脱国

 ついさっきまでは穏やかな朝の時間が流れていた高級ホテルの一室。

 だが、そんな場所は今や血しぶきの上がる凄惨な現場へとなり果てていた。

 そんなところに何時までもいるわけにはいかない……爺やの遺体を前に呆然としていた僕はニーナから叩き出されるようにして彼女と共にホテルを後にしていた。


「おにぃは……少し、甘すぎるよ。結局のところ、あの場にいた暗殺者とかも全員は殺していないでしょ?」


 ホテルを後にした後、僕たちは爺やの言った通り、海外に向けて逃亡を開始していた。

 そんな中において、僕はニーナから声をかけられていた。


「……っ」


「その優しさは、おにぃの美徳ではあると思うけど……それでも、そんな甘かったらこの世界では生きていけないよ、おにぃ。私の立場は、必ずしも確固たるものじゃないんだから」


「……それくらいは、理解しているさ」


 わかっているとも。

 この世界が前世の価値観と大きく異なる世界であることくらいは……だが、だからと言ってそう簡単には前世の価値観を捨てきれるわけじゃない。


「……爺やも、亡くなったしね」


 僕の脳裏にこびりついて離れない自分を幼少期に育ててくれていた爺やの姿。

 それを振り払うように頭を振った後、僕は視線をゆっくり後方に向ける。


「でも、生きていけないなんて、まだまだ甘々なニーナには言われたくないよ?」


 そして、僕は少し笑みを浮かべながらニーナの方へと声をかける。


「むっ。私に甘いところなんてないよ?ざこざこのおにぃと違ってねっ!」


「そっちじゃない……実力の話だよ。追手にまだ気づいていないでしょ?」


「えっ……ッ!?ほ、本当に追手がっ!?」


「ははは、ようやく気付いた?」


 自分が沈んでいる間にもこちら側へと着実に近づいてきていた者たちの方へと意識を向ける僕はゆっくりと手を持ちあげる。


「父上も随分と必死なようで」


 こちらに向かってきているのは、ゲーム本編にも出てきていたアイランク家子飼いの暗殺集団。

 完成された強力な殺人道具たちである。



「邪魔だよ、お前らっ」



 僕は相手を飲み込むには十分すぎるほどの大魔法を一瞬で構成、自分の後ろにいる彼らへと向ける。


「わっ」


 自分の前に表示された巨大な魔法陣から太陽を覆い隠すほどに大きく、灼熱の龍がその身を現し、そのまま空を力強く駆け抜けていった。

 その道中にいた者たちなど、灰すらも残さず完全に消えていった。


「さっ。さっさと逃げるよ、ニーナ。いくら、相手を返り討ちにするのが楽であったとしても、ずっと狙われるような生活はご免さ」


「そ、そうだね」


 爺やのことは振り切って。

 僕はニーナと共に他国へと向かう速度を速めるのだった。

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