16
ベッドに横たわるジュリモネアの手を握り締めナミレチカが涙ぐむ。ドルクルト伯爵の居城、ジュリモネアに与えられた客間だ。城に戻るとすぐに医師が呼ばれ、診察を受けた。ただの風邪、薬を飲んで
道具小屋に来てくれたのはワッツと数人の男、女も一人いた。女が付き添って担架で村まで連れて行かれる。連れて行かれたのは多分コンチク村、なんでここに連れてきたと出迎えた村人に嫌味を言われたワッツが『こっちのほうが近いし、ネルロにここに連れて行けって言われたからだ。それにあんたらだって、キャティーレさまに感謝される、悪かない話だろう?』と答えた。確かネルロはコンチク村が近いって言っていた。だからコンチク村だ。
ネルロはどうしたの? 担架で運ばれながらワッツに尋ねたら、ジュリモネアが見つかったと、キャティーレさまに報告に行ったと教えてくれた。わたしを幸せにするために義務を果たす、そう言っていたのに? それともそれがその義務なの? どこか納得いかないけれど、今はネルロを信じるしかない。あれ? わたし、ネルロを好きになっちゃった? ネルロを信じるって、そう言うことじゃないのかな?
キャティーレさまに思う相手がいるのなら、そしてネルロがそんなにわたしを思ってくれるなら、わたしはネルロと結婚しよう……あ、でも、キャティーレさまはまだ、お相手の心を掴んでいないんだったっけ? 伯爵さまのご容体が思わしくない今、急がなければキャティーレさまはわたしと結婚せざるを得なくなる。それってキャティーレさまはもちろん、わたしにとっても、そして多分ネルロにとっても不幸の始まりに違いない。
わたし、キャティーレさまの、何か役に立てないかしら? キャティーレさまの恋を成就させてあげたい。でもどうしたらいいの?……医師が処方した薬が効いてきたのだろう。ジュリモネアは夢の中へと引き込まれて行った。
不思議な夢は熱のせいかもしれない。空には満月、
花畑では一組の男女が微笑み見つめ合いながらダンスを楽しんでいる。黄金色の髪の男はキャティーレさま、お相手が思い人かしら? 美しい人、でもなんだか会ったことがある。すごくよく知っている人のはずなのに、思い出せない。
『わたしの妻になってください』
キャティーレさまの呟きが耳元で聞こえる。まるでわたしが言われたみたい。でもそれは思い違い。だって、わたしはここに居て、二人が躍っているのを見ているのだから。あぁ、そうか、これは夢なんだ――
医師の往診の後、ナミレチカ・エングニスとともに見守っていたリザイデンツがジュリモネアが寝入ったのを見届けて部屋を出て行った。まったく、人騒がせなお嬢さまだ。それでもまぁ、無事だったから良しとするか。それにしても面倒なことになった……魔獣退治を終えて屋敷に戻ってきたキャティーレとの会話をリザイデンツが思い出す。
日の出直前に帰ってきたキャティーレは、いつになく上機嫌だった。出迎えたリザイデンツに笑みまで見せた。キャティーレの笑顔を見たのはどれほどぶりだろう?
「とうとう見つけた」
「ほう……それで、どこのなんと言うお嬢さまでしたか?」
「それが、微笑んでいるだけで答えてくれない」
「はい?」
「コンテス村の牧草地で、あの時みたいに踊ってた。声を掛けても反応しないから、やっぱりあの時と同じように手を差し出したらニッコリ笑って――それでさっきまでずっと一緒に踊ってた」
「それでどうなったのですか?」
「踊り疲れた」
「そりゃあ踊り疲れもするでしょう。ですがわたしが訊いたのは、お相手のことでございます」
リザイデンツが鼻で笑う。
「だから、踊り疲れて気を失った」
ニヤッと笑ってキャティーレが答えた。当然リザイデンツは驚き慌てる。
「えぇえっ? それで、置き去りにしてお戻りになったのですか?」
「うん、よっぽど連れて帰ろうかと思ったんだけど、そろそろ夜が明けるのに気が付いた――仕方ないからネルロに迎えに行かせる」
「ネルロでございますか。しかし実は困ったことになっておりまして」
「困ったこと?」
「ジュリモネアさまが勝手に館を出てしまったのです。馬を使ったようでして、その馬だけが戻ってきたので判りました。ですからネルロにはベッチン村にでも行って、捜索の指揮を取って貰いたいのです」
「あぁ……」
「ご存知のようですね。ジュリモネアさまは魔獣に?」
「イヤ、随分と好奇心旺盛らしい。わたしを見付けたまではいいのだけれど、退治していた魔獣を見てみたくなったんだろう。で、驚いて悲鳴を上げた」
「それでどうなったのです?」
「もちろん助けた。でも西に、コンテス村に逃げろって言ったのに、なぜか東に逃げてた」
「コンテス村の東……牧草地の方向ですね」
「うん、そこにいる」
「では、夜が明け次第――」
「イヤ、そこには誰も近寄らせるな」
「キャティーレさま?」
ふっとキャティーレが頬を染める。
「彼女が彼女だった」
「はい?」
「探していたあの人は彼女だったんだよ」
リザイデンツが口をあんぐり開けたまま、キャティーレを見詰めた。
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