第8話 危機



「ハナ君」


 後ろで震えている少女に小声で話しかけた。


「せ、先生」

「すまないが、先に地図の場所へと行っててくれないか」


 男からは見えないように折り畳んだ地図を手渡す。

 思わず受け取ってしまうが、少女は困惑する。


「無理です……」

「ハナ君ならできる。いいかい? 合図したら向かって左の森の中へと逃げるんだ。右にはまだ、気配を感じる…」

「先生は?」

「足留めしたら、すぐに追い掛ける……さぁ」


 もう手を延ばせば届く所まで、男は迫っていた。


「気付かないとでも思ったか? なんの相談をしている」

「さぁな」

「生意気な――」


 男の目には、突然目の前が真っ暗になったように写っただろう。青年は単純に男の目の前でしゃがみ、


「行け!」

 

 合図と共にコートを頭目掛けて投げたのだ。さらにバランスを一瞬だけ崩した隙に、コートが巻き付いている頭に回し蹴りを喰わし、続いてみぞおちに膝蹴りを叩き込んだ。


「がァ!?」


 男にはまだ何が起こったか、把握しきれてない。油断はなかった。ただ、青年の動きが桁外れに速かった。

 

「オンッ」

「ッ!」

 

 軍用犬が与えられている命令を即座に実行に移す。逃げる少女に向かって行動をしようとした――が、前足に飛来してきた何かを喰らい、その場に倒れこんだ。

 

「キャンッ!?」

 

 自身の血で、雪が赤く染まる。前足の一本は、綺麗に切断されたように無くなっていた。


「しまった…」

 

 青年も即座に攻撃出来たのはその一匹だけ。

 続いて攻撃したが、木を盾にして上手く逃げられた。いや、獲物を追い掛けたのだ。

 

「くッ!」


 横から飛んできた三匹目の軍用犬――どうやら、伏せてあった犬に、隠れていた仲間が新たに命令したのだろう――を寸前の所で躱す。


「よくもまぁ、やってくれたな」

 

 コートを投げ捨てながら、男は腰からナイフを取り出した。

 

「よく鍛えてあるんだな」

「どうやらお前も、ただの街人って訳でも無さそうだな」


 森の奥からさらに、二匹の軍用犬が姿を現す。三匹と、目の前にいる男に、隠れて犬を操る奴――これだけの敵を相手にしなければならない。

 

(力はそう使えない。だが花売り君に一匹迫っているか――)


 青年の顔は、やはり見た目にはなにも変化は無い。


 しかし、彼から漂う緊迫した雰囲気だけが――どれだけの状況かを示している。


「せめて、無事で……」

「かかれ!!」


 青年に対し、犬達が一斉に襲いかかった。


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