会社の立場もあるからね」

「なるほど……」

 ようは異世界は異世界、こっちはこっちとして分けて生活スタイルを変えているようだ。混乱しそうだが、それで上手くいっているのだろう。

「それにしても、君は面白いね? うま~くサボるんだねぇ」

「うっ……バレてましたか」

「そりゃもう、これでも社長だからね」

 感心するように言われてしまった。社長ではなく、そこはフェアリー属特有の能力ではないのかという話だが、胸中で巡らしながらも流すことにした。

「そうだ、田中社長――いや、セリさん。どうして考えを変えたんですか? スマートシティのこと、本当は興味あったんでしょう?」

「そうだね、あったんだけれどね、やっぱり、現状維持が一番いいかなと思ってね」

「そうですか」

「そうだ、スマートシティではないんだけどね? 新しい事業展開は考えているんだよ」

 ぽんぽこ狸こと、田中社長はにっこりと微笑んで書類の束を渡してきた。その書類の束にはネット事業、建設業、占い師、探偵、ひよこ鑑定士など、あらゆる事業のプランが書き記されていた。新しい事業展開というよりも、面白そうだと思った事業をとりあえずよせ集めてピックアップしたような感じが拭えない。

「あの、一体、これは……?」

「この中でどれが気になるかな?」

 ああ、やっぱりそうきたか。どれが気になるか、つまりは、どれが面白そうで、興味があるかと問われているのだ。仕事内容としてはどれも永続的にある物だが、今の企業と並行、継続するのであれば、まだネット事業のほうが良い気がした。

「ネット事業はどうですかね?」

「ふむ、ネット事業を選んだのか――無難だね」

 まるで無難じゃない物を選んで欲しそうな口振りだが、今の企業体制ならネット事業が一番合っている。

「そうだ、彼……斧田仁君のことだけどね? 中々に歪んでて面白いから一緒に仕事をさせようと思っててね」

「えっっっ」

 何故、自ら地雷源に行き、わざわざ歩こうとしたり、歩かせようとしているのか?

「いや、不味くないですか?」

「少しの刺激やスリルはあったほうが良いでしょ」

 少しの刺激やスリルで済ませれる話になるのだろうか。とりあえず呪うような真似はもうできないので、斧田仁は無害ではあるが、不安しかない。

「良いですねそれ、そうしましょう」

 そこへ、部下の田中が口を挟んで頷いた。田中がいれば何かが起きたとしてもストッパーになりそうだが、斧田仁のあの性格はあのままだ。社内の雰囲気が悪くなるかもしれない。

「笹山君のようにサボる人もいれば、斧田仁君のような脅威になる人もいる。色々な人がいるからこそ楽しいこともあるし、新たな発見ができるものだよ」

 どうやら田中社長は達観しているようだ。俺はあいにく、達観者でなければ達観の思考も持ち合わせてはいない。持ち合わせてはいないが、斧田仁を受け入れる体制になるならば――そう巡らし、必要なことが頭に浮かんだ。

「それならば育成に力を注ぐことができる、養成所はどうでしょうか? 自分達の特性を殺さず生かしつつ、お互いに学習できるような施設……そうですね、新入社員や入社した頃の気持ちを忘れられないようなネット事業にすればいいかもしれないですね」

「育成! トワニャンみたいなヴィランを育てる、人間バージョン! それ面白いっすね!」

 西は早速食いついた。育成ゲームアプリに沼っている西なら間違いなく嵌まると確信していた。

「じゃあ、それをやってみようか?」

 それから数日後、斧田仁が企業に入社した。最初はトラブル続きだったが、ネット事業の養成所は性に合っているようで、思わぬ力を発揮していた。まだスマートシティの計画は諦めていない雰囲気があったが――

「いつか自分の力で実現してやる」

 そう言って、今は目の前の仕事に集中している。斧田仁がわりと仕事人間で有能だったので俺はまたしてもダメリーマンに加速気味の日々だ。

「笹山パイセン、異世界のスイーツランドに地下迷宮が突如出現したんですけど、今度一緒に行きませんか? 地下迷宮の最深部に何かが潜んでいるそうで、もしかしたらまた、この企業の人材になるかもしれないですし」

「へぇ、それは面白そうだな。行くわ」

 またサボれて、悠々自堕落な仕事ができるのならば行くにこしたことはない。

 部下で魔王の西と共に地下迷宮に潜り込み、仕事の人材確保の旅に出掛けた。


<了>

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