第18話 入隊
結果から言えば、青年は侵入者を捕らえたと言うべきである。
侵入者は屋敷の端の空き部屋に逃げ込み、青年も後を追いかけた。部屋の中には何も無い。あるのは――、
「像?」
不自然。まさにその言葉を体現したかのような像が、部屋の真ん中に立っている。
青年よりやや高く、金色の仮面に金色の布をかぶせたようなデザイン。
(どうするか)
青年は割と本気で悩んだ。侵入者は確実にこの部屋に逃げ、窓は開かれた形跡も無い。そしてあるはずの無い不自然な像。
どう考えても結論は一つしかなかった。では何故、迷ったか。それは――青年が思い描いていた侵入者と、かなり食い違いがあったからである。
「……」
青年は無言で像の足元を蹴った。
「――!」
像は予想外の攻撃にかなり揺れたが、なんとか踏ん張った。
「……五数えきる前に出て来ないと、この銃で撃つ」
「!?」
実際はなにも持ってないのだが、どうやら青年の手元が見えてないのか、かなり動揺しているようだ。
「五、四……一」
わざとらしく早めて言ってみた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
どうやら効果はあったようである。侵入者はかなり焦って出て来た――が、今度は青年が驚く番だった。
「子供?」
金色の布に隠れていたのは肩車をした少年達。下には背の高めな小さな眼鏡をかけた少年、上には小柄な黒髪の少年。
「やっぱりバレてるじゃねーか!」
「そもそも袋小路に逃げ込むハメになったのリーダーじゃないですか! あんな風にわかりやすい足音に反応して……」
見つかった瞬間に、いきなり喧嘩をしだす小さな二人組の侵入者――いや、
「なぁぅ」
侵入者二人の足元に一匹のブチの猫がふてぶてしく座っている。
「ブチに奴を追わせて、屋敷に侵入したまでは良かったんだけどな」
「やっぱり廊下にあったバケツを蹴飛ばしたのが悪かったんじゃ……」
「お前が珍しいモノを見つける度に調べてたからだろ」
ちなみに二人と一匹が屋敷に入ってきた時点で、侵入は発覚していることは秘密である。
「盛り上がってる所で悪いが……君達は、なんだい?」
「ふっ、バレちゃ仕方がねぇ。オレはこの街の平和を守る使命を背負う部隊、オレ様隊のリーダーだ!」
「えっと、隊員のメガネと言います」
「……ほぅ」
なんとも言い難い空気が、両者の間に流れこむ。
リーダーは思い知ったか、と言わんばかりの態度で、メガネは困り果てたように視線を泳がしていた。
「招かざるとは言えせっかく来たんだ。君達、お茶は嫌いかい?」
「金持ち様みたいにいつも飲まないぜ」
「ちょっ、リーダー!」
「なら、飲んでいけば良い。ここじゃなんだから、僕の部屋に行こうか」
その提案に、思わず二人は目を合わせた。てっきりすぐに追い出されるかと思っていたのだが――。
青年に案内され、自室へとやってきた二人。
部屋には既に昼飯を持ってきた少女も居て、少々気まずい雰囲気である。
「はい、リーダー」
「おぅ」
「どうぞ」
「す、すいません」
メガネは居心地が悪そうにそわそわしている。逆にリーダーは開き直ったのか、ふんぞり返るくらいの気構えだ。
「それにしても驚いた。二人とも、なんで屋敷まで?」
「えぇっと、リーダーからご説明を」
と言ってから、メガネは自分のミスに気づいた。こういう場合、リーダーに喋らせて事態が好転したり、何事も無く進んだりした事が無い。
「やっぱりボクが……」
「偵察だよ、偵察」
「偵察?」
そのものズバリ言ってしまう辺りがリーダーである。
「なんせ街の平和を守るオレ様隊だぜ。こんな所にこんな屋敷があるなんて知らなかった。よって、ここを偵察しに来た訳だ」
「それがここに来た理由かい? それと、オレ様隊って……」
「あ、はい。簡単に説明したら――」
リーダーやメガネが中心となってやっている私営の軍隊。目的は孤児の保護。大体は軍隊が来た場合に備える為の準備と、見回りだ。
ちなみに先ほどの金色の像らしき変装も、枯れ葉に化ける衣装も、なにかの役に立つであろうという思惑で、メガネが作成した。役にたっているかは、謎である。
「なるほど」
自室に戻ってからも青年はベッドの上だ。食べ終えた粥の皿はベッド傍らに置かれている。
「ハナ君」
「は、はい」
「それはそうと、この料理はどうしたんだい?」
「あ、それはリーダーに教えてもらったんです」
そのリーダーは退屈そうに部屋中を眺めていだが、自分が呼ばれたのを感じて、こちらに視線を戻した。
「なんか呼んだか?」
「いや、珍しい料理を知ってると思ってね」
「オレの国じゃ当たり前だよ……それより、そろそろオレらも見回りとか行かないといけないんだけど」
「リ、リーダー……一応ボクらはここに無断で侵入した訳だし」
出来るだけ青年には聞こえないように、そっと耳元に小声で話しかける。
(変なこと言って、軍隊か警護兵に通報されたらどうするんですか)
「大丈夫だよ。通報とかされても、そん時は走って逃げるし」
思わず頭を抱えるメガネ。しかし、実はその話全てが筒抜けだとは思わないだろう。
「あ、私食器を片付けてきます」
皿や鍋を回収して部屋から出て行く少女。残された三人。ブチは見つかった後、どこかへ行ってしまった。
「さて、そろそろ目的を聞こうか。ハナ君が帰って来る前に」
「――ハナってのが、アイツの名前なのか?」
「個を特定できれば一つの名前に意味は無い。お互いに分かる名前で呼びあってる……ただ、それを言ったらたしなめられたけどね」
「ふーん。オレやメガネにもさぁ、名前が無いんだよ」
「リーダーやメガネは名前じゃないのかい?」
「お互いそう呼んでるけどな。これはオレがつけただけ……大抵の子供は、生まれてきた時に名前がつく」
「名前が無いと呼びづらいからかい?」
「それもあるけど、一番の理由はやっぱり、そこに“ある”からだと、オレは思ってる」
ふんぞり返っていた体を元に戻した、青年と向き合うリーダー。
「そこに“ある”から、それに想いってか意味? とにかくそういうのを持たせたいから、名前をつける。ただ、誰かを識別するだけに名前があるんじゃねぇ」
「なるほど。そういう考えもあるのか……そちらのメガネ君はどう思う?」
「……確かにリーダーの言うとおり、名前には意味や想いがあってこその名前だと思います。ボクにも親がつけた名前があります。だけど、もうボクの名前をつけた人は居ません。そして、その」
言いづらそうに横を見る。が、リーダーは特に気にしてないように、後に続くメガネの言葉を言った。
「オレには名前すら無い」
「そうです。リーダーはリーダーという名前しかありません。なら、ボクもまたリーダーと同じ道を生きる者として、本来の名前を使いません」
「親がつけた名前なのにかい?」
「えぇ。ボクがその名前を使うのは、当分無いでしょう。何故なら、ボクがオレ様隊のメガネだからです」
しばらく、沈黙が支配した。青年のカップを手に取る音、ただそれだけ。
「――それが目的かい?」
「え?」
「ハナ君が、本当に君達の仲間かどうか、確かめに来たんだろ?」
「もしも、そうだとしたら、どうなるんだ」
「彼女は、ほとんど笑ったり、泣いたりをしない。どんなに苦しくても、涙の出し方が分からない。どんなに嬉しくても、なかなか笑う事が出来ない」
「……」
二人は老人の小屋での事を思い出していた。薄く笑った少女。自分達なら、もっとハッキリと笑える。しかし、少女は感情の出し方をよく分からないのだろう。
「出会った時、彼女は暴漢に襲われそうになっていたよ。腹を殴られ、衣服は破かれ――そういった事は始めてでは、ないのかもしれない」
『……』
「陽に咲く花のように、彼女は生きたがった。だから、僕は助けた――だけど」
そこで言葉をきり、青年は二人を見つめた。その瞳は、まるで宝石のように美しく、揺れている。
「僕だけでは、彼女が元あるべき姿には戻せない。勝手な願いだけどね、君達にはハナ君の友達になって欲しい」
確かにリーダーも、メガネも重たい過去をもつ。少女にもある。
では、今はどうか。二人の少年は間違いなく幸せとは行かないまでも、それなりに楽しいと答える。少女もまた答えるだろう――しかし、人として大事なモノが欠けた状態で受ける幸せや楽しさが、本当に幸福だと言えるだろうか。
「別に、オレは最初から仲間で友達だと思ってる」
「リーダー……」
「だけど頭っから信じてた訳でもねぇ。だけど……今の話聞かされて、嫌だって言えるか? 一応反対してたメガネ」
「言える訳無いですよ……はぁ、別にボクも最初からそう思ってましたけど」
「あ、ずりぃ」
「お互い様です」
もう冷めてしまった紅茶を飲みながら、メガネは笑った。
「それじゃあ、改めてよろしく」
青年は右手を差し出し、リーダーは一回“ポケット”に手を入れ、握手をした。
「よろしくな!」
妙に強く握りしめる――青年は手のひらに伝わる違和感を覚えた。
「ん?」
「それじゃ、オレ達は帰る。また明日の朝に迎えに来るって言っておいてくれ」
「お茶、ありがとうございました」
まるで風のように去っていく二人の少年。そして、右手に残ったのは――妙に臭い木の実だ。ヌルっとしていて、人によっては不快感を得るだろう。
「やられた、とでも言うべきなのかな」
青年は少し嬉しそうに呟いた。
◇ ◇ ◇
「なんとなく悔しいから、仕返ししてやったぜ」
「なにをやったんです?」
「銀杏っていう、くっせー木の実を握り潰してやった」
どことなくリーダーから距離をとるメガネ。
「それって、リーダーの手にも残ってますよね」
「肉を切らせて骨を絶つ作戦だ」
「手洗うまで触らないで下さ――うわ、ボクの服に擦り付けないで下さいよ!」
「それじゃあ、今日も見回りに行くぞ」
「ちょっと、待って下さいよ!」
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