ダメリーマンと魔王の日常
龍神雲
第1話
サラリーマンという名称は古今東西、何処にでもある。俺もサラリーマンの名称に属する一人だ。だが俺は、サラリーマンの中ではダメリーマンとして確立している自信がある――いや、実際問題、確立していた。課せられたノルマは確実にやろうとはしない。やらない理由としては、やる気が起きないからだ。その上、失敗をすれば部下になすりつけて責任転嫁をしている。俺の失敗は部下の失敗として責任転嫁をすれば今の地位は崩れない、安泰でいられるからだ。
ん? 言いつけられるとお思いだろうか? だが言いつけられないように、こちらも然るべき対応をしている、だから何も問題なかった。
「西くんさ、これ……、興味ない?」
「――!? めっちゃありまくりますぅっ!」
アプリに登場するSSRカードに見立てたプレミアムライブチケットをワイシャツのポケットから取りだし、部下の
(ふっ、これなら確実に落とせるぜ)
落とし確定SSRを確信したところで、部下の西に畳み掛けていく。
「このチケットさ、西君にタダであげるよ?」
「――!? マジっすか!?」
「おう、マジでガチよ。そのかわりと言っちゃなんだが、俺の失態……被ってくれるかな?」
「もちです! トワニャンのプレミアムライブチケットの為なら喜んで被りまくりまっす!」
(ちょろいな)
そんな具合で、部下の好みを掌握した上で取引をしているからだ。悪知恵はここぞとばかりに有効活用をするのが、社会人として当然(?)の計らいだ。
ちなみに俺の部下の笹山はアプリの推しキャラ、ダークトワイト、通称、トワニャンという魔法少女にはまっている。そのアプリはヴィランが主役の育成アプリで、自分好みに育成できる仕様になっている。部下の西の好みを掌握した上で、近々開催されるバーチャルライブイベント、プレミアムライブチケットを渡せば確実に部下の西は落とせると確信していた。
とまれ、ミスをしたのは俺ではなく部下の西。西が失態をおかしたというていにすれば、上司の俺は少しの謝罪で済み、役職者、管理職というポジションは揺るがずに済む。
もっとも、ミスをしなければいい話だが、ミスをしないようにしても、原因不明のブレインフォグが起きてしまうから仕方がない。
ブレインフォグ、記憶力低下が最初に起きたのは高校三年になってすぐのことだった。授業についていけなくなることが度重なり、今まで理解できたことが急に理解できなくなることが増えていた。そんな事象が続き、個人的に担任に呼び出されてるようになってしまった。
***
「笹山、おまえ、最近どうした? 疲れているのか? それとも、何かあったのか? 最近、成績が著しく下がっているぞ?」
「いえ、どうもしてませんし、疲れてもいないのですが……理解できないことが、増えてしまって……」
担任の先生に指摘される程に悪化していた。この状態があまりにも続くので、病院に行って精密検査をしてもらったがどこにも異常は見つからず、解決策も得られず――
「一時的な、ブレインフォグですかねぇ? まぁ、しばらく様子を見ましょう」という感じで結局、未だに分からず仕舞いだ。
「笹山君、どうかしちゃったの?」
「どうかしたって?」
俺と同じく成績トップを争っていた、成瀬アリスが告げた。
「笹山君と私、学年トップを常に争っていたのに、三年生になったら笹山君の名前が全然上がってなくて――……手でも抜いてるの?」
「抜いてないよ。ただ前みたいに、授業が理解できなくなることが増えてさ……成瀬さんは、そういうことはないの?」
「ないわ、今まで通りよ。それに、将来の為にも学業を極めたいと思っているわ。けれど、笹山君が手を抜いてるのかなって考えたりして、少し気が抜けているわ、正直……」
「そっか」
「笹山君みたいに張り合える相手がいなくなっちゃったから、つまらないかな」
「戻れるように頑張るよ」
しかしブレインフォグの状態からは抜け出せず、受験は断念、そのまま就職した。大学や専門学校に行ってもブレインフォグの状態から抜け出せず、その過程から就職や就職先を見つけるのは今よりも至難になると考えてのことだった。
とまれ、ブレインフォグの状態を抱えていたがなんとか仕事を覚え、今の地位を築いた。しかしミスはどうしても付き物で、部下の西という無くてはならない、要領の良い相棒を手に入れた今、安泰を保ちたい一心で西を自分の都合の良いように扱っていた。勿論、それだけではない。このポジションは給料という面でも、立場的にも安泰だ。安泰だからこそ、決して崩落させてはならない――絶対に! と、ゲスな考えでいる。ダメリーマンだが、謎のブレインフォグというリスクを背負っている以上、仕方がないと自分の中で割りきっていた。それにブレインフォグを周囲に明かせば、この地位から降格させられるかもしれない。何せ今は不景気真っ只中だ。何なら窓際どころか、自主退職させられるかもしれない。そうなれば生活も環境も一変してしまう。それだけは何としても避けたかった。
だからこそ――だからこそ、ダメリーマンでいいのである! という謎の格言を持ちながら生活していた。もっと言えば、確定SSRダメリーマン、
「笹山パイセン! まじでありがとう御座います!」
部下の西は深々と頭を下げて、プレミアライブチケットを大事そうに両手で受け取った。表情はにやけ顔マックスで、嬉々としていた。こうなれば、怒られても動じないだろう。
「いやいやいいって。そんじゃ、よろしくね」
「うっす! 今から怒られに行ってきます!」
部下の西は嬉しそうに告げた後、部署を超スピードで飛び出した。向かった先は社長室だ。
(はぁ……良い部下に育ってくれて、俺はとてつもなく嬉しいよ、西くん、ありがとう! 西くん、がんば!)
部下の西が熱くなっている育成アプリのような気持ちで部下の西を見送った。それから三十分が経過し、部下の西が部署に戻ってきた。
「笹山パイセン! 俺、やり遂げましたよっ!」
怒られ、恐らく始末書を書くように命じられただろうに、何故か西の顔は殊勝顔だ。流石はタフで、推しに熱い西といったところだろうか。
「うん、お疲れさまね」
西を労う最中、西の後方から社長が姿を現した。
でっぷり体型、女性社員から”ぽんぽこ狸”と陰で呼称されている社長が、にこやかに微笑んでいる。社長のにこやかご尊顔を久々に見て、こちらもにこやかな顔になりそうだ。ぽんぽこ狸、もとい、田中社長と目が合った瞬間、田中社長は俺に近付いてきた。
「笹山君、おつかれさま。それにしても西君は、とても良い社員だねぇ」
開口一番、妙なことを口にした。たしかに田中社長の言う通り良い社員だが、俺のミスを被って西がミスをしていることになっている、今のは皮肉で言った可能性が高いが――違うのだろうか? 田中社長の意図が読めず「はぁ」と気の抜けた返事になってしまったが、田中社長のご尊顔が崩れることはなく話は続いた。
「うん、とても良い部下だからね? 私の後釜にすることに決めたよ」
「後釜?」
「私の後継者だよ。私の息子にこの企業を継がせるよりも、西君のほうが適任そうだからね」
「――、そうですか」
俺は心の中で歓喜の雄叫びをあげて飛び上がった。西が社長の後釜、後継者になれば、この企業は居心地が良くなり、俺の待遇も今以上に良くなるビジョンが見えたからだ。
「笹山君の指導が良かったのかな? これからも楽しみにしているよ」
田中社長はにこやかに部署を去って行った。部下の西は一体、何をどうやり遂げたのか? ともあれ、次期社長候補とあれば、今以上に友好的な関係を築くのが得策だ。勿論、俺にとって、都合が良いという意味でだ。
「西君が次期社長になれるだなんて、すごいなぁ~。俺には到底、無理だよ」
「いやいや、笹山パイセンのご指導があってのことだ。それに俺、笹山パイセンを最初からリスペクトしてたんすよ!」
「えっ、そうなの?」
西が、俺をリスペクト……? 嫌な仕事をシレッと押し付けるわ、ミスをすればことあるごとに西に責任を被らせて自分のポジションを確立させようとするわの俺を、リスペクト……?
(トワニャン効果が相当、効いているのだろうか?)
西は何事もウェルカム精神があり、深読みしないタイプであり、トワニャンにぞっこんだ。いや、何にせよ、リスペクトされているのならば益々、都合が良いだけだ。
「それに、笹山パイセンと組めば俺の世界を取り返せるかもしれない! って思ってましたし、笹山パイセン! 俺と一緒に世界を取り戻してみませんか?」
(世界???)
西は、アプリゲームの話でもしているのだろうか? 西はアプリゲームにのめり込むタイプなのでありうる話だ。現実とアプリゲームを同等で見ているのかもしれない。
「笹山パイセン、俺と共にきてくれますよね?」
「えっ? あ、おう。そりゃあ、まぁ、勿論。俺のほうこそ、よろしくな?」
西の勢いに押されてつい、返事をしてしまった。すると西は微笑み、俺に向けて手を差し出した。
「じゃあ、決まりですね! よろしくお願いします!」
「――? ああ」
西と握手をかわした瞬間、視界ががらりと一変した。社内にいたはずが、何故か草原の上に立っていた。心地よい風に肌を撫でられた場所には、見たこともない風景が広がっていた。日本と異なるその場所は活気が溢れ賑わっていた。童話に登場しそうなお菓子の家のようなポップな切り妻の住居。キャラバンがそこかしこにあり、ファンシーな物で溢れている。更にその中心地を司るように、天まで聳える城が建っていた。
「えっ、えっ……? 何だ、ここ……??? あれ、つぅか会社は……?」
「ここは異世界のスイーツランドですよ。笹山パイセン」
「――!??」
俺の隣にいたのは西ではない、銀色の角を二本生やした、長身、色白、赤い長髪に金色の目付きの男だ。
「なっ、誰……!? つーか、西は……」
「西は俺ですよ、笹山パイセン。それとこっちでは西ではなく、魔王なんですけどね」
「魔王……って、魔王!?」
「はい」
西は至極あっさりと返した。魔王といえば、あらゆるゲームや世界観の中で、頂点に君臨する存在だ。その存在が西だったと、そして異世界に連れていかれたということで、合っているのか? 合っているよな……?
(何なんだ、この状況?)
混乱する最中、西は告げた。
「笹山パイセン、俺が築きあげたこの世界は最近、治安が悪くなってしまったんです。治安が悪くなったのは、魔王の俺を倒そうとする勇者一行の者達と、魔王討伐をしようとするハンター達のせいなんです」
「……」
いきなり異世界に連れてこられた上に、今度はこの異世界の事情説明を真面目にされた。だが姿、形が変わっても口調は西のままだ。
「それで西は、そいつらをどうにしかしようと考えているのか?」
「ええ、そうです。奴等を全員とらえた上で処罰するつもりです。ですが俺には参謀がいないんです。悪知恵を働かせるような人がいればいいな~って、前から思ってて」
「なるほど……」
つまり西は、俺の悪い部分をリスペクトした上で、連れてきたということなのか……?
「笹山パイセンがいればきっと、勇者一行も、魔王討伐する者達も一網打尽にできると思うんです! どうかよろしくお願いします!」
「……ちなみにだけど、勇者一行と魔王討伐をする人達を何とかする訳だよね? その後、元の世界には戻れるの?」
「はい、勿論です。社長の候補にもなれましたし、ゆくゆくは、世界征服もありかなって考えています」
「…………なるほど」
野心、半端ないなぁ、この子。
ともあれ、思考した。
さて、どうしたものか? 俺としては、安定のポジションで生活できるならいい、そう考えている。だがこの状況は予測不可能過ぎやしないだろうか。それにブレインフォグの件もある。西が買い被りすぎない内に、今の内に説明したほうがいいかもしれない――
「実は西君にさ、言っていなかったことがあるんだよね」
「ブレインフォグのことですか?」
「うん、それ。そのブレインフォグのことなんだけどね――……って、何で知ってるの!? 俺、話したかな!?」
俺の心の中をまるで読んだかのように、西からあっさりと告げられてしまった。
「いや知ってるも何も、笹山パイセン、呪いを掛けられているのは前から知ってましたし――けど、そういう性癖なのかなって思って、あえて聞きませんでした。プライベートだし、失礼になるかと思いまして……。その呪い、性癖じゃなかったんですね」
魔王ながらも西は、社会人として機能しているようだ。ともあれ、西から思わぬ話が飛び出した。俺のブレインフォグは呪いだったという。呪いであれば、解くことは可能なのだろうか?
「俺のブレインフォグは呪いだったのか――じゃあこれ、解けるのかな?」
「解けますよ。ただ術者を探さないことには解けないんですよね……」
「そうなのか」
「でも目星はついてますよ。その術者が、勇者一行の中にいますから。笹山パイセンに掛かっている呪いの紋様の人、勇者と同じ紋様でした。勇者のトレードマークと一緒なんですよね」
「マジかっ!?」
「はい、間違いないですよ」
そんな偶然があるのだろうか? ブレインフォグが起きたのは高校三年生の時だ。しかし何故、そいつは俺にブレインフォグの呪いなんて物を掛けたのだろうか?
「俺さ、高三の時にブレインフォグになったんだよね。今まで成績上位の方にいたのに、ブレインフォグのせいで、上位どころか下位に転落して……なんでそんなことされたんだろう?」
「単純に恨み――じゃないですかね? 成績上位にいたのが許せなかったとか。もしくは、何かに恨まれるようなことはしてませんでしたか?」
「恨みか……恨まれるようなことはしてない気がするんだけどなぁ……」
「ちなみに勇者一行の顔ぶれはこんな感じですよ」
西はそう言って、リストアップしたピンナップ写真を見せてくれた。そこには勇者一行という、三人の姿があった。
「あっ! こいつ……」
「この人ですか?」
勇者の顔を見て、高校二年の十二月を思い出した。
***
高校二年の十二月、その日は雨だった。傘を持っていなかった俺は、雨が上がるのを学校の玄関先で待っていた。濡れて帰ろうとしたが、スマホアプリで天気予報を見れば、あと三十分ぐらいで雨が上がると出ていた。三十分ぐらいならば待てばいいと、雨が止むのを待っていた頃、
「笹山君、もしかして傘を忘れたの?」
そこへ、成瀬アリスがやってきた。成瀬アリスの手には可愛らしいビニール傘が握られていた。
「うん、あと三十分ぐらいで雨が上がるって書いてあったからこうして待ってるんだ」
「そう……良ければだけど、入ってく? 私と笹山君、家の方向が同じだし、私の家よりも笹山君の家のほうがはやく着くわよね?」
「え、うん、そうだけど……でも、いいの?」
「ええ、勿論。それに笹山君と色々とおしゃべりをしながら帰るのも楽しそうだし」
成瀬アリスは微笑んで傘を広げて俺のほうに差し出してくれた。
「それじゃあ、遠慮なく。あ、そうだ。傘は俺が持つよ。ほら、俺のほうが背が高いし、成瀬さんも濡れなくて済むだろう?」
「そっか。それじゃあ、お願いしようかな?」
成瀬アリスは頭も良く、気立ても良い女子で可愛いかった。付き合いはしていないが、憧れは抱いていた。今思えば、好きに近い感情だったのかもしれない。成瀬アリスと相合い傘をしながら帰っていると、三十分ほどで止むと言っていた雨が更に本降りになった。上からバケツをひっくり返したような雨になり、視界も見づらくなってきた。
「すごい降ってきたな」
「うん」
「どこかで雨宿りしたほうがいいかな、これ」
どこかで休める場所といえば、近所の本屋と、公園に設置された東屋だ。本屋は東屋を越えた先にあるが、この調子で降り続けている今、どこかで一旦、雨足がおさまるのを待つのが懸命だ。
「成瀬さん、公園の東屋が空いてたらそこで一旦、雨宿りをしてく? それとも、本屋がいいかな?」
「東屋に誰もいなかったら、東屋で雨宿りしていこう。もしダメだったら本屋で」
「うん」
それから歩くこと五分、公園が見えてきたので成瀬さんと共に東屋を目指した。見れば人は一人しかいなかった。同じ学校の生徒で、制服を着ている眼鏡を掛けた男子学生が本を読んで座っていた。
「大丈夫そうだね、東屋で一旦、雨宿りをしよう」
「うん」
東屋に入って、成瀬アリスと共に座ると、先に座っていた眼鏡の男子学生がこちらに視線を寄越した。
「えっ……」
男子学生は俺と成瀬アリスを交互に見遣り、目を見張っていた。何なら成瀬アリスを見詰めていた。知り合いなのかと最初は思ったが――
「へぇ、成瀬さんはそういうタイプが好きだったんだね」
どうにも違う感じだ。眼鏡の男子学生はまるで見損なったと言うような口ぶりで吐き捨てた。
「成瀬さんの、知り合い?」
気まずい微妙な空気を変えようと成瀬アリスに話し掛けた。
「クラスメイトの、斧田仁君」
「そうなんだ」
成瀬アリスの紹介の後、斧田仁は眼鏡の縁をあげて告げた。
「君は、成瀬さんと一緒にトップにいる笹山君だよね? テスト期間じゃない間はこうして、成瀬さんと陰でコソコソと付き会っているんだねぇ? いやぁ、知らなかったよ」
斧田仁はいちいち皮肉を込めた言い方をしてきた。
「いや、付き合ってはないよ。傘を忘れて、雨宿りをしていたら成瀬さんがいれてくれたんだ、家の方向も近いしね。だけど雨が酷くなってきただろ? だから小降りになるまで雨宿りをしようと思って、ここに来たんだよ」
「へぇ、そうなんだ。ねぇ成瀬さん、雨が小降りになったらさ、俺と笹山君のどっちを傘にいれてくれるんだい?」
「えっ」
斧田仁は唐突に意味不明な質問をした。
「それは、笹山君だけど……。家の方向が一緒だし……」
成瀬アリスは困惑している様子だったが斧田仁に返していた。
「そう――やっぱり、そういうことなんだね」
斧田仁は本を閉じた後立ち上がった。
「笹山昴、今に面白いことにしてやるよ」
斧田仁は意味深に笑った後、東屋から飛び出してどしゃ降りの雨の中に消えて行った。
「何だ、あいつ……?」
「ごめんね笹山君。斧田君はいっつもああいう感じだから……クラスの人達からも敬遠されてて。だから、気にしないでね?」
「そうなんだ。俺は別にいいけど、成瀬さんは大丈夫? なんか色々と言われていたけど……」
「私は平気、お気遣い、どうもありがとう」
それから三年になってブレインフォグが起きた。西の言う通り、これが呪いだというのならば斧田仁しかいない。ピンナップ写真に写されていた斧田仁の今現在の姿は眼鏡を掛けていないが、斧田仁であるのは一目で分かった。斧田仁は魔王討伐一行の勇者だという。斧田仁も何かが切欠で異世界に来たのだろうか。
「しっかし大人になっても呪うって、相当根が深くないか!?」
「笹山パイセン、何か思い出したんですか?」
「思い出すも何も、最初の出会いからして最悪だったし、その後も一切関わってない奴だったけどな……」
「人の呪い、特に恨みは怖いって聞きますよ。まぁ俺としては、勇者一行を一網打尽にできればいいんで、笹山パイセン、ご助言などなど、よろしく頼みますね? 俺は勇者を一網打尽に、笹山パイセンは掛けられた呪いを解く為に――利害は一致してますし、共に頑張りましょうね!」
「そうだな。つぅかもしかして西は、最初から知ってたのか?」
「まぁ、そうとも言いますけどね。笹山パイセンの活躍が楽しみです」
西に期待の眼差しで見られているが、ブレインフォグが起きる以上、俺はポンコツな訳で、あまり役には立たないだろう。悪知恵だって自分のためにしか思い浮かばない。
「活躍って言われてもなぁ……」
「ふふふっ、そこで秘策があるんですよ」
「秘策……?」
「はい、とっておきっす」
魔王こと西は、とても悪い顔で頷いた。どんな秘策かを聞く前に、この異世界に存在するフィッティングルームに案内された。異世界ならではの珍しい洋服や装備が揃っているが、それは俺には宛がわれず、更に店の奥に通された。店の奥には広い空間があり、姿見がぐるりと一周設置されていた。
「ここは?」
「笹山パイセン、これ、何かに似てると思わないですか?」
「何か――ね……あ、アレだ。西君がはまっているアプリの、トワニャンの着せ替えルームにそっくりだな」
「ですよね? そんな訳で先輩は、今からトワニャンのようなキャラになってもらいます!」
「えっ?」
聞き返した直後、魔王こと西は何かを詠唱した。俺は見る間に女性にチェンジアップさせられ、トワニャンのようなファンシーなヴィランキャラにされてしまった。
「おわっ!? おいっ、これっ……つぅか、声も女だよ!?」
「うんうん、笹山パイセンとは到底思えないほどにトワニャンっぽいですね! では早速、勇者一行と接触しましょう! 今勇者一行は峠を越えて、一休みしているところですよ」
いや、早速過ぎないか!? 俺の突っ込みも虚しく、西は俺を俵のように抱えると店を後にした。
西こと魔王の目的は、治安が悪くなった原因の勇者一行を一網打尽。対して俺は、勇者という立場にいる斧田仁、高校二年の終わりに呪いを掛けられたのを解く為にトワニャンのようなキャラに仕立てられた。これも秘策の内だ告げた西の意図が分からないまま、勇者一行に相対することになるという。秘策というより無策しか匂わないが、俺の意見を言う前に移動させられてしまった。
「笹山パイセン、あそこの宿に勇者一行が入っていきますよ」
峠を越えた、休憩所として設置されている宿に、三人組は入って行った。
「本当だ。でもどうやって接触すりゃいいんだ? 怪しまれないか? そもそも、ヴィランっぽいし……」
「問題ないですよ。ヴィランに見えないし先ずは取り入ることが先決です」
西に促される形で、勇者一行が入った宿に俺は入った。西は何かあれば対処するとのことで、陰に潜んでいる。
高校生以来、あの東屋で会って以降から話してない相手、斧田仁。斧田仁は、相変わらずなのだろうか?
ドアチャイムが付いた扉を開けると、たった今入店したばかりの勇者一行と鉢合わせをした。勇者一行は俺に視線を寄越すなり近づいてきた。
「見かけない顔だな。魔物にしては違うようだし……誰だ?」
久々に見た斧田仁は相変わらずの仏頂面だ。眼鏡が無いのはコンタクトレンズだからなのか、あの当時と変わらない面影は残っている。
「誰って……と……」
一瞬、トワニャンと言い掛けたが、トワニャンでは著作権の問題が発生しそうだ。この勇者一行にトワニャンを知っているような人物はいないだろうが、トワニャンはやめた。
「と? なに?」
「トンとこニャンコ……です」
何だこのネーミングセンスのなさはと胸中で突っ込むが、勇者一行には突っ込まれることはなかった。
「トンとこニャンコ? 聞いたことないなぁ」
(俺もだよ!)
胸中で返してやり過ごす中、勇者一行の中の紅一点の女性が口を開いた。
「もしかして、勇者仁と一緒で、異世界に来れる人なんじゃないの?」
(なんだよそのご都合スキル……)
そう突っ込むも、実際、魔王こと部下の西によって連れてこられたので、そこは否定できなかった。
「ふぅん、僕と一緒で異能力者か。トンとこニャンコ、僕達の仲間にならないか?」
「えっ」
たった今出会ったばかりなのにいきなり仲間? これも秘策効果のお陰なのだろうか?
逡巡している内に、いかにもヒーラータイプのような男が口を開いた。
「もしかして、武芸とかできるタイプなんじゃないのか? 誰ともパーティを組んでいないのなら、俺達と一緒に来いよ。ここにいるってことは、魔王の討伐をしにきたんだろう?」
魔王討伐ではなく、勇者ご一行を一網打尽にする計画や俺に掛けられている呪いの解除を目指していますがね――等と巡らすも、ひとまず頷いた。
斯うして俺は、無事に勇者一行のパーティメンバーとして受け入れられた。
(さて、どうするか?)
俺を呪った本人を目の前にしたのだ、どうやって呪いの解除方法を聞こうか? そんな考えが浮かんだ。しかしストレートに聞けば怪しまれ、何故知っているのかとなり、そこから特定されることになりかねない。
「トンとこニャンコは今まで一人で旅をしていたの?」
魔術師タイプの女性は俺に興味があるようで質問をしてきた。気立ての良い感じでこのパーティメンバーのまとめ役のような気がした。
「はい、一人で旅をしていました」
実際、旅どころか、この異世界に来たのも初めてだが適当に受け答えた。
「へぇ、すごいねぇ! 強いんだねぇ! あ、私はランランっていいます。よろしくね?」
「はい、よろしくです」
「俺はソウヤ、よろしく」
ヒーラータイプの男が自己紹介をした。その流れで斧田仁も挨拶なり、自己紹介なりをするのだと思ったが、相変わらず素っ気ない表情で話に加わらずに見ているだけだ。
「ほらぁ、仁もこっちで自己紹介しなよ?」
「いい。俺はそういうノリは苦手でね。でも、名前の呼称は仁にしてくれよ」
拘りは強いようで、名前の呼称は仁呼びが決定した。
「そうだ、魔王を倒す算段はあるのか?」
一応聞いてみると、ソウヤは地図を広げて指を差した。
「魔王の場所は廃墟と化した城だ。倒す算段の剣もあるし、間違いなく倒せる。ね、仁?」
ソウヤが言うと仁は腰に携えていた剣をすらりと引き抜いた。
「呪われた魔剣だ。これさえあれば倒せると、剣を作った奴が言っていた」
「呪われた……」
呪いという単語が出た今なら、聞き出せるかもしれない。
「呪われた剣ってことは、リスクがあるんじゃないのか? 呪いは中々落ちない汚れのような物だと聞くし……」
これで呪いの解除方法が聞くことができるかもしれない。
「そうだな。だが呪っても、元々、呪われた俺にとっては無効になるだけだしな、関係ないことだ」
斧田仁は元々、呪われている――? どういうことだ?
「それ、どういうこと?」
「どうもこうも、産まれた時から持ってるユニークスキルみたいなもんだな。あっても仕方がないと思ってたが、あると便利なこともあるんだよ。呪うことは俺にとっての特権で、そこからまた新たな地位も産み出せるしな」
「そうなんだ」
言ってることがポジティブなのかネガティブなのかが不明だが、ブレインフォグは仁の気まぐれかもしれないと思うとムカムカした。
「仁は相変わらずだねぇ。そういえば仁って、過去に呪い掛けたことがあるんでしょ? それはどうなったの?」
今まさに、聞きたいとしている重要事項がランランの口から出た。
「今も苦しんでいるだろうな。原因不明の現象に悩まされて、良い気味だ」
斧田仁は顔を歪めて微笑んだ。
(最悪だよ……)
「その呪いは解けるのか?」
「解けるだろうが、無理だろうな」
「無理?」
「ああ。俺から成瀬アリスを奪った奴を、俺が許さない限り解けない呪いだ」
つまりは、仁が許すと思った瞬間にしか呪いは解けないと……。
(無理ゲーじゃん!? つうか、成瀬アリスを奪ってないし、そもそもが誤解の妄想じゃねーか!?)
どういう思考回路を持ち合わせてんだと突っ込みたくなったが、ここまで呪える斧田仁の執念は恐ろしい。
呪いを解くには、斧田仁の抹殺しかないのだろうか? ふと浮かんだが、物騒過ぎたので却下した。
とまれ、西との利害関係は最初から一致している。
(あとで西――ってか、魔王に意見を聞いてみるか……)
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