第26話 死を間近に


「ぐぁッ――かッ」


 突如、リーダーは口から大量の血を吐いた。

 同時に、まるで世界が歪んでしまったかのような目眩が彼を襲う。


「もう、ちょっとなのによ――ッ」


 恐らく服に隠れた腕には、あの病気が発症した者に現れる証があるだろう。


「これだけあれば――?」


 植物を採り終えた少女は、ロープが小刻みに震えてるのに気付いた。


「リーダー?」

「どうしたんですか!」

「ううん、なんでも――ッ!?」


 ハナを吊したロープが徐々に下がっている。そして、メガネはリーダーが崖で踏ん張っているのを確認した。


「リーダー!!」

「うぉぉぉッ」


 渾身の力を込め、一気に引き上げようとするが――力が入らない。これも、“時限爆弾”に犯された者の特徴にある。

 リーダーは、実は老人が倒れたすぐ後に発症しているのだ。発症してすぐならまだ症状は軽めだが、それでも耐えていたのが不思議なくらいだ。


「リーダー、もしかして!?」


 少女もなんとか負担を減らそうと崖にしがみつこうとするが、上手くいかない。


「悪ぃ。そうみ……う、がぁ、ぁッ」


 また血を吐いた。しかも最初とは違う苦しみがリーダーを襲った。そして――、


「リーダー、ロープ!!!」

「しまッ」


 苦しみからか、ロープに入れた力を一瞬だけ抜いてしまった。

 その瞬間、少女は重力という、この世の摂理に従い――落下する。


「え……」


 自分が突然、空中に投げ出された事をハッキリと理解出来ぬまま、ハナは20メートル下の死に向かって……落ちていく。

 上で繋いでいたロープが落ちてくる様子を、彼女は落ち着いて見ていた。

 今、自分は死に向かって落下しているというのに――何故か取り乱す事は無い。それは少女が自分の“死”に対して、鈍感ということなのだろうか。


「わかんない」


 今、確かに落ちているというのに、少女には時間が止まったような感覚になった。

 自らの死に直面すると、その瞬間の時間が遅く長くなる現象が、少女にも現れたのだ。

 まさに死を覚悟する時間だろう。と、


『そんな事はさせねぇ!!』


 死を覚悟しかけた少女の視界に飛び込んできたのは、リーダーだった。

 崖をまるで坂のように駆け下りながら、こちらへと向かってくる。はっきり言って馬鹿げた行為だろう。20メートルもある高さを駆け下り、例え少女の元へ追いついたとしても――それから先は無い。2人共に肉塊になるだけだ。


「リ、リーダー!」

「お前だけはッ!!」

 

 落下する少女に追いついたリーダーは、少女を抱きかかえ、自分をクッションにするべく下に回る。


「駄目だよ、リーダー!」

「オレのせいで隊員を死なせてたまるか!!」


 その様子を見ていたメガネは、どうする事もできなかった。ただ大切な仲間が落ちていくのを見守るだけ。


「あ、あぁ――!」


 と、メガネは自分の背後に何かが居る感じを覚え、振り返った。


「ブ、ブチ!?」


 そこにはいつの間にか、何故か全身水浸しのブチが寝っ転がっていた。

 そしてメガネの横を何かが走り抜ける。


「!?」


 それを何かと認識する間も無く、次にメガネが見たモノは――リーダーと少女が固く冷たい死へと叩きつけられた瞬間であった。


 その瞬間――2人の身体が、山吹色の光に包まれたのだった。

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