第31話 終わりの始まり

 タタッ――。


 タタッ――。


 ぴちゃ……ドサッ。



 乾いた発砲音が響く度に、人が肉塊へと変化していく。

 悪魔が人を撃ち払い、蹂躙じゅうりんし、死を撒き散らす。


「みんな、散り散りになって逃げ――う、うぁぁぁ!!」

「お父さん、どこぉ」

「俺の足がぁ。痛い、痛いよぉ…無い、無い」


 強烈な爆音が響く度に、建物は残骸に変わる。

 悪魔の正体は戦争中の隣国の侵攻部隊。昨日の内に西の港町を廃墟へとかえた彼らは、次にこの街を狙ったのだ。

 迅速に、確実に、徹底的に、王国にあるというだけの街を──消す。


「隊長、御報告致します。第二、第五は予定通り街の南を。第一、第四は現在東を制圧中です。街の侵入路はすべて第三によって閉鎖しました」

「了解した。お前はこの文を第五部隊に届けろ」

「了解しました」


 軍特有の挨拶をかわすと、伝令役の兵士は本陣にしている街の中央公園にあるテントを後にした。

 様々な植物と、オレ様隊の基地があった中央公園も、鋼鉄の兵器――戦車。命令一つで人を屠るほふ軍隊によって荒らされてしまった。


 その中で何人かの女性達と、身なりの女が数人。寄り添うように縄で縛られている。

 どれもがまだ街に残っていた貴族の一部だ。残りは近くの建物に分割されて閉じ込められている。


「こんな事をして王国軍が黙っていると思うな! 貴様らには必ず、裁きの鉄鎚が下される!!」


 気丈で美しい娘だ。柔らかな金髪と、宝石のような蒼い瞳。このままドレスを着て舞踏会にでも出かければ、ダンスの相手を迫られるだろう。

 しかし、今の彼女は手足を縛られ、自由を奪われているただの小娘である。だがそんな状態になってもなお、敵に食ってかかろうとしている。

 小奇麗な格好をしている事から、それなりの地位に居る貴族なのだろうか。加えて若い娘であることが、軍人達の目の色を変えさせた。


「良い事を教えてやる」


 隊長と呼ばれた男の傍らに居た兵士が答えた。

 屈強そうな隊長と比べて、いささか貧相な男だ。だが、その眼は濁っている。血と欲に溺れた者の輝きだ。


「貴族のお前らは命だけ助かる。いわゆる捕虜だ」

「なにが良い事だ、この無礼者が。これだけ派手な動きを見せれば、すぐにでも城陽都市から部隊が来る。そうなれば――」

「捕虜と話す事なんて何もねぇよ」

「なッ――」

「ただよ。例えば、お前が持っている軍隊の情報を聞き出すのが仕事だと言えば……わかるか?」

「何を言っている。軍属でも無ければ、直接戦争に関与していない私達がそんな情報を持っている訳が――」

「ゴチャゴチャとうるせぇ」


 ブンッ――!


「ッかは…」

「ぁッ!?」


 いきなりの出来事に回りの捕虜達が声をあげた。


「それを判断するのが俺の役目だ」

「ぅ……くッ」


 殴られた顔を押さえながら、娘は軍人を睨んだ。

 いまだに衰えない眼光だが、男は屁にも思っていないようだ。


「まだわかってねぇんだったら教えてやるよ。いいか? お前とそこの庶民の娘らは、俺達の慰みモノになるって事だよ。ハッ」


 そこで初めて動揺と困惑と──恐怖が彼女を襲う。

 少し考えれば分かることなのかもしれなかった。見た目はそれなりに美しい女が集められている。そして、敵はここ数週間に渡り作戦中なのだ。俗な言い方をすれば、“溜まっている”のだ。


「な、なにを言って…」

「別に捕虜は別んとこに閉じ込めてるオッサンオバサンだけで良いんだぜ? お前はせいぜい、俺達を飽きさせないように腰を振るんだな! よし、連れて行け」

「副隊長、何人くらい呼びますか」

「とりあえず十くらいいっとけば静かになるだろ」

「いや……」


 先まで気丈な態度だった娘は、恐怖で顔が引きっていた。彼女はまだ生娘。さらに恐ろしさは倍だ。


「いやぁぁ…」

「いつまで持つか、見物だな」

「いやぁぁぁぁぁあああッ!!!」


 それが、娘がまともな意識を保ったままあげた――最後の叫びだった。


「隊長」

「どうした」

「物見から通達が。どうやら王国軍が……」

「よし、すぐに信号を出せ! 貴族を数十名捕虜にしていると伝えれば、奴等は恐らく平野の辺りで停止をするはず――」

「隊長ッ!!」

「今度はなんだ」

「奴等、王国軍は……平野を越え、なんらかの兵器を街の周囲に展開しつつあります!」

「なに!?」


 公園に建てていた物見櫓に、隊長は急いで登った。

 確かに街を取り囲むように、砲台のような物を並べている。戦車のようで、明らかに戦車の砲身よりも巨大だ。


「信号はどうした!」

「敵を発見した時から既に――応答がありません!」

「まさか王国軍は……奴らを見捨てるつもりか!?」

「え?」

「我らがここで捕虜が居ると安心していると予測し、逆に捕虜やまだ残っている民を捨て駒にする気だ…」

「そ、それは」

「今すぐ全軍に通達だ! 兵力を東に集中させろ。奴等を迎え討つ!!」

「了解ッ」


 それからまもなくして――戦いは始まった。

 王国軍が使用したのは焼炎弾の一種で、街の上に打ち上げられた弾は、無数の火の雨となって地上に降り注ぐ。建物に木を多く使っている貧困街はすぐに火の海になり、他の区域も少しずつ炎に飲まれていった。

 街も敵も無差別に焼き殺す“炎帝”と名付けられた兵器によって、すべてが蹂躙される。

 対する隣国軍もそのような最新の兵器は持ち合わせて無いものの、兵士の錬度では王国軍に負けず劣っていない。迅速に東へ集まった兵士と戦車で応戦を開始した。


 この戦いを発端とし、両国の間でさらなる悲劇と惨劇が行われようとした。


 だが、街が完全に無くなるまでの短い時間……その中で“彼女”は目を覚ました。


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