第15話 少年と犬と老人


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「なんでお前がバテてんだ」

「大丈夫?」


 街の西には低めの山があり、東には広大な草原と平野、北は高めの山と森がある。

 そして南側。ここにも林や草原が広がるが、それよりもまず誰しもが“川”に目がいくだろう。

 街を囲むように流れている川は、北の山の地下水が流れてきたモノを引き込んで造られている。この南の川は街を建造する時、流れてきた地下水を逃がすのに造った人口河川だ。それなりに幅も広く、大人の足で半日下っていけば海にたどり着くだろう。それほど長い距離を、まだ道具も機械も未発達だった時代からやってのけたのだから、先代達の凄さが垣間見れる。

 現在、その川を下っている所だ。


「なんで川なの?」


 見回りというから街の中だろうと、少女は思っていた。


「それ、はですね……はぁ、はぁ」

「ちょっとした知り合いがいるんだよ」


 またしばらく川沿いを歩いていたのだが、突然リーダーが声をあげた。


「おぉぉーーーーーーい!!」

「ッ!?」


 驚きのあまり思わず尻餅をついてしまった少女。


「うぉぉぉん!」


 何やら聞き覚えのある遠吠えが聞こえたと思ったその瞬間、またもや突然の出来事が起きた。

 林の中から出てきたのは一匹の大柄な灰色の犬。どう猛さと凶暴さの象徴とも言うべきその牙を見ると、少女はこの間の嫌な記憶を思い出していた。


「犬……」


 つい最近、種類は違うとはいえ犬によって命の危険にさらされた後だ。彼女でなくとも警戒はするし、身も竦むだろう。


「大丈夫ですよ。この犬は噛んだり襲ったりしてきません――僕も最初は腰を抜かしましたが」

「よしよし。あのクソ爺ちゃんは生きてるか?」

「だぁれがダンディなジジイじゃ」


 一瞬、犬が喋ったのかと思った。そのくらい野太い声は犬の印象にあっていた……実際は背後からのっそりと出てきた老人が発したモノだろう。


「誰も言ってねーって。それで、なんか異常あったか?」

「ったく、相も変わらず生意気なクソガキじゃのー」


 身の丈と横幅は、リーダーの三倍はありそうなくらい大柄――実際はそれよりも小さい――な上に、その迫力のある声。髪と髭は白くなっている上に老人ではあるが、下手な若者よりも生気に溢れている印象だ。


「この人は、この辺りで猟師をやっている方です。あ、いつもお世話になってます」


「おうメガネ小僧か。お前は礼儀を弁えているがな、どうにもひょろくていかん。もっと鍛えろよ」

「はい、まぁそれは順次考えて……」

「ところで小僧達」


 老人はしゃがみ込み、二人を呼び寄せた。


「なんだよジジイ」

「さっきから居るあの娘は、お前らどっちかの……コレか?」


 ニヤニヤしながら小指をたてる。


「な、ななななにを言ってるんですか!」

「おいメガネ。小指ってどういう意味なんだ?」

「いや、そのですね――とにかく、そんなんじゃないですよ! 彼女はその、」

「今日入ったオレ様隊の新しいメンバーだ」

「よ、よろしくお願いします」


 とりあえず会話に入れないでいた少女だが、紹介があったので挨拶をする。


「がっはっはっ。こちらこそよろしくな、お嬢ちゃん。儂の事はジジイでもなんでも好きに呼ぶがいいさ」

「それじゃ……お爺ちゃん?」

「……」

「ん? どうしたんだよジジイ」

「いや、なんでも無い。それよりもお前ら、飯は食ったか?」


 時刻で言えば現在十一時。昼まで後少し。


「どうせ、それを目的で来たんじゃろ?」

「まーな。ジジイの所なら気兼ねなく食べれるし」

「リーダー! よくタダで食べさせて貰ってるんだから、そんな偉そうに……というより、今日はそれが目的なんですか!? てっきり見回りだけだと思ってたのに」

「ついでにガキの分も貰っていけばいいだろ」

「だからなんで貰う事前提で――」

「いいさメガネ小僧。食料なら多めに余ってるんだ。儂一人で食うよりは、腹空かせとる子供に食わせた方が嬉しいにきまっとる」

「ほらな?」

「全く……いつもすいません」


 少女は、彼らのやりとりを見て聞いていた――それはまるで家族のような団らんで、暖かな空間。青年と接している時とは違う意味での、幸福さ。


「……」

「おい、嬢ちゃん。どうした?」

「さっきから黙ってる所みると……ズバリ、トイレに行きた――」

「ってリーダー! そんな事をハッキリ言わないで下さいよ!」

「その辺ですればいいじゃんか。そこの川でも」

「だーかーらー」

「ゴメンね。なんでも無いの」


 ちょっとだけ羨ましくなった。もしも自分に他にも血の繋がった家族が居れば、こんな雰囲気に囲まれた生活だったろうかと想像した。

 でもそれは逃げであり、今の自分の境遇は如何ほどにも変わらない。それに今も幸福なのだ。青年も居れば、今日出会ったばかりの彼らも居る。


「ただ私、同じ年くらいの知り合いとかって居ないから」

「知り合いじゃねーだろ」


 彼女の近くへ寄ってきたリーダーは、右手を差し出した。


「友達だ」

「リーダー……」

「仲間であり、同志であり、友達であり、家族である! これがオレ様隊の合い言葉だ!!」

「ちょっとリーダー。ボクは知らないですよ、そんな合い言葉」

「今考えた」

「はぁ……リーダーって、ことごとくボクの考えから外れた事してくれますよね」


 困った顔で頭をかきながらも、どこか分かりきっていたという風な言いぐさだ。


「じゃー友達と言うなら、もうここではっきりさせましょう」

「なにを?」


 メガネは少女と向き合い、その眼はしっかりと少女の瞳をみている。


「ボクもリーダーも素性は大体ハッキリ分かってます。ボクはこの街の生まれで、二年前に孤児になりました。質素ながらも家はありますが、あまり周囲の家に知られたく無いので帰ってません」


 それなりに付き合いがあるが、もしかしたら通報されるかもしれない。そうなれば彼は軍隊に連れて行かれ、その家には礼金が払われる。このご時世、少々の金を得る為に他人を売ることは、そんなに珍しい事では無くなった。


「貴女の格好……孤児にしては綺麗すぎます」


 服装そのものは簡素かつ地味なのだが、その清潔感と布生地の上等さは確かに彼らのような孤児には居ない。


「素性をハッキリさせないと、ボクは仲間とも友達とも認めません」


 老人もリーダーもお互いに肩をすくめた。


「オレはどーでもいいけどな」

「女の口説き文句としたら全然じゃな」

「二人とも黙ってて――」

「わかった」


 少女もまた、緊張の為か表情を少し引き締めた。


「友達と言ってもらえたの初めてだから……ちゃんと全部話す」

「ま、立ち話もなんだし儂の小屋でするかの」


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