第23話 ひとつの希望

「どうすりゃいいんだよ」


 もうそろそろ昼だというのに、空は薄暗い。また雪でも降りそうな天気だ。

 中央公園のベンチに腰掛け、リーダーは空を仰ぐ。


「いつも色々して貰ってるのに……こんな時になにもできねぇのかよ」


 他の医者をあたる勇気は無かった。どこに行っても多分追い出されるだろうし、薬は高額な為に手が出ない。


「いっその事、貴族の屋敷に……」


 戦争の影響で貴族の何人かは逃げ出した、という噂は聞いた事がある。しかし、残る貴族は何かしらこの街で立場があったり、利権を握っている。


「くれって言ってくれる訳が無い……盗みは――嫌それは、ダメだ」


 八方塞がりだ。医者も、薬も無い――こんな状態では小屋に帰ることも出来ない。


「何か、何かないのかよ!!」


 ただの少年が、公園で叫んだ所で状況が打破できるはずも無く……ただ時間だけが過ぎる。

 やがで空が本格的に暗くなり、雪がチラつくようになっても、リーダーは動くことが出来なかった。


「――どうしたんだい?」


 すぐに、自分に向けられた言葉だという事に気付けなかった。


「……?」


 見上げると、そこにはフードを被った男が居た。いや、それはリーダーの見覚えのある顔だ。


「今にも泣きそうな顔をして……」

「――うるせぇ。アンタこそ、何をやってんだよ」


 もう、この街で頼る医者は居ない。この青年も、前にメガネが言ってた通り権力を持つ人種なら――必ず突き放すだろう。誰だって厄介者は目の上のたんこぶ、という訳だ。


「まぁ、どうでもいいけどな。オレは今から、医者を探さないと……」

「雪が、降ってるな」


 突然全く違う話を降ってくる青年に、リーダーは少し困惑する。


「雪がどうしたんだよ」


 粒の小さな雪が降っているが、まだ昼間なのでほとんど積もらないだろう。


「これだけ雪が降っても、どれだけ積もっても、春になれば消えて無くなる宿命を背負っている」

「雪が溶けるのは当たり前だろ」

「そう、当たり前だ。自然の摂理によって定められている決まりだ。雪は決して、摂理には勝てない」


 言っている言葉は、リーダーにとっては難しいモノばかりだ。理解はあまり出来ない。けど、なんとなく聞き入ってしまう。


「じゃあ、摂理は誰が作ったと思うかい?」

「知らねーよ」

「……人も摂理の中で生きている。摂理を歪める事は、人には出来ない」


 しかし、元より黙って聞くのが苦手なリーダーだ。そのまま聞き手に回る事は無い。


「回りくどい言い方は嫌いなんだよ。結局なにが言いたいんだ?」

「……人は死ぬ事も摂理の一部。あの老人を助ける事が、本当に正しいのかい?」

「間違ってる、なんて言わせないぞ。生きようとして何が悪い」

「それは君が言ってる事で、あの老人は生きる事をやめようとしている。生きる意味を無くそうとしている者を、無理に生かすのが……正しいと思っているのか」


 ほとんど考える素振りを見せずに、リーダーは力ある言葉を発する。


「ジジイが死にたがる? 別に一々伺いをたてる必要もねぇ……生きてこその人生だ。死にたがりの奴が居たら、首を締め上げてでも生かしてやる」

「……それが君の“花”、なのか」

「あ?」


 意味深な言葉を呟くと、いつの間に取り出したのか、右手には折り畳んだ紙があった。


「これを、あのメガネという子に見せたらいい」


 訳も分からず紙をリーダーが受け取ると、


「いずれ……彼女の力になってくれ」


 そう言い残し、青年は雪の中に溶けるように、どこかへ行ってしまった。

 降っていた雪も止み、昼らしい明るさが増す頃、道の向こうからこちらに走ってくる人影が……、


「はぁ、はぁ、リーダー、こんな所に、居た……はぁ」


 息を荒げて走って来たのはメガネだった。かなり急いでいたらしく、眼鏡がずれている。


「どうしたんだ?」

「ボクも、医者……探そうとしたんですが、」

「あぁ……もうこの辺りじゃ、診てくれるような医者は居ないぞ。別の所は……ダメだな、遠すぎる」


 他の街では遠い上に、子供の足では行って帰るだけでも5日以上はかかる。


「やっぱり居ないですか……良かった」

「はぁ?」

「いえ、そう思ってボクは医者じゃなくて“薬剤師”の人を探したんです」

「……誰だそれ」


 首を傾げるのも無理は無い。病気にかかったらまず医者。薬も病気に合わせて医者が出す……そう頭にあったリーダーでは思い付かなかった事だ。


「それでも例の特効薬を持ってる人は居ませんでした……けど、例の植物さえあれば調合してくれるって事になったんですよ!」

「つまり、材料があれば薬が出来るのか?」

「そういう事です」

「……」

「……」

「……やったじゃねーかこの野郎!!」


 僅かでも見えた光明に、思わず嬉しくなりメガネの背中を思いっきり叩いた。


「痛ッ!」

「で、その植物ってのはどこにあるんだ?」

「あぁ、うん……それが、」


 言いにくそうに口ごもる。それでも1回息を吐いてから、


「分かりません」

「…………なんだよ、分からないんだったら意味ねーよ」


 せっかく上がったテンションが冷めていきそうになるのを見て、慌ててメガネはこう言った。


「た、ただその植物は見た目、草らしいんですが……自生する条件はこの辺りにもあるんですよ」


 聞けば、陽がよく当たり、風通しが良い。それなりに湿気を含んで、夏でもあまり気温が上がらない場所がその条件らしい。

 しかしこの辺りの気候は雨があまり降らないので、湿気が少ない。それでいて、夏はかなり暑くなるので、その条件に当てはまる場所は存在するのか……。


「とりあえず森を探そうとは思ってます」

「……探すしかねーのか」


 あまり時間は無い。それしか方法が無いのであれば……と、そこでリーダーは自分の手の中にあるモノを思い出した。

 つい先程、青年から受け取った紙だ。


「そういえば。なぁメガネ」

「なんですか?」

「これ何か分かるか?」


 折り畳んだ紙を広げて見せる。どうやらこの周辺の地図らしく、街や森が描かれ、山は等高線によって高さまで記されている。


「これは、かなり本格的な地図ですね」

「そうなのか?」

「えぇ。でも、なんでこんなモノ持ってるんです?」


 一般に地図は、測量という距離や高さ、面積を計る作業で、実際の建物や山、地形を“ほぼ”正確に計り、紙におこしたモノ。“ほぼ”なのは人間が行う以上、絶対の正確は無いからである。

 しかしながら、測量器具もあまり発達してない上に、そこまで本格的に測量を行っている領主もあまり居ない。大体の道、大体の山の形というのが現状だ。


 ただ、曖昧な地図にしている理由もある。

 それは戦争だ。正確な地図を欲しがるのは国民とは限らない……つまり敵国の存在。正確で詳細な地図があれば、それだけでかなりの武器になる。

 そういった訳で、まず一般には正確な地図は出回らない。これは貴族でも同じ。領主など個人が測量を行う場合は別だが――、


「しかもこれ、細かい文字がたくさんあって読みに……くい」


 読み書きがさっぱりなリーダーには、地図に何が書いてあるか分からない。よって、メガネがなんで地図を見ながら固まったか……、


「どうした?」

「これ……凄いですよ!!」


 突然大声をあげ、地図を片手に走り出した。慌てて後を追い掛けるリーダー。


「ちょっと、おい! どうしたんだよ、いきなり!」

「お爺さん、の家で装備、借りましょう!」

「はぁ?」

「後で、はぁ、詳しく説明しますけど、例の植物が、ある場所が書いてあっ――うわっ」

「それを早く言えって!!」


 段々と遅くなるメガネの背中を押しながら、さらにスピードをあげて走る。

 ついに見えた確かな望みに賭け、2人の少年は小屋へと急いだ。



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