立場
取っ手が折れて地面へとティーカップのひび割れた音が響く中。
「……え、えっとぉ」
僕は困惑の声をあげる……どーしよ。隣見られない。
あまりに急すぎてビビり散らかすし、何よりもティーカップの取っ手を素手で破壊するほどの怒りを貯めているニーナが怖い。
思ったよりも自分の妹の愛情と嫉妬がデカいし。
「言葉が、足りなかったですね」
もう目に見えて困ったような様子を見せていた僕を少しだけ面白がるかのように小さく笑みを浮かべた王女様はすぐに口を開いて言葉を告げる。
「あくまで私が言っている婚約は仮の、ものとなります。というのもですね。私たちの国はかなり難しい立場にあります」
「まぁ、そうですね」
この国は四方を大国に囲まれている。
その立場が困難なものになっていることなど簡単に想像できる。
あくまでここは大国間同士の緩衝地帯であり、少しでも国際情勢が動けば、一気に飲み込まれてしまうような国だ。
「今、そんな私たちの国にオルスロイ帝国が急接近しておりまして……私の方に、婚約者とならないかと圧をかけてきておられるのです」
「……なるほど」
オルスロイ帝国。
ニルシア小国を挟んで睨みあう四大国の一つである……えっ?そこが、ここに干渉してきているの?
「彼の国の王も、また、その王子も野心家ですから。世界を飲み込む強大な帝国の現出を望んでおり、我々を飲み込もうとしているのです」
「ですが、そんなことをすれば残りの三国に攻められて終わりでしょう。そんな危ない橋を渡すとは思いませんが……」
「まだ動くと決まったわけじゃありません。ただ、何かやろうと思ったときに動きやすいように根回しするつもりなのです。向こうの王子と私が大恋愛の末に婚約関係へと至った、その事実を作ろうとしているのです。オルスロイ帝国は」
「なるほど」
確かに婚姻政策を問題として戦争までは中々いかないだろうな。
それも、三大国協力して、とは。
そこまでのことじゃないから。現に、ニルシア小国の貴族と婚姻を結んでいる者が四大国の中にも多い。
流石に王族との婚姻まで行くと問題視されそうではあるが……恋愛結婚だと言い張られるとあまり強く言えない可能性もある。
「我々は国際情勢の変化を鎮めることに専念しており、それが変化するような事態は避けなければなりません。それこそが我が国の防衛政策ですから。故に、オルスロイ帝国の王子との婚姻は避けたいのですが、向こうは向こうで貿易なども絡めて我が国に圧をかけており……私としましては。何とか相手との婚約を避けるために、あくまで仮、という形でもよろしいので、自分の婚約者を立てたいのです」
「……あー。あー、あー」
思惑はわかった。
そもそも好きな人がいるんですぅーってことにしてお茶を濁したいわけだ。
しかも、その相手が個人として軍隊を相手に出来る可能性とてある一騎当千の強者とされているAランク冒険者、ドラゴンスレイヤーの称号を持つ者となれば帝国もそれに対して、強固に反発してこれないだろう。
というわけだ。
なるほど、よく考えている。
「あの……申し上げにくいんですが、自分たち、カルミア王国の侯爵家出身ですね」
ただ、その思惑に僕を当てるのはずいぶんな致命的欠点があった。
「えっ……?」
ニルシア小国の頭を悩ませている四つの大国に、自分たちの生まれ育った国であるカルミア王国が属していた。
「ちょっと、期待には沿えないかもしれないですね」
僕と王女様の婚姻。
それはオルスロイ帝国の王子と王女様が婚姻を結ぶほどには、国際情勢を変化させる可能性を孕んでいた。
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