第25話 破壊の音

 

 オレ様隊のいつものメンバー(ブチも連れてきた)は川沿いに、今度は北上していた。

 ハナはついこの間、いろいろと怖い思いをした場所。


「また何かに襲われたらどうしよ……」


 しかし、その心配は杞憂に終わった。着いた場所は山から流れてくる地下水の川の洞窟だ。


「川の中、行かないと駄目みたいですね」

「なぁぅ」


 地図と川を見比べながら困ったように頭をかく。

 水位はそれほど高く無い、水流も遅い……とはいえ、洞窟の高さは狭い。さらに水温もかなり低い。進むのはそれなりに困難だろう。


「オレは行くぜ」

「わ、私も……」

「誰も行かないなんて言って無いですよ。ボクも行きます」

「……なぅ」


 ランプに火をいれ、腰を屈めながらリーダー(背中にリュック。ブチは顔だけ出している)、ハナ、メガネの順で洞窟へと入って行く。

 流れる冷たい水に、足の体温はどんどん奪われて行く。


「メガネ、地図だとどの辺りにあるとか書いてねーか?」

「さすがにそこまで詳しくは書いてないですよ」


 狭く暗い、周囲の気温もかなり低く、一時間もこうしていたら凍えてしまう。


「少し坂になってますね」


 徐々にだが、メガネの言うとおり傾斜がついていっている。


「まだ先か?」

「分かりません」


 しばらくそんなやり取りをしながら進んでいた。




「あれ、何か聴こえない?」

「ん?」

「本当だ。なんかゴゴゴ――って」


 そして狭かった洞窟は、突然開けた空間へと出た。そこはかなり広く、青年の屋敷が二つくらいなら入りそうだ。上は崖になっているのか、そこから明かりが差し込み、暗い洞窟内を照らしていた。

 しかし、3人は別の理由で唖然としていた。


「滝だ……」


 そう、目の前には20メートルくらいの高さのある滝があったのだ。水が派手に落ちる音は、まるで巨大な獣の唸り声。


「……あ、あそこに何か生えてる!」


 ハナが指を向けた先に2人も視線を向ける。

 滝の横、その剥き出しの岩肌に緑色の草のようなモノが生えている。見た目はただの雑草にしか見えない。


「アレです……ほら」


 メガネは懐から出した図鑑の1ページを切り取ったような写真を2人に見せる。


「でもどうやって採るの?」


 高さは滝の上より少し下くらい。つまりここからなら10メートル以上はある場所に生えている。


「登るには……難しいか」


 岩肌ではあるが、あまりゴツゴツしてない為、凹凸が無い。どちらにしろ子供の体力では登りきるのは困難だが。


「リーダー、あそこ」


 滝から少し離れた洞窟の端。前にも人が来た事があるのか、一本上からロープが垂れ下がっている。また、岩が崩れて不規則な段差が出来ている。


「ここから登るしかねーか。メガネはここに居てくれ」

「……はい」

「花は、」

「私もついていく」


 それは覚悟を決めたような表情だ。メガネはいつものようにたしなめようと一歩前に――出ようとして、リーダーがそれを遮る。

 リーダーの瞳にハナが写る。お互いに何を思ったのかは、当人達にしか分からない。


「……行くぞ」

「はぁ。最初からボクの意見なんて聞いてないんですね」


 呆れたように首を横に振る。しかし、顔はどこはかとなく笑っている。


「何かあったら、後は頼むぜ」

「まったく、縁起悪いですよ」



 まず最初にリーダーが垂れ下がったロープを引っ張り、強度を確かめる。


「……よし、大丈夫そうだな。オレが先に登るから、花はオレが登った所を辿ってくれ」

「うん」


 ハナが頷くと、リーダーは慎重に足場を選びながら登って行く。その後を追いかけるようにハナも登る。


「以外に大変だな、崖登りも……うわッ」


 大丈夫だと思って足を引っ掛けた岩が急に崩れた。その為かなりバランスを崩してしまい、片手でロープにしがみついている状態になってしまった。


「くッ――」

「リーダー!!」

「大、丈夫だッ!」


 振りをつけ、片足をなんとか岩にかけ安定させる。


「花、来れるか?」

「多分、大丈夫」


 さすがに登るスピードは遅いが、それでも付いてきているハナを見て少し安堵する。


「無理な時は言えよ」

「大丈夫。私だって、隊員だから」


 やり取りがあったのはその最初だけで、後は黙々とお互いを気にしながら上へと登って行く。


 そして、1時間半後――。



「オレの手を掴め」

「うん」


 最後はリーダーがハナを引っ張り上げ、滝の上流にあたる崖の上に到着した。


「大丈夫ですか!?」


 2人の動向を、1番緊張しながら見守っていたメガネが安否を確かめる。


「おぅ! オレ達がこんくらいで、へこたれる訳ねーだろ!!」

「それは良かったです! 植物はリーダーから見て左ですよ!」

「分かった!」


 メガネの先導する場所へと移動する二人。

 が、ここでもまた問題が発生した。


「くそッ、ロープを結ぶ場所がねぇ!」


 どこを見ても丁度ロープを引っ掛けれるような岩は無い。あったとしても、持ってきたロープはそれほど長く無い。


「すぐそこに生えてるのに……」


 ほぼ垂直な崖。2人が居る場所から3メートル程下に、目的の植物が生えている。しかし、起伏の無い崖をロープ無しで降りるのは困難であると同時に、落ちれば死が待っている。

 それまで黙っていたハナが、覚悟を決めたように口を開いた。


「……私が行く」

「はぁ? 何言ってるんだよ」

「時間はあまり無いから、ロープ貸して」


 ロープを自身の体に巻き付け、もう片方をリーダーへと渡す。


「リーダーより私の方が軽いはずだから……多分大丈夫」

「お前……」


 いくらリーダーの方が重いと言っても、子供の体重という意味では、さほど差は無い。

 しかし、今現在できる手段は――他には無い。


「オレがこんなんだったら駄目だな……よし、お前の勇気、受け取った!」

「うん」


 両手でロープをしっかり持ち、限界まで後ろに退がる。ハナは自分の拙い命綱を信じ、下へと降りていく。

 ひとつ降りる度に、ロープは揺れ、リーダーの腕に負担をかける。


「なんとか、って所かな」


 一方、ハナは植物のある場所まで辿り着いた。

 起伏がほとんど無い岩を突き破るように、その植物達は生えていた。


「早く採らないと」


 ここまで登ってきた事を考えたら、リーダーは既に限界近い。そんな状態で、今の状況を長く保てるとは普通は思えない。

 しかし、ハナはリーダーを信じていた。リーダーもまた自分を信じてくれる彼女に答えるべく、奮闘している。


 ドクンッ――。


 最初は聞き違いかと思った。心臓が飛び跳ねたような音が、リーダーの中で響いた。そして、すぐに沸き起こる破壊の声。

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