第14話 少年らとの出会い


 外は雲ひとつ無い晴天。少し積もった雪も昼には半分が溶けてしまうかもしれない。

 そんな天気だが、この山の斜面を利用して建てられた屋敷――屋上から街のすべてが見渡せる――ではさほど関係が無かった。

 それというのも、雪山での一件から数日。疲労困憊だった少女は、最初こそ寝たきりだったが、今では順調に回復している――のだが、


「はい」

「いや、すまない」


 苦そうな色をした粉薬を口の中に入れ、受け取った白湯で流し込む。顔からはあまり苦そうな感じはしないが。


「かなり苦いよ」


 やはり苦いらしい。

 屋敷の二階にある青年の私室。そこには、同じくあの一件で疲労困憊になった青年がベッドで寝込んでいた。

 理由はシンプルにして、この時期なら当然と言うべきか――青年は、風邪をひいたのだ。


「けほッ――あぁ、もういいよ。花売り君にうつしたら申し訳ないからね。悪いけど――けほッ、けほッ!」

「はい、今日はお休みですね」

「すまない」

「それじゃ、お昼になったらご飯持ってきますね」


 白湯の入っていた器を受け取り、部屋から出ていく少女。

 器を片付け、首にさげられている時計を見る。昼までかなり時間があるようだ。


「お昼、何がいいかな……作れるの少ないけど」


 基本的に元からある程度食べれるモノを切って、焼いて、温めて、煮てなどの作業だけで出来る料理しか知らない。

 例えば焼いたパン(既製品)、目玉焼き、塩味のトマトスープ(缶詰使用)、野菜サラダなど――本当に簡単なモノしか出来ない。シチューといった手間の掛かる料理はまだ教えられていない。


「風邪にいい料理ってなんだろう……」


 まだ拙い料理の腕前と知識。目的にあった料理を作るといった事は出来るはずも無い。


「……街に出て見ようかな」


 どちらにしてもあまり食材は残ってないので、買い出しに行かなければならない。


「歩きながらなら……何か思い付くかな?」


◇ ◇ ◇


「何も思い付かないや」


 中央公園のベンチに座り込み悩む少女。

 ここは街の中心部にある緑化公園。といっても、あまり手入れがされてない。一番の理由は戦争だ。あがる税金に増える難民。治安の悪化などで街の財政もかなり厳しいのだ。こういった公園など公共の施設で重要さが無いモノは真っ先に切り捨てられる。


「もったいな。春になったら綺麗な花も咲くのに」


 見渡す限りには利用している人も居ない。これは戦争云々よりも雪が原因だろう。いくら晴れていても寒いモノは寒い。わざわざ好き好んで寒空の下、公園に来る者なんて皆無だろう――否、少なくともここに一人。


「はぁ……どうしよ」


 溜息をついていると――視界の端に何かを捕えた。小柄な影が三つ、茂みに入って行くのを。


「……?」


 後を追いかけるように茂みに入っていく。

 そんなに広い公園ではないが、少女のような子供にとっては密林のようにも感じられる。


「そこまでは酷くないけど……」


 木々を掻き分け、視界が開けた場所に着いた。周りには幾重にも木が重なりあい、外からでは確認できないだろう。そんな少し狭めの広場の真ん中。そこに奇妙なモノがあった。

 廃材とベニヤ板で組み合わされた壁と屋根。赤いペンキで模様が描かれ、派手さだけが取柄のような建物だ。


「家?」


 橋の下で少女が作った家に似ている。しかしこちらの方が立派で、しっかりとしていて――インパクトも上だろう。


「でも、なんでこんな所に……」


 そんな調子で建物を眺めていると……突如、高笑いが響き渡った。


『ふはははははッ!』

「!?」


 木々に反響し、まるであらゆる場所から笑い声が聞こえて来るようだ。


『ははははは――ッ。オレの姿がわからないか? なら恐怖におののくがいい!』


 どこから聞こえてくるかわからない。そんな状態に陥れば、誰でも冷静さを失ってしまうだろう――が、


「そこで何をしてるの?」

「へっ?」


 

 建物の屋上に奇妙な物体が仁王立ちしていた。枯れ葉を全身にまぶしたような姿だが……誰がどうみても人間だ。これでは恐怖どころか驚かすくらいにしかならない。


「お、おい! お前の作った木の葉隠れ、バレてるぞ」


 なぜか足下に向かって文句を叫ぶ落ち葉。声と身長からいって小柄な人か――もしくは子供か。


「リーダー、何度説明したらわかるんです!? それは地面に落ちてる枯れ葉に混じって――」


と、言いながら建物から出てきたのは、少女から見たら背の高めな少年。短めで癖のある髪に小さな眼鏡が印象的。


「うるせー! 男は細かい事なんか覚えないんだよ!!」


 例の枯れ葉――がついた服――を脱ぎながら降りてきたのも少年。こちらは少女と同じくらいの背で、この辺りでは珍しい黒髪と目付きの悪い顔、時折見える八重歯が印象に残る。


「なぅぅ」

「あれ?」


 いつの間にか足下に一匹の猫が寄り添ってきた。茶色い毛に濃い茶色が混ざったブチ模様。


「あ、ブチ。勝手に出てくるなよ」


「ったく。まぁバレたもんはしょうがねぇ……おい女! 心して聞きやがれ!」

「……」


 黒髪の少年は再び建物に登り、仁王立ちになった。


「西から東へ、北から南へ。今日もオレらの名が轟く! 泣く子も黙り、悪党どもは――えっと、悪党どもは――」

「名を聞けば逃げ出す」

 隣にいた眼鏡の少年が、半分呆れたような口調で囁く。

「そう! 名を聞けば逃げ出す! 人呼んで、『オレ様隊』だぁ!」


 どどんッ!


「もっとマシな名前つけましょうよ、リーダー」

「うるせぇメガネ!」

「なぅ」


 猫が「これ以上付き合ってやれるか」とでも言わんばかりの顔をしながら、建物の中へ入っていった。


「えっと……初めまして」

「あ、どうもご丁寧にすいません」

「オレの名乗りを無視するんじゃねー!」


◇ ◇ ◇



「はい、どうぞ。ただの水ですが」

「あ、どうも……」


 とりあえず中へと通された彼女は、最初に当然の質問をしてみた。


「それで、さっきはなんであんな事を?」

「あぁ、リーダーの隠れ蓑作戦ですか……その前に、ボク達の事を少し話さないといけませんね」


 ちなみにリーダーは外で見張りをしているらしい。というより、最後まで彼女が建物内に入るのを渋っていたせいだろう。


「気分を悪くされたらすいません」


 ペコリと頭をさげる。年は少女より少し上なのだが、少年にしてはかなり落ち着いた物腰だ。


「ボクらはお互い経緯は違いますが、孤児です。親が居ない子供がどうなるか、知ってます?」

「確か……孤児院に無理矢理連れて行かれるって」

「えぇ。ですが、それはこの国がまともに機能していれば……の話です」

「え?」

「最近では見掛けませんが、数か月前までこの国の軍隊がそれをやっていたんです」

「なんで?」

「軍隊がわざわざ孤児を集める理由。それは、戦争の手伝いをさせてるからです」

「……」

「十五歳に近い子供はそのまま前線へ。まだ若い子供は病院や炊出しの手伝いならまだ良い方です。地雷の撤去や、工場での強制労働を強いられ――その結果死んでも、共同墓地と名付けられたゴミ捨て場のような穴に投げ込まれる」


「ひどい……」

「リーダーは、実はその強制収容所から逃げてきたんです。ボクもリーダーからその話を聞くまで、ほとんど知らなかった事です」

「そう、なんだ」


 生意気で明るい、元気そうな少年だが――その裏にどれだけの過去を背負っているのか。リーダーだけでは無い。メガネも、そして少女も――皆、なにかを背負っている。


「数か月の回収が行われてから、この街には孤児がほとんどいません。だけど、もしまたやってきたら……強制収容所に連れて行かれます。だからリーダーは、できるだけ軍隊から孤児を助かけようと、こんな私設軍隊……とでも言うようなモノを作ったんです。まぁ、孤児達に隠れる場所を作ったり、もしも軍隊が来たら知らせるって事しか出来ませんが」


 弱々しく微笑むが、彼らは戦争というモノの中で必死に抗って生きている。それはかなり立派な事であり、逞しい。


(あ、そっか)


 今の話を聞いて、思い出した。前に出会ったばかりの、青年との会話で、 


『この国の法律では、孤児は強制的に孤児院へと連れて行かれる』


 青年は知っていたのだ。強制収容所の事も――だから、こんな提案をした。

 そう思うと、彼女の中で何かが込み上げてきた。それがなんなのか――まだ彼女には分からなかった。


「できれば、この話は秘密にしてください。あまり表立って噂になると、また軍隊が動くかもしれません」

「はい……」


 あまりにも近すぎると、人はそれに目がいかない。近すぎると日常に隠れてしまうのだ。

飢えも、貧困も、戦争もーーすべて日常になってしまい、深く考える事を放棄していた。


(それに、先生の所に行くようになってから――)


 近すぎる日常は、遠い記憶となっていた。昔の自分からは想像できない、幸福な生活はーーただでさえ意識してなかった戦争という存在を十二分に忘れさせてくれた。


(それは悪いことじゃない。けど……)


 知ってしまった。戦争という病に立ち向かう彼らを。なら、彼女のとる行動はただひとつしかない。


「今日は驚かせてすいませんでした。もうすぐ見回りに行くので、それでは――」

「あの!」

「はい?」

「私にも、手伝わさせて。あなた達の仕事」


 今まで彼女は自分から決めた事はほとんど無かった。

 母の為だと、生きる言い訳をしていた。青年が提案してくれたから、今の生活がある。なにもせず、流れるままそこにある葉のような生き方。


「と、言われても……」

「いいぞ」


 いつの間にか出入り口の所に、やはり仁王立ちをしていたのは、


「ちょっとリーダー」


 メガネは彼の肩を押し外へ追い出す。


「いいって――彼女は恐らく家持ちですよ?」


 中の少女には聞こえないくらいの声で耳打ちする。

 ちなみに家持ちとは、その名前通り帰る家のある子供を指す。少女の服装は質素とはいえ小綺麗。


「貴族の子かもしれませんよ?」


 半端な説明でもして興味をもたれては、またここに来るかもしれない。だからこそ、はっきり説明をしたのだが――、


「いいじゃねーか、やりたい言ってるし。本当に貴族のボンボンだったら適当に理由つけて帰らせたらいいだろ」

「……たまにリーダーってまともな事を言いますよね」

「オレ様隊式必殺技!」

「痛痛痛痛い痛いってリーダー! その拳でこめかみグリグリするのやめっ、痛ッ!!」

「何やってるの?」


 いつまでも帰って来ないので、様子を見に来た少女は不思議そうな顔で二人を眺める。


「なんでもねーよ。……それより入るんだったらオレ達のやる事をキチンと見ておけよな。それと、オレを呼ぶ時はリーダーと呼べ!」

「はい、リーダー」

「よし」


 満足そうに頷くリーダー、それを横目で見ながら溜息をつくメガネ。


「それでなにをすればいいの?」

「言ったろ。まずは見回りだ」

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