第19話 オレ様隊



 オレ様隊の朝は、リーダーの掛け声から始まる。

 ここは基地ではなく、屋敷の目の前だ。いつもは川辺まで移動するのだが、迎えがてら今日はここになった。


「今日もいい天気だ!」

『いい天気だ!』

「合い言葉は、守る」

『守る』

「今日の昼飯はなにかと気になる前に」

『気になる前に』

「ガンホーガンホーガンホー」

『ガンホーガンホーガンホー』

「オレ様隊、出動!」

『出動!』


 腹から思いっきり叫んだ為、上に着ているコートが暑く感じる。普段、滅多に出すことの無い声量なので、腹筋が痛がっているのが分かる。


(こんなに大きな声出しだの、初めてかも)


 人知れず、その事を喜ぶハナ。


「今日も見回り行くぞ!」

『おー!』


 徐々に降る雪が増えていき、街でもそれなりに積もるようになってきた。

 レンガと石で出来た家は、それなりに裕福な証だ。リーダー達は、そんな家が並ぶ広めの道へとやってきた。普段から人通りは少ないが、最近ではさらに少ないので、通行人の影はほとんど見当たらない。


「こんな所を見回り?」

「というか待ち合わせですね」


 ハナはいつものコートを、メガネはかなり古ぼけた服を重ね着している。リーダーは寒さを感じないのか、薄着。背中には大きなリュックを背負っている。


「待ち合わせって、誰と?」


 しかしハナの疑問は、すぐに解決した。


「リーダー、遅れてゴメン」

「よぉメガネ、久しぶりぃ」

「お兄ちゃん達、今日こそは私達が勝つからね」

「おしっこしたぃ」


 どこからともなく現れたのは、10人くらいの子供達。ハナやリーダーよりもさらに小さい子が目立つ。


「今日も勝つからな、覚悟しておけよ」


 自信満々な表情で、子供達に向かって言い放つ。両者に共通するのは、物凄いやる気に溢れている事か。


「あの、これは……」


 事態についていけないハナは、すぐ話が通じそうなメガネに話しかける。


「これはですね。孤児達と一緒になって遊ぶことで、ぶへッ」


 いきなり、横から飛んできた白い塊がメガネの顔にぶつかった。

 飛んできた方を見ると、両目を輝かせた子供達が、雪玉を構えていた。


「先手必勝とはやるな!! オレ様隊、やつらを迎え討つぞ!」

「え?」


 驚きの声をあげる間もなく、オレ様隊と子供達の雪合戦は始まった。



 戦いは、基本的に数が多い方が勝つ。お互いの条件がイーブンであればあるほど、数は武器になる。

 相手がかなり鍛えられた精鋭部隊でも、数さえいれば押し切る事も可能だ。もちろん、被害はかなり多くなるが……。

 だからこそ、人は新たな武器を開発し、様々な策を展開し数の不利や鍛錬の差を縮めようとする。そうする事によって、被害は小さくなる。


「さすがに、はぁ……10人は多いな」

「はぁ、はぁ……こっちは3人。というか、はぁ…実際の攻めはリーダー、1人ですし」


 戦いは終わった。最初はリーダーの類まれなる体力と行動力により、数の差を意識させない戦いを繰り広げた。

 しかし、戦いは中盤に入ってから変化を見せた。敵は即席のシーソーを使った投雪器を用意していたのだ。

 ただでさえ敵はこちらの3倍以上。さらにそこに新兵器……こちらは典型的な前進攻撃型。まず結果は火を見るより明らかである。

 戦いの終盤には、リーダーが果敢にも特攻を仕掛けるも、人数と雪の弾幕に勝てずに敗れた。


「やったぁ、始めて勝てた!」

「よし。今日は頑張って作ってきて正解だったな」

「勝った……」

「ねぇ、おしっこぉ」


 あちらでは、勝者の喜びを噛みしめていた。


「それで、これはなんなの?」


 後ろで後方支援に徹していたハナは首を傾げていた。


「この街の人間は、大人も子供もみんな暗いし辛気くさい。だからオレが遊びってヤツを広めて、ちょっとでも明るくしてやろうと思ったんだよ」


 あそこで喜んでいる子供達は笑顔でいる。楽しいから、嬉しいから――それはこんな世の中だからこそ、貴重なのかもしれない。


「こうする事で、交流も深めれる。信用も得られて協力者も増える、という訳です」


 メガネがそう言うと、リーダーは軽く笑った。


「そこまで深い考えはねーけどよ……これが普通だと思う。戦争とかなかったら、こいつらだって毎日笑ってたと思う」

「……笑ってる、か」


 ハナは自分の顔を触る。確かに今は楽しい気分でいる。しかし、自分は今どんな表情をしているのか――彼女には分からなかった。


「よし、お前らそこに並べよ。1人1個ずつやるから、安心しろ」

『はーい』


 リュックの中身は色んな食べ物だ。それを取り出して子供達に配る。


「リーダーって、凄いね」


 本人には聞こえないくらいの声で呟く。


「えぇ。だからリーダーなんですよ。でも本人の前では言わない方が良いです。調子に乗りますから」


「よし、この調子で後二カ所回るぞ」


 今さっき雪合戦で体力をフルに使っていた人物のセリフとは思えない。


「……元気すぎるのも考えモノですね」


 少し肩を落としながらも、メガネも特に異論は挟まない。挟まないが……見るからに疲れている様子である。


「が、頑張って」

「ありがと……」


 午前中にもう二回も雪合戦という強行軍のおかげでメガネはもちろん、リーダーもハナも体力などがピークに達していた。

 現在は公園の基地へと戻っている。


「あー、楽しかったなぁ」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「うん。なんだか久しぶりに体を動かした気がする」


 三人は大の字――は狭くてなれないが、各々の格好で床に倒れている。


「昼からは、そうだなぁ……晩飯でも捕りに行くか」

「さすがに、またお爺さんの所じゃ気が引けますしね」

「そういや……あぁ、花売りだっけ。名前」

「うん」

「それじゃあオレは花って呼ぶ」

「それはいいけど…」


 リーダーは、その黒い瞳を輝かせながら言った。


「花は釣りってした事あるか?」

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