第24話 希望を探して
時間は昼前に遡る――。
精気が徐々に無くなっていく老人は、自分の愛犬の頭を撫でながら、うわごとのように語り始めた。
「あれは、数十年前。まだこの病が世間に知られていない、あの時代」
ハナは、1字1句聞き漏らしが無いように、しっかりと老人を見据える。
「はい」
「儂は元々隣国出身。今のように猟師をやっていた……そして、自慢の息子が2人居た」
老人の瞳には、過去が映っている。目の前のハナすら見えていないだろう。
「活発な長男、大人しい次男。妻は、儂のような甲斐性無しと居るよりは、貴族の男と居る方が良かった。最後は泣きながら謝っていた……儂では奴を幸せには出来ない。当然じゃ」
その時に息子2人は父の元に残った。新しい生活に、前の旦那の子供は連れて行けなかったのだ。
やがて子供は成長し、長男は戦争へと。次男は医者になり、妻と一緒に戦場医師となった。
「孫を儂に預けて、な」
『お父さん、戦場のある地域では、この子のような年頃の子供が怪我や病気で苦しんでいます。兵士にだって、まだ子供は居ます。だから行かせて下さい。僕は、兄さんと一緒には戦えないけど、僕なりの戦いをやりたいんだ!』
自慢の息子が言った言葉を反芻する――。
「まぁ、長男の居た部隊は敵の奇襲にあって全滅。次男夫婦は戦いの巻き添えになって……骨も残らんくらいにバラバラになったらしい」
誰もが生きて帰ってくると信じ、戦場へと行く。現実と理想が違うように、生きる事が出来るのはごく一部。
「戦争は、そんなに長くやってるんですね」
「やっては、終わる。しかし、それの繰り返しじゃ」
「……」
「儂に残ったのは孫、ただ一人。可愛い女の子……そうじゃな、お前さんによく似てる」
どれだけ愛おしい存在だったかは、老人の表情を見れば分かる。
「その数年後に孫は死んだ」
「え?」
「皮肉なもんじゃが、この病と同じモノ。当時は原因不明の謎の流行病として知られていた。それに孫がかかった」
最近になってようやく原因が究明され、薬が出来た。10年以上前の医学では到底無理な話だろう。
「それでも儂は孫の為に走った。いろんな街の医者に頼みこんだ……が、どの医者もサジを投げた。儂は、なにも出来な――げほッ、が!」
かなり強く咳き込む。血は吐かなかったが、辛いのは明白だ。
背中をさすると多少は楽になるようだが、
「何も出来なかった不甲斐ないジジイじゃ。もしかしたら、これは罰なのかもしれん」
「そんなはず無いです」
「……」
「お孫さんが、自分の為に一生懸命だったお爺ちゃんを恨むはず……無いです」
「ありがとう、嬢ちゃん………あの小僧共にも、何かと世話になった。孫が死んだ後、儂は人生がどうでもよくなった」
そんな自暴自棄な生活から救ったのは、他ならぬリーダーだ。
隣国からこの国に逃げるようにやってきて、ここで生涯を無為に過ごすつもりだった。良い意味で、それをぶち壊され――今に至る。
「それなりに楽しかった。だから、思い残す事なんて、何も無いんじゃ」
「そんな事言わないで下さ――」
バタンッ!!
「ジジイッ!」
「お爺さん!」
いきなり扉が開いたかと思うと、二人が飛び込んできた。
「なんじゃ……」
「よし、まだ生きてるな。ちょっとロープとか借りるぞ」
勝手知る他人の家。遠慮無しに棚などを漁っていくリーダー。本来ならそれを咎める役のメガネも、何やら探しているようだ。
「いきなりどうしたの?」
「話せば長くなりますが、もしかしたらお爺さんの病気が治るかもしれません」
「もしかしたら、じゃねぇ。治るんだ」
それを聞いた老人は、弱々しい笑った。
「ふん……往生際の悪い小僧共じゃな。儂はもう老い先も見えたというのに」
「まだ終わった訳じゃねーんだ」
「リーダー。準備は整いました」
「うし! ハナ、お前も来いよ」
そう言われたハナだったが、さすがに老人を1人残していけない。どうしようかと考えていたのが伝わったのか、
「儂なら大丈夫じゃ。優秀な相棒もいる」
傍らに座り込んだ老人の愛犬は、尾を振りながら主人を見つめている。
「へっ、帰ってくる前にくたばるんじゃねーぞ」
「ふんっ――」
否定しない所を見れば、一応でも期待をしているからか……ただ強がっただけか。どちらにしろ、良い傾向である。
「出発だぁ――っと」
リーダーが叫ぶと同時に、少しだけよろける。が、すぐに踏ん張った。
「どうしました?」
「いや……多分ちょっと疲れてるんだよ」
少しだけ、少女は気になった。リーダーが喋った言葉と、無意識に左腕を押さえた仕草に。
「行くぞ、メガネ、花!」
そんな考えも、すぐに掛け声で四散した。今は目の前に集中する事にした。
「いざッ! 北の山!!」
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