第2話 124回目は突然やってくる。

 ピピピッ、ピピピッ。


 『人生は一度きり』

 そんなのは嘘だととっくの前に知った。


 なぜなら俺は124回目を最悪の形で目覚めるからだ。


 見慣れた天井。見慣れた布団。見慣れた部屋。

 そして、5、4、3、2、1——。


「あんたいつまで寝てんの!!!!!」


 聞き慣れた母親の怒号。


 俺は決まって学校が始まる15分前。つまり遅刻が確定した8時15分に3度目の目覚ましで目が覚める。

 何度繰り返しても変わらない。この先どうなるかも、何を話すかも、全て分かってる。


「早く起きなさい! じゃないと」

「わかったから」


 母親の言葉を遮り俺は布団から降りる。

 45回目で学んだ。このタイミングで言葉を遮ると母親は言い返してこない。


「……ご飯はできてるから。リビングで待ってるわ」

「うん、すぐ行くよ」


 母親はリビングに向かい、俺は洗面所に行く。

 123回使っても減らない歯磨き粉を歯ブラシに付けて歯を磨く。だが決して急がない。

 ここですぐに着替えて学校に走って向かっていたのは7回目までの俺だ。そうすると待っているのは鬼の荒山と呼ばれる学年主任からの説教と、それを放課後の集会で晒しあげられる公開処刑。


 あれはもうごめんだ。


 歯磨きを吐き出して口をゆすいだあと、制服に着替えてリビングで朝食を食べた。


 学校に行かない手も考えた。だが結局そうしてもこの家にあのメガネの男が入り込んできて刺されてしまうのだ。

 例え家から出てネットカフェにいても、帰りはカラオケに行っても、学校に隠れて夜を迎えても、全て最後は刺されて死ぬ。


 どう足掻いても運命は変わらないらしい。


 これが天野優斗の人生なんだと。


「ごちそうさま。じゃあ学校に行ってくるよ」

「いってらっしゃい。それとお願いがあるんだけど帰りに卵と牛乳とコーヒーを買ってきてくれない?」

「……うん、わかった」


 これが今日の終わりを告げる最後の宣告。

 どうやら124回目も俺は死ぬらしい。


 もう慣れたはずなのにこの瞬間だけは寂しくなる。これが母親との最後の会話なのだから。

 123回繰り返した来たけれど、俺は一度も言ってないことがあった。ずっと恥ずかしくて言えなかった。


 でも今日は、なぜだが言える気がした。


「母さん、大好きだよ。今までありがとう」


 そう伝えると母親はきょとんと惚けた顔をしてクスクスと笑った。


「なによ、急に。気持ち悪いわ」

「そうだね。でも伝えたかったんだ、ずっと」

「そう……まあいいわ。ほらこれ」


 そうして俺は母親から緑の……。


「……え?」

「なによ、どうしたの?」

「いやっ、えっ、どうして……」


 母親から渡されたのはいつもの緑のエコバッグではなく、“赤“のエコバッグだった。


 何かが違う。何かが変わった。


 そう、胸の鼓動が伝えてきた。



。。。。。。



「おはようございます」

「……遅刻だ天野」

「はい、わかってます。すいません」


 いつも通りの挨拶(?)を済ませて俺は自分の席に着く。手に持つのはいつも違う赤いエコバッグ。

 カバンから78回は受けた数学の授業のために教科書を出そうとしたとき——。


「遅いよー、優斗。また寝坊?」


 知らない声が聞こえた。

 目の前に座っていたのはさらりと揺れる艶のあるロングヘアで優しく琥珀色の目をした朗らかな笑顔で、なにより俺の知ってる中では1.2番を争うほどの美少女だった。


「えっとー、誰かな?」

「え、ひっどい!! 私だよ私!

 十六夜紗奈いざよいさな!」


 十六夜紗奈。そう名乗った彼女は俺が今まで体感した123回の人生では一度見たことのない子だった。

 ふと周りを見れば隣に座っている人も、斜め前の人も、そして授業内容も、全てが


 ついに俺は抜け出したのか? あの死のループから。123回何度も何度も試行錯誤して繰り返したあの世界を俺はついに……。


「……ねえ、優斗。どうしたの?」


 十六夜紗奈は喜びを噛み締める俺の顔を覗き込むように目を合わせてきた。


「ははっ、ははは。やった、やったんだ……」

「優斗?」

「十六夜さん、君は俺の友達だよね?」

「え……」


 間違いじゃなければこの子は俺の友達で、この世界が変わったと証言できる存在だ。なぜなら母親やクラスの人たちは今までと何一つ変わらないのにこの子は初めて見る。つまり124回目にして初めて存在する人間。


「ひどい……ひどいよ優斗!!!!」


 ガタンッと音を立てて十六夜紗奈は立ち上がって俺の手を勢いよく掴んできた。急な言動で俺は何がどうなったのか理解できず強く握られたその手を見ることで精一杯だった。


「ねえ! どういうこと紗奈のことって!」

「え、いやだって俺たち初め——」

「ずっと昔から過ごしてきたじゃん! いつも一緒に登下校してるし、放課後は優斗の家でゲームだってするじゃん! 小さい頃は一緒にお風呂に入って『僕たち絶対結婚しようね』って約束した仲じゃん!!!」

「は? え、ちょ、まっ」

「最低……最低だよ優斗。いつもは紗奈ちゃんって呼んでくれるのに今日はなに十六夜さんって……私と一緒にいるのがそんなに嫌だったの?」


 俺の弁明も聞く耳持たずで十六夜紗奈、もとい紗奈ちゃんは涙を浮かべながらに訴えかけてくる。授業は止まり、先生もクラスのみんなも俺たちに体を向けてクスクスと笑ったり驚いた顔で注目を浴びる。


 俺は体の中からカッと頬が熱くなるのを感じた。今の紗奈ちゃんの発言はどう考えても『私たち昔から一緒に過ごして結婚の約束までした近くに住む幼馴染』みたいじゃないか。


「おい十六夜、天野。毎度毎度の夫婦喧嘩は授業中にするな。他のやつの邪魔だろ」


 そう言ってチョークを黒板にカツカツとぶつけた数学教師が仲裁に入りなんとかこの場は落ち着くこととなった。


 紗奈ちゃんはふんっ! と鼻息を荒くして前に姿勢を向けて俺にボソッと「今日の放課後は一緒に帰ってあげないから」と言われた。


 初めて会い、初めて話したこの幼馴染(仮)にそんなことを言われて少し傷ついたのは内緒にしておこう。

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123回死んだ俺、124回目で見ず知らずの幼馴染に恋をする。 戦う犬 @FrienDog

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