第27話 助かるべきは


「――アレ?」


 まず最初に気づいたのは少女だった。

 下敷きになっているリーダーと、冷たい洞窟の床。呆然とするメガネと――見覚えのあるコートを着た人物。


「どうして……?」


 いくら子供1人をクッションにしても、まず2人が死ぬのは決定事項であった。

 しかし洞窟の床にも、自分たちにも目立った外傷は無い。

 さらに加えるなら、何故ここに青年が居るのだろうか?


「2人とも大丈夫ですか!?」


 その疑問を吹っ飛ばすかのように、メガネが息を荒げて駆け寄ってきた。 


「う、うん。私は大丈夫だけど……あ、そうだ。リーダー!!」

「くッ」


 体中、大量の汗と吐いた血でぬれている。さらに手の皮はロープで擦り切れ真っ赤になっている。

 

「大丈夫じゃないが、まだ生きている」


 青年はリーダーの額に手をあてる。さらに服をめくり、腕を調べる。そこには案の定、大量の斑点が浮いていた。

 病気による苦痛と高熱により、リーダーの意識は既に無い。このまま放置していれば確実に死ぬ。


「ハナ君は先に屋敷の方へ彼を連れて行く。僕は寄る所があるから先に。メガネ君は植物を持って薬剤師の所へ行ってくれ」

「はい!」

 大人と違い、子供であるリーダーは体力の量が少ない。さらに症状が出ているにも関わらず激しい運動を行ったのだ。悪化の具合は老人よりも激しい。


「さぁ、一刻の猶予も無い。急いで行動に移そう」


 ◇ ◇ ◇


 外はすでに陽が傾き始め、橙色の陽が街を照らしていた。

 真っ白い雪は陽に染まっていて、どこか幻想的な風景である。

 少女は、リーダーを屋敷のある個室で寝かしつけ、薬の到着を待った。しかしその前に驚く事となる。


「お爺ちゃん?」

「勝手だと思ったけど、僕が連れてきた。彼処だと、容態が悪化しても分からないと思ってね」


 老人を担いで屋敷へと戻ってきた青年は、隣のベットに寝かせた。横に例の愛犬とブチが居た。道案内はブチがしたのだろう。


「彼の容態は?」

「汗が出るのが止まりません……熱もあがったままで」

「そうか」


 青年も医者では無いし、専門の知識がある訳では無い。しかし、素人目にも彼の容態が危ない方向へ向かっているのは分かった。

 とりあえず少女には新しいタオルと着替えを取りに行って貰った。


「まったく、ミイラ捕りがミイラになってしもうて……バカな小僧じゃ」


 老人が目を覚まし、相変わらずの憎まれ口を叩く。


「目が覚めましたか」

「お前さんが、例の先生さんか。ここはどこじゃ」

「誠に御勝手ながら、屋敷に来て貰いました。僕の事はハナ君から?」

「そうか……とても良い先生だとは聞いた」

「そうですか……」


 起き上がる事も難しくなった老人は、窓から見える街の風景を眺める。

 お互いに会話が途絶え、ただ――時が流れた。


「先生さん、頼みがある」


 唐突に口を開いた老人は、自らの覚悟を青年に語った。


「それで良いのですか?」

「良いも何も。未来を子に託すのは、親の役目。小僧達とは血は繋がってないが、儂にとって子供のようなモノじゃよ。もちろん、あの子もじゃ」

「……分かりました」

「すまないな」


 ◇ ◇ ◇



 メガネが屋敷に辿り着いたのは、陽が完全に暮れてしまってからだ。

 部屋には青年と少女が待っていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ――す、すいません。薬はどうにか出来たのですが、」

「大体は予想がつくよ」


 ベットには未だに意識の戻らないリーダー。その隣には老人が居る。


「あれ、なんでお爺さんが……いや、それよりもすいません。薬は出来たんですが、その、量が」

「1人分って事かい?」

「そんな」


 ぬらしたタオルを交換していた少女は、思わず落胆の声を洩らした。 結局の所は1人分にしかならないというのは、少女でなくともショックは隠せないだろう。


「……僕も調べてみたが、その特効薬には大量の植物が必要になるからね。それも薬が高価で希少な理由だよ」

「本当は2人分くらいはあったんです。でも、薬剤師の人が、これは代価だって」

「それは当然だろう」


 薬剤師もタダでやってくれた訳では無い。この薬1つの価値は、かなりのモノだ。最初から、1人分だけしか渡さない腹づもりだったのだろう。

 状況を考えれば、それだけでもかなりの温情ではある。


「それでどうする? どちらに使うかい?」


 ハナもメガネも俯き、すぐには答えが出せなかった。

 しかし、それも数分だけだ。答えを先に出したのはメガネだった。


「それはお爺さんに。リーダーが起きていれば、そう言うと思います。ボクが今からさっきの洞窟に行ってもう1度植物を……」

「無理だ。生えていた植物の量も残り少なかったが、それ以前に夜にあの洞窟へ行き、崖を登るのは自殺行為にしかならない」

「でも!」

「さらに言えば君は子供だ。もうそれだけの事をする体力なんて残ってないだろう」

「それでも、行かなくちゃ、リーダーが死ぬんですよ!? なら、ボクは迷わず行きます!!」

「私も……」


 それまで口を閉していた少女も、その瞳には覚悟を宿していた。


「私も……リーダーもお爺ちゃんが死ぬのも嫌。もう、人が死ぬのは嫌だから……行きます」

「やれやれ。2人共、もう少し頭を冷やすんじゃよ」


 いつから起きていたのか、老人は身体を起こしながらいつもの調子で笑った。


「ま、それがお前さん等の良い所じゃがな」


「お爺さん!!」「お爺ちゃん!?」


「儂の事なら心配するな」

「な、なんでですか? お爺さんだって、病に冒されて……あれ?」


 老人はベットから降りると、元気そうに準備体操を始めた。


「ど、どうして……だって病気は」

「ここに斑点は無いじゃろ? 儂の病気は、先生さんのおかげで、この通りじゃ」

「それってどういう?」

「それは僕が説明しよう。と言っても、ただ僕が1つだけ、元気にできる薬を持っていたからだ」


 青年は貴族並にの屋敷を所有している。なら、同時に貴族並の財力や権力があっても不思議では無い。

 前々から、自分が病にかかった時の為に、特効薬を1つ持っていたと──2人に説明した。


「1つしか無いから、あまりすぐにあげる訳にはいかなかったけど……そうも言ってられなくなったからね」

「って事は――リーダーもお爺さんも治るって事ですか!?」

「……少なくとも元気にはなる」


 あまりにも予想外で、しかし嬉しい出来事。思わず、メガネは叫んでいた。


「やったぁぁッ!! それじゃ、すぐにリーダーに薬を使いますね!」

「おう、そうしてやれ」

「……」


 嬉しそうに老人も頷いた。ただ、ハナだけが――暗い表情を浮かべていた。

 それは彼女の感情が薄い為では無い。1つの疑問が原因だ。


「先生」

「なんだい?」


 2人には聞こえないように、そっと囁いた。


「本当に、薬を持っていたのですか?」

「……それ以外に、あの老人が元気になる方法は無い」


 2人の瞳が交錯する。

 彼女には、青年が嘘を言っているようには思えなかったが……同時に、どうしても拭いきれない疑問も心の中に残る。


「良かった。熱も収まったし、呼吸も整ってきた」

「そのまま明日はずっと寝てたら、意識も戻るだろう。さぁ、君達も休んだ方がいい。病人は、これ以上増やさないで欲しいな」

「そうですね。ボクもちょっと休ませてもらいます。なんだか安心したら……眠くなってきました」


 2人が部屋から出て行ったのを確認した青年と老人は、お互いに頷きあう。


「済まないな、先生さん」

「いえ……それでは、お気をつけて」

「うむ――それともう1つだけ頼まれてくれんか」

「なんでしょう?」

「この手紙を渡して欲しい」

「……はい」


 主を心配そうに見上げる犬。寂しそうに尾を振るその姿に、老人は頭を撫でた。


「お前も今までありがとうな。これからは、小僧達の事を頼んだぞ」

「くぅーん」


 朝を待たず、老人は屋敷を発った。

 3人の子供達に、別れも告げず――独りで。

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