14

 誰かに抱きあげられたと感じてジュリモネアがぼんやりと目を開けた。埃っぽい土の匂い、草の青臭さ、少しだけいい匂いがしているのは花?

「なんであんなところで寝ていたの? ひどい熱だよ」

聞き覚えのある声が凄く近くで聞こえた。


 降ろされたのは刈られた草の山の上、

「牛飼いが道具を置いておく小屋だ。ここなら安全だから……誰か呼んでくる。少し待ってて」

行こうとする腕を引いてジュリモネアが呼び止める。

「行かないで」

すると栗色の髪の若者が困った顔でジュリモネアを見た。


「みんながキミを心配して探してる。なんで夜中に居なくなったりしたんだい?」

「ネルロ……」

「僕も呼び出されてキミを探してたんだ。魔獣の居場所が判るなら、迷子の居場所も判るんじゃないかって言われたんだけどキミは魔獣じゃない。失礼しちゃうよね」

失礼なのはネルロに対して? いいや、きっとジュリモネアに対してだ。


「行かないで、一人にしないで」

心細さに涙ぐむジュリモネア、

「困ったな……」

立ち上がれずにネルロが溜息を吐く。

「そんな顔でキミにそう言われたら、どこにも行けないじゃないか」

自分の腕を掴む手を解いて握り締め、腰を下ろしてジュリモネアを見詰める。


「昨夜、何があったんだい? なんで原っぱで寝ていたの?」

「キャティーレさまが夜、魔獣退治に出かけられたの」

「うん、それで?」

「心配で、すぐに追いかけようって言ったのに、リザイデンツがどうしてもだめだって言うの。だからわたし、こっそりお部屋を抜け出して、馬を借りて……ベッタン村に行こうと思ったのよ」

途中で魔獣退治中のキャティーレを見付けたけれど、邪魔だから逃げろって言われたこと、西に向かえって言われて真っ直ぐ道を歩いたら原っぱに出たこと、そこから先は覚えていないこと……ジュリモネアが話し終えるとネルロが溜息を吐いた。


「きっとキミ、西じゃなくって東に行っちゃったんだ――キミがキャティーレと出会ったのはベッチン村とコンテス村を繋ぐ道の途中だと思う。西に向かえばすぐにコンテス村、途中で南への分岐を選べばちょっと遠いけどベッチン村。この原っぱはコンテス村の所有の牧草地で、道の東端」

「だって、わたし、キャティーレさまと別れてからずっと真っ直ぐ来たのよ?」

「キャティーレは西としか言わなかったんだろう? どっちが西かも言ってた?」

「聞いた覚えがないわ」

だろうね、とネルロが苦笑いする。


「みんな、キミがベッチン村に向かったと思って、その周辺を探してる。呼んでこなければ、誰かがここに来るのはいつになるか判らない」

「確かにわたし、ベッタン村に行こうとしたけど、なんで判っちゃったのかしら?」

「領内の他のところに行ったことないだろ?」

「そうね、そう言うことなのね――ねぇ、キャティーレさまは?」

「明け方前にお屋敷に戻られたって聞いたよ」


「キャティーレさまはわたしがコンチク村に逃げたと思ってるんじゃないの? なんでみんなにそう言わないのかしら?」

「部屋に籠って寝ちゃったんじゃない? 魔獣退治で疲れてるだろうから。それに、キャティーレがキミの居場所を知ってるとは思わないだろうから、誰も訊かないんだよ」

「そうなのかな? 魔獣は仕留められたのかしら?」


「キャティーレは一度仕留めると決めた魔獣を逃がしはしないよ」

「そうなの? 凄いのね……でも、もしそうなら、魔獣を片付けた後、わたしの心配はしてくれなかったって事ね」

「それは……」

少しだけネルロが口籠った。ジュリモネアをどう慰めようか考えてしまったのかもしれない。

「ちゃんとコンテス村に辿り着いて、誰か村人の家で世話になってるって、そう思ってるんじゃないのかな?」

「そうだといいんだけど……」

ジュリモネアが溜息を吐く。それを見てネルロも溜息を吐いた。


「ねぇ……一つ訊いてもいい?」

「ネルロがわたしに訊きたいことって? 昨夜のことなら、覚えてることは全部話したわよ」

「そうじゃなくって……キミ、キャティーレとの婚約を破棄したいようなこと言ってたけど、気が変わったんじゃない?」

ネルロはどことなく悲しげだ。

「キャティーレを好きになった? 僕のプロポーズを待っててくれるんじゃなかったの?」


「えっ……?」

ジュリモネアがネルロを見詰める。


『本気なら、あんたがわたしにプロポーズしなさいよ』

昨日ネルロにそう言った。それをネルロはそんなふうに受け止めてた? でも、こうも言ったわ、そしたら考えてあげるって。プロポーズしたら考える、つまり結婚をオーケーしたわけじゃないわよ?


「僕、あれからずっと考えてたんだ。どうしたらキミにプロポーズできるか、どんな言葉がいいか。キミのことばかり考えてた。だからきっと、ひょっとしたらここにキミが居るんじゃないかって閃いたんだと思う」

「あ、あのね、ネルロ……」


 どうしよう? ネルロを傷つけちゃった? まさか冗談を真に受けるなんて思ってもなかった。今さら冗談でしたとは言えない。ジュリモネアがネルロを見詰める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る