第16話 潜入任務
「う、うぅ」
少女らが通された老人の小屋は、川からそんなに離れていない場所にあった。
小屋は小屋なのだが、丸太や材木によって丁寧に作られているせいか見た目以上に立派に見える。
「うぅ、う……」
部屋の中にはテーブルや棚、ベッド、壁には何かの風景画など、一通りの家具はある。だが床には空の酒瓶、テーブルには汚れた皿とカップ、ベッドのシーツは擦り切れているーーなど、とにかく生活感は溢れている。
「うぅぅッ」
「ジジイ、さっきから何笑ってんだ」
「バカもん、泣いてるんじゃ!!」
一気に中身を飲み干した酒瓶をドンッ、とテーブルに置く。しかし多少頬に朱が入る程度で、あまり酔っているようには見えない。
「母を亡くし、一人孤独に生きる……しかも襲いかかる暴力に耐える。不憫じゃ!」
いや、酔っているのかもしれない。涙を大量に流しながら、近くにあった布切れで顔を拭く老人。
「はぁ。そんな事言ったらボクやリーダーだって親無しですけど」
「バカもん。女が身を綺麗に保ちながら生きるのは、かなり難しいもんじゃぞ」
「どういう意味だ?」
「それはな……」
「それはそれとして……貴女のこれまでの境遇はわかりました」
テーブルには四人が席を並べ、部屋の奥にリーダーと老人。手前にメガネと少女が座っている。
「それで、今はどうなさっているんです?」
「今は……たまに先生の屋敷にお世話になってる」
生きるという誰もが当たり前に過ごすことさえ、当時の少女には重みにも感じていた。あの日、青年が助けに来てくれなければ……彼女はただ生きているだけの人形になっていたかもしれない。
「それがさっき話に出てきた“先生”って奴か。どんな奴なんだ?」
「えっと。優しくて、なんでも知ってて──」
──寂しい眼をしている、と続けようとして、一つ思い当たった。
(最近、あまり見てない……?)
出会った時はあれだけ気になったのだが、いつしかあの表情は見ることが無くなったのだ。
「そんなんじゃなくてさぁ。元騎士とかですっごい強いとか、熊と一騎打ちして勝ったとか……」
「その強さの定義はなんですか」
呆れたように返しつつ、メガネはさらに続けた。
「つまり貴女は今、その先生という代理保護者の方と一緒に暮らしているんですね」
「普段は橋に帰ってるけど」
「……それなら、やはりボクとしては、」
「あっ!!」
突然声をあげたのは少女だった。いきなりの事だったので、その場に居る皆が驚いたような顔をしている。
「な、なんです?」
「今何時だっけ」
服の胸元に手を入れ、それを取り出す少女。
その行動に面食らいながらも、少女が手にしていたモノにメガネは気付いた。
「あッ!! それは、も、もしかして懐中時計ですか!?」
「どうしたんじゃ小僧。いきなり鼻息荒くしおって」
「こいつ珍しいもん見るとすぐ興奮するからなぁ」
「懐中時計ってのは、時間を正確に計れる凄く精密な機械なんですよ。あまりにも精密な作業を要求されるから、職人の数はあまり居ません。だからこれを持っているのはもっぱら貴族や富豪であって──」
「あぁもう分かった。すげー機械ってのは分かったから」
「もうお昼だ……帰らないと」
「なんでじゃ? そろそろ飯も用意しようかと」
残念そうに老人が空になった二本目の酒瓶を置いた。
「ごめんなさい。でも今日は先生が風邪をひいてて……お昼の用意しないと。あ、でもまだ何にするか決めてないや」
「しょうがないですね。まぁ結論はまた今度――ってリーダー?」
リーダーは何かを考えているような仕草をしている。例えるなら“考える人”みたいな格好である。
「いや、なんでも無い」
「ん?」
長い付き合いだからこそ分かる事だが、なんだかいつものリーダーらしくないと、メガネは感じていた。
「それより、その先生って病人なんだよな」
「そうだよ……けど、まだ簡単な料理しか知らないから、どんなのがいいか分からなくて」
肉はいいのか、野菜なら食べられるか、それともパンとミルクだけか――単純で簡単なモノしか知らない彼女は、食材の知識が無く選択ができない。
「それならいいの知ってるぜ」
「本当!?」
「へへっ……オレの故郷の料理なんだけどな、けっこう簡単だから覚えてるんだ。材料は爺さんの所からパクればいいし」
「お前は本人が居る目の前で、サラっと言うんじゃな」
リーダーの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる老人。どことなく楽しげだ。
「まぁ、可愛い嬢ちゃんの頼みなら構わんがな。はっはっはっ」
「で、作り方は――こうやって」
「確かに簡単だ。私でも出来そうだよ」
「それなら病人でも食えるし、故郷じゃみんな風邪ひいたら食ってるんだ」
「ふーん……ありがとう、リーダー」
少女自身、無表情のつもりだったのだが。無自覚に、そして数年ぶりに――とても薄くだが――微笑んだ。
だが、普段は無表情で、顔にも感情が出てこない少女の微笑みは……かなり意表をついた攻撃だ。
「お、おぅ」
思いも寄らないその表情に、あまりそういった事に鈍感なリーダーでもたじろいだ。
「なに赤くなっとるんじゃ」
「な、なんでもねーよ」
「それじゃ、また昼過ぎに基地に行ってるね」
老人から材料を受け取り、少女は街の方へと走っていった。
「ごほんっ」
小さな後ろ姿が見えなくなり、小屋に戻った三人。と、ここでリーダーがわざとらしい咳払いをした。
「オレ様隊のリーダーとして隊員達に命じる」
テーブルにあがり、気に入っているのか仁王立ちを決めるリーダー。
「やっぱり。何か思いついたんですね?」
メガネは興味深そうに笑う。
「おぅ。今からな、さっきの……えっと」
何かを言いたげなのだが、喉に引っかかったような言葉を詰まらす。それが一分くらい続き、
「――名前聞いてなかったな」
そこに行き当たった。
メガネはそれに苦笑した。
「名前なんて、ボクらにはあって無いモノですよ」
「まぁいいか。とにかく! さっきの女隊員のアジトに潜入するぞ!」
その命令にメガネは頷き、老人は呆れたように肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
「まずしっかり水で洗って……っと」
屋敷に戻った彼女は、真っ先に台所へと向かった。貰ってきた材料、それは“お米”だ。リーダーは東方にある島国の一つに住んでいたという。こちらでは主食がパンだが、あちらでは米を主食としているらしい。
「水は手のひらが浸かるくらいより多めに……」
今から作るのはお米を使った料理の中でも簡単、かつ病人食として有名な“粥”である。あっさりとしていて、体も温まる。また肉や魚などにもよく合うので、多種多様に変化をつけれる料理。
「炊けたら、鍋に水を入れて……」
簡単と言えど、パンを主に食べる少女らが飯を炊いたことなどあるはずもなく――また、一度聞いただけの知識では成功も難しい。
「た、炊けてもすぐに開けずに蒸らすんだっけ」
それでもなんとかなったのは、ひとえに彼女の料理に対する想いだろうか。
「わ。煮てたらドロドロになった」
鍋と食器、そして塩と蒸かしたイモを御盆に乗せ、いざ青年の元に。
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