15
後ろめたさにジュリモネアの心が震える。ネルロのことが嫌いなわけじゃない。むしろ好ましく思っている。見つけてくれたのが、こうしてそばに居てくれるのがネルロでよかったと感じている。知らない人はともかく、これがリザイデンツだったら、人を呼びに行くって言われてどんなに心細さを感じたって引き止めなかった。ナミレチカやエングニスなら強がって『さっさと呼んできなさい』って、きっと言ってた。
ネルロにはそばを離れて欲しくなかった。それって彼のことが好きだってことじゃないの?
「あのね、ネルロ……」
見詰めていた目を伏せてジュリモネアが言った。
「わたし、自分でもよく判らないの」
「判らないって?」
「あなたのこと、きっと好き。でも、結婚したいほどとは言えない。キャティーレさまにしても同じよ。会ってみて、凄く素敵な人だと思った」
「うん……初めてアイツに会った人はみんな、キャティーレに惹かれるんだ。でも、あんな性格だから、すぐに離れていくけどね」
「それにね、ネルロ。わたし、彼の婚約者だし」
ネルロがムッと息を飲む。
「それじゃ、僕を待っててくれないってこと? 今すぐプロポーズしたら、キャティーレとの婚約を破棄してくれる?」
「イヤ、そう言うことじゃなくって」
「じゃあ……」
ネルロの雰囲気が変わったのを感じて、ジュリモネアが臥せていた目をネルロに向ける。
「キャティーレと僕と、どっちにするか迷ってるって事かな?」
ネルロの眼差しがいつもと違って冷たい。穏やかでのんびりしたネルロじゃない。むしろ……この目はキャティーレさまだ。やっぱり、ネルロとキャティーレさまはそっくりだ。
「ごめんなさい、本当に判らないのよ!」
そうよ、判らない、あなたとキャティーレさまはどこが違うの? そうね、髪の色は確かに違う。でも、目は? あなたもキャティーレさまと同じ、深い緑色の瞳ね。
「そう……」
ネルロがフッと笑った。元通りのネルロだ。
「うん、じゃあ、仕方ないね。僕が頑張るしかないね」
「ネルロが頑張る?」
「キミをキャティーレから奪う」
「へっ?」
「僕はキミを諦めたくない。初めて好きになった女の子をキャティーレなんかに渡さない」
「イヤ、ちょっと?」
キャティーレなんか? そう言えば、昨日はうっかりしてって言ったけど、ずっとキャティーレさまのこと、呼び捨てだよね?
「やっぱりネルロ、キャティーレさまを良く知ってる? 仲良しなの?」
「あんなヤツと仲良し? んなわけあるか!」
「あ……キャティーレさまもネルロなんかと間違えるなって言ってたわ」
「僕と間違える?」
「うん、暗くってよく見えなくって、キャティーレさまをネルロと間違えちゃった。あなたたち、よく似てるよね」
「なんだって? アイツは金髪だ、なんで間違える?」
「キャティーレさまも言ってた、ネルロは栗色の髪だって」
「なにしろ! 二度と間違えないで。向こうも迷惑だろうし、僕も不愉快だ」
「ごめんね、二人は仲良しじゃなくって、凄く仲が悪いってのはよく判った」
「イヤ、まぁ、うん……」
なんでここで言い淀むんだろう?
と、急にネルロがジュリモネアの手を放した。
「何しろ人を呼んでくる。少し顔色が良くなってきたけど、こんなところに居たって熱は下がらない――少しだけ我慢して」
「そうね、ネルロの言うとおりね……どれくらいで戻ってくる?」
「なるべく早く。でも、僕は来られないかもしれない」
「えっ? そんな……どうしてネルロは来てくれないの?」
「しなくちゃならない用事があるんだよ。ジュリモネアより大事な用事なんかない、だけどキミを幸せにするためには、義務は果たさなきゃ」
「わたしを幸せにする?」
「僕は必ずキミを妻にする、そして二人で幸せに暮らす。約束するよジュリモネア、キミをキャティーレから解放するのは僕だ」
解放って、婚約破棄を言ってるの?
「そもそもキャティーレには思い続けてる相手がいる」
「なんですって? リザイデンツはそんな相手は居ないってわたしに言ったわ」
「どこに居るか判らない、ひょっとしたら夢だったのかもしれない。だけどキャティーレはたった一度の出会いを
でもネルロ、どうしてあなた、そんなにキャティーレに詳しいの?
「ってことは、わたしが迷う必要なんかないんじゃないの?」
「ところがねジュリ、そうはならないんだよ」
「なんでよ? その人と一緒になればいいじゃないの?」
「キャティーレはそうしたいだろうね」
「あ……相手にその気はない?」
「でももちろん、キャティーレは諦めてない。だけど父上のことを考えると、急いで結婚しなくちゃならない」
「だからわたしと?」
ネルロはそれには答えなかった。
「話してるとどんどん時間が過ぎちゃうね。行かなくちゃ」
「あ、ネルロ!」
小屋の戸を開け出て行こうとするネルロをジュリモネアが引き留める。
「ネルロはどこに住んでるの? どこに行けば会える?」
振り返ったネルロがジュリモネアに微笑んだ。
「昼間なら、会いたいと思ってくれれば僕のほうからキミに会いに行く――約束だよ」
ジュリモネアが何も言わないうちに小屋の戸が閉められた――
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