第29話 少年達は行く


 それから数日間はハナも基地へと行けなかった。あの2人もまた、屋敷へと来なかった。


 そして、いつものように屋上のガラス小屋で水をやっていた時だった。


「よぉ」

「こんにちは」


 急に、二2が屋敷にやって来た。後ろには見覚えのある子供が数人だけ居る。


「ど、どうしたの?」


 急いで降りてきたので、まだ息が荒いハナ。


「その、だな、あの野郎……じゃなくて、先生に一言伝えてくれ。すまんって」

「それをわざわざ言いに?」

「もちろん違いますよ」


 メガネは背中に背負った荷物を下ろし、その中から1つの新聞を取り出した。


「これ、4日前に発行された新聞なんですけど……ここに書いてる所、読んでみてください」

「えっと――『東方の国、戦争終息へ。世界戦争の煽りで民族戦争が絶えなかった東方の国々だが、つい先日、東方連合国としてひとつに統合される事になった。これにより、ひとまず東方の国の戦争が収まっていくだろう。しかし、世界戦争はまだまだ続く中で、連合国はどういった姿勢を見せていくか、課題がたくさん残る……』って、これは?」

「オレの故郷だよ。向こうじゃ、もう大規模な戦争は無いって事みたいだけど……まだわかんねぇ。けど、この国居るよりは安全だと思う」

「戦争はこれから激しくなっていくと思うから、ボクとリーダーで話しあったんです。これから、どうするか」


 その結論が他国への亡命。いや、故郷への帰還か。

 リーダーもメガネも、覚悟を決めた顔をしている。いわゆる“男”の顔だ。


「出来ればよ、全員連れて行きたかったんだけど……他の奴らは別の街に移るって話だ」

「お爺さんの事があって、ボク達は思ったんです。戦争さえ無ければ、薬もここまで希少になる事は無かったかもしれないって」


 戦争があろうと無かろうと、病気は元からあった病気だ。しかし、その特効薬も戦争が無くてもいずれは開発されていただろう。

 貴族や戦場での薬の独占が無ければ、病気で死ぬ人も少なかっただろう。


「とりあえず、オレは故郷で、オレの思うような場所を作ろうかと思う。それまでには、もしかしたら戦争も終わってるかもしれないしな」

「そうなんだ……凄いね」

「それで、だ。その、なんだ……」


 言いにくそうに口ごもるリーダー。


「オレ達と一緒に来ないか?」


 後頭部をかきながら、あっちの方向を見ながら言う。どうやら少し恥ずかしいようだ。


「ボクからもお願いしたいですけど、そこはハナさんの希望を聞いてからにしたいと思いまして」


 今までの人生の中で、初めて出来た友達であり仲間である2人。もしもこれが、まだ街の中で花を売っていた頃に出会っていれば、迷わず頷いていた。


 そんな事を思っていたのが顔に出ていたのだろう。


「この街に残る方を選ぶのか?」

「……う、うん。本当は一緒について行きたいけど」

「いや、それがお前の決めた事なら、しょうがない。まぁ寂しくなるけど……オレは全然平気だ」

「とか言って、1番寂しいのはリーダーの癖に」

「ちょっとまってろ」


 メガネを離れたところまで連れて行ったリーダーは、両手で拳を作ってこめかみをグリグリと挟み込んで攻撃する。


「痛痛痛ッ!!」

「お前はちょっと黙ってろ!」


 その様子を見ていた子供達はみんな笑っていた。


「良かった。元通りになったんだね――」


 頭を押さえてうずくまっているメガネを置き去りにして、リーダーはこちらへ戻ってきた。


「ちょっと先生は呼べるか?」

「え?」

「ちょっと行く前に言いたい事が出来た」


 そう言われ「さっきの伝言とはなんだったんだろう」と疑問に思いつつ、青年を呼びに行こうとした――が、


「それには及ばないよ」


 ハナが後ろを振り返ると、そこにはいつもの調子で青年が居た。


「この街から出るみたいだね」

「あぁ。それで、先生に言いたい事がある」

「なんだい?」


 リーダーは青年を指さし、こう言い放った。


「もしもなぁ、オレ様隊の大事な隊員を悲しませたり、泣かせたりしたら――オレがぶん殴るからな!!」


 決して揺るぐ事のない瞳は青年を捕らえて離さなかった。青年もまた、その瞳に答える。


「あぁ。その時は、遠慮せずに殴りにくるといい」


 “右手”を差し出す青年に、リーダーはあえて“左手”を出す。それに少しだけ苦笑した青年は、左手を出し握手を交わした。


「ハナ、元気にやれよ!」

「うん」

「風邪とかそういうのにも気をつけろよ」

「うん」

「あとはそうだな……」

「リーダー、ちゃんと目を合わせて言った方が良いですよ」

「うるせぇ! 目合わせたら、アレだよ。アレだ!!」


 目元に雫を溜めたリーダーは、復活したメガネと少女から背を向けた。


「短い間だったけど、そうだね。寂しくなるよね……色々あったけど、良い思い出だった」


 メガネもどこか目を潤ませて、花と握手をした。

 出会いもあれば別れもある。大事な仲間であり友達である少女と別れるという事実が、二2の涙腺を脆くした。


「ゴメンね」

「え?」

「うん?」

「こんな時にも私、どうしたら良いか分からなくて」

「良いよ。お前はお前なりに、出来る事をしてくれたら」

「そうそう。ボクら、男なのに泣いちゃって、カッコ悪いね」

「バカ。オレのは汗だよ」

「ありがとう、2人とも」


 心が、胸の奥が熱くなる。

 暖かい何かが、少女の中で溢れていく。

 忘れていた、何か。


「いつか、また3人で会おうな!」

「そうですね。今度会う時は、戦争も何も無い世界になってると良いですね」

「うん――そうだね」



『あ!!』



 少女は自分がどんな顔をしていたのか分からない。

 その事実は2人の少年だけが知っている。

 

 小さくなっていくみんなの後ろ姿が消えて無くなるまで、彼女は手を振った。


 かけがえの無い、大切な存在。

 消失してしまった心を埋める、存在。


 空は、まるで彼女達を祝福しているかのような晴天だった。


 ◇ ◇ ◇



 ハナがオレ様隊のみんなと別れてから、約1カ月。

 街はすっかり白さが深くなってしまった。見渡す限りの雪景色――しかし、それは家を持たない者にとって地獄にも等しい。

 それが理由ではないが……だんだんハナは変化していった。橋の下へ帰る頻度が減り、読むと書くが出来るようになり、料理も1人で出来るようになった――が、最も大きな変化。それは、


「先生、おはようございます」


 少女は青年に対し、自分なりの“笑顔”で挨拶をした。


「ハナ君、おはよう」

「上にちょっと行ってきますね!」

 

 挨拶が返って来るや、少女は走りさってしまった。


「やれやれ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る