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「いえ、そのキャティーレさま、もう少し判り易くご説明いただけませんか?」

「うん――会ったのは子どものころ一度きりだ。だからすぐには判らなかった」

「えぇ、それで?」


「だけどあの原っぱで、月明かりの花畑で踊るジュリモネアを見て気が付いた。あの少女はジュリモネアだった。あの少女が成人しジュリモネアとしてわたしの元に戻ってきた」

「そうですか……」

ジュリモネアの性格と、キャティーレから聞いていたのイメージがあまりに違ってなんと言っていいのかリザイデンツが迷う。


「えっと……もちろんジュリモネアさまは『必ず会いに戻ってくる』と言うお約束を覚えていらしたのですよね?」

「いいや」

「って、覚えてなかったんですか!?」

「それどころか、ジュリモネアは何も覚えちゃいない」

「はぃいぃ?」


「ヘンな声を出すな――あの花畑には魔法が掛けてある。ウシやヤギが病気にならないよう、成長が早くなるよう、そんな魔法だ。副作用があるとは聞いてないが、ジュリモネアは特異体質なのかもしれない。花の香りに酔って、夢を見ていた」

「夢、ですか?」

「だから、幼いころわたしと踊ったことも、将来を約束したことも忘れているというか、意識にない――覚醒している時と夢の中では別人格と考えたほうが正解だ」


「うーーん……それでキャティーレさま、どうするのです?」

「それでも本人が見た夢だ。いずれ思い出す――本来ならそれを待ったほうがいいのだろうが、父上のことを考えるとそうも言っていられない……結婚の準備に取り掛かってくれ」

「ジュリモネアさまとのご結婚、と言う事でよろしいのですね?」

「他に誰がいる?」

「うーーん……」

考え込んでしまったリザイデンツにキャティーレがムッとする。


「何か問題でも?」

「いや、それが……実はネルロもジュリモネアさまと結婚したいと申しております」

「フン!」

キャティーレが怒りをあらわにする。


「知っている。ネルロのヤツ、ジュリモネアに一目惚れだ。彼女があの人でなければ譲ってやらないでもないが、ダメだ。彼女が彼女である以上、ネルロには渡さない」

「はぁ……」


「ジュリモネアの捜索はワッツにさせろ。いないのが判っているのに気の毒だが、ベッチン村の周辺を探せと命じるんだ。ネルロには彼女を迎えに行かせる。判ったら、動け。そろそろ陽が上る」

そう言って寝室に入ってしまったキャティーレにリザイデンツは何も言えなかった。


 時間を見て、ワッツには屋敷から使いを行かせた。ナミレチカが自分も行くと言って煩わしかったが、これは土地勘がないのだから今度はあなたが迷子になると言って部屋から出さなかった。


 そしてネルロが屋敷に姿を見せた。ワッツに『見付かったから担架で運べ』と命じてきたと言った。そして真剣な顔で訴えた。


「キャティーレに、ジュリモネアとの婚約を破棄するよう言ってください」

「イヤ、婚姻の準備を始めるよう言われている。無理な話だ」

「なにを勝手なっ! ジュリモネアがあの少女だったと判ったからって掌を返すようじゃないか」

「ふむ……」


「だいたいキャティーレが思っているのは彼女の夢が作り上げた女じゃないか。僕が好きなのは現実に生きているジュリモネアだ。リザイデンツ、どっちがジュリモネアを幸せにできるか、判るだろう?」

「うーーん……」

「リザイデンツ!」

ネルロの言うことももっともだ。だが、問題なのはそこじゃない。


「キャティーレさまと折り合いをつけることはできませんか?」

「フン! 僕はともかく、キャティーレが納得するものか」

確かにいささか高慢なキャティーレさまはネルロに妥協するとは思えない。必ずジュリモネアを独占したがるはずだ。


 けれど、それはネルロも同じか。ジュリモネアを共有するなんて、キャティーレ・ネルロ、どちらもできない相談だろう。


「しかしネルロ、あなたは昼間、太陽が空にある時間しか動けない。夜間はジュリモネアさまに会うことすらできない」

「それはキャティーレだって同じ。ヤツは夜しかジュリモネアに会えない」


 リザイデンツが溜息を吐いて頭を抱えた。

「判ました。いいや、判りません。いったいどうしたらいいものやら――お願いだ、少し考える時間をください。キャティーレさまにもあなたにも、そしてジュリモネアさまにとっても方法を考えてみます」

ネルロに納得した様子はない。だけど今は退くしかないと思ったのだろう。


「僕もキャティーレを諦めさせる方法を考えてみるよ」

そう言って寝室に入って行った――キャティーレの寝室だ。


 きっと少し眠るのだろうとリザイデンツも引き止めはしない。そうだ、そろそろ髪を少し長くしたほうがいい。ウィッグの用意をしておかなくては……


 そして再びリザイデンツが溜息を吐く。どうしてキャティーレさまはこんなことになってしまったのだろう? 気が付くと、キャティーレは昼間はネルロと名乗るようになっていた。伯爵の息子と知られずに領内の視察に出るためだと最初は思っていたのに、それは違っていた。完全にキャティーレとネルロは別の人格だ。


 そして? 今度は一人の女性を取り合う? 昼はネルロ、夜はキャティーレ、元をただせば一人なのに?


 しかし、二人が別の女性を好きになるよりはマシか? どうせ二人は同一、一人の女性としか契れない。誓いを破ればちりと化す――


 そうだ、キャティーレさまとネルロの気持ちは判ったが、ジュリモネアさまの気持ちはどうなんだろう? キャティーレさまのこともネルロのことも拒んでくれれば取り合いには……ダメだ。伯爵さまの容態を考えたら、一刻も早いご成婚を考えなくては。


 ジュリモネアの部屋を出て、自分の部屋に戻ったリザイデンツは何度も溜息を吐いていた。最後に一つ大きく息を吐くと、立ち上がり、机に向かう。


 引き出しから取り出したのは便箋、ジュリモネアの父ダンコム子爵にあてた手紙を書き始める。


『ジュリモネアさまがキャティーレさま以外の男性と恋に落ちてしまいました。いかがいたしましょう?』


 こうなったら他人ひと任せ、いいや、親任せか? キャティーレさまとジュリモネアの婚約を決めたのはドルクルト伯爵とダンコム子爵だ。病床のドルクルト伯爵を責めるわけにはいかない、だからダンコム子爵に責任を取って貰おう。


 封筒に蝋封をしてリザイデンツはまた溜息を吐いた。

「まぁ、返事が来るより早くジュリモネアさまが心を決めたら、その時は……」


 その時はキャティーレさまかネルロ、どちらかが泣くことになる。だけどね、人生なんて、何度も泣くものなのですよ……少しだけリザイデンツが微笑んだ。この先どう展開していくのか? それが楽しみでもあった。

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僕の彼女は夢の中、月の光で恋をする 寄賀あける @akeru_yoga

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