第28話 老人は去る

 メガネが起きたのは、太陽が頂点に昇った頃だった。

 急いで2人が寝ているであろう部屋に行くと、そこにはベットの端に座り込み項垂れているリーダーの姿があった。少女も近くの椅子に座っていて、青年だけが立っていた。


「あ、リーダー! 目が覚めたんですね? 気分はどうです」

「あぁ……」


 どうにもいつもの覇気が無い。昨日、生死の境を彷徨うくらいの体験をしたのだから、それは当然かと思われる。しかし、どうにもおかしい。


「どうしたんです?」

「ジジイの奴が居なくなった」

「えぇ!?」

「その代わりに、この手紙があった」


 メガネは、封の切られた手紙を渡された。手紙にはこうある。


『今まで、色々と世話になった。その事には感謝しておる。さらに儂の為に薬をもってくるとは、お前らには感心する。ありがとうな。

 お前らには悪いが、儂は今から故郷へ帰る。なに、久しぶりに息子や孫の墓参りに行きたくなった。そしてその後は――世界でも旅をしようかと思っている。もう会う事は無いじゃろう。小屋の物は好きに使うがいい。 それじゃ、さよならじゃ。   儂の愛する子供達へ』


 読み終えたメガネは、その文面の不自然さに疑問を持った。


「治ったばっかりで、そんなすぐに動けるはずが無いですよ! それにもう会う事は無いって……」

「畜生が!!」


 ベッドを思いっきり殴るリーダー。


「何が『お前等には悪い』だ。オレはまだジジイになにも返して無い! なに勝手に消えてるんだよ!!」


 そう言うと、リーダーはまだおぼつかないであろう足で、部屋から出ようとする。


「どこへ行くんだね?」

「決まってる! ジジイを捕まえて、連れ戻しに――」

「彼の国は、山を超えた先にある。僕が列車のチケットを渡したから、もう追いつくのは無理だ」

「てめぇ……」

「それに、彼はもう元気になっている。心配はいらないだろう」


 昨日の少女に対してしたような、同じ瞳だ。揺るぎもしない、嘘もいっていない。


「先生は」


 少女は俯きながら、呟くように言った。


「先生は、元気になったとは言ってるけど……治ったとは、一言も言ってませんよね」


 その言葉に、2人は思わず顔を見合わせた。


「そうなのか?」

「そういえば――病気が治ったとは言ってないような……」

「おい、どうなんだ!?」

「僕は確かに言ったよ。“元気”になったと。それ以上の事は、あのお爺さんに頼まれて……言えないよ」

「くそッ!!」

「リーダー!?」


 部屋を飛び出したリーダーと、それを追いかけて飛び出すメガネ。部屋にはハナと青年だけが残った。


「なんで、止めなかったんですか?」

「彼がそれを望んだからだ。僕は、その手伝いをしたに過ぎない」

「……私は今、凄く悲しいって思ってます。思ってるのに――なんで、何も出ないんだろう」


 自身の衣服を強く握りしめ、少女は震えた。

 老人に対して何もできなかった時も、今も、母親が死んだ時でさえ――何も流さなた。

 

「ハナ君、君はただ忘れているだけだよ。その時がくれば、自然に思い出す」

 

 青年は優しく少女の頭を撫でた。それに身を委ね、少女は静かに眼を閉じた。



 結局、1時間くらいして2人は屋敷へと戻ってきた。

 何があったかは、少女にも青年にも分からない。


 そのまま何も喋らず、リーダーとメガネは基地へと戻っていき、その後ろ姿に彼女は何も言えなかった。


「私よりも、あの二人の方がずっとお爺ちゃんと一緒だった。だから、かな」


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