第6話 ある授業の日
それはいつもの授業をしていた時だった。
「この国に限らず、世界統一の常識として“時間”というモノがあるのは知ってるかい?」
「時間……朝とか、昼とか、ですか?」
「そうだね。でも、もっと詳しく時間を表してるのがこの“時計”と言われる機械だ」
青年はポケットから丸く平らで、手の平サイズの物を取り出した。
「これが時計。ほら、長い針と短い針がそれぞれ数字を指してる。今の時間を表してるんだ」
「……今の時間はどうなんですか?」
「長い針が“2”、短い針が“4”。つまり2時20分って読むんだ」
「なんで、“4”なのに20って読むんです?」
「1日は24時間。1時間は60分って単位にわかれる。時計もそれに基づいて作られてるから、60にわけた場合、“4”の位置は20になる」
「これ、考えた人凄いですね……。このたくさんある、特にこのよく動いている小さい針はなんですか?」
「これは秒。1分を60にわけた単位。だけど1秒なんてすぐだから、忙しく回ってるんだよ」
「なんだか、不公平ですね」
規則正しく動く針。ひとつ、ひとつの大小の歯車が寸分違わない動きをして、それが狂う事なく動くことで安定が得られる。
「そうだね。でも、これは摂理みたいなモノ。動かなくなったら、すべてが止まるからね…」
「そう、なんですか?」
意味ありげに顔の表情を柔らかくした青年は、時計を眺めながら少女にこう言った。
「あぁ。人も、動物も、ハナ君も……自然の摂理の中で生きてるんだ。だから、無理にそれから外れようとすれば、逆に大変な事になってしまう」
「……私って、自分のことちょっと変だと思ったけど、先生も変わってますよね」
「何故だい?」
「本当なら、機械にある機能ひとつに、不公平って……おかしいですよ? 意識なんてあるはずが無いのに」
「……確かに少しおかしいかもしれない。けど、もしかしたら意識もあるかもしれない」
「え?」
「ただそれを苦痛だと思うか、当たり前だと思うかは見た人の自由だよ」
「……」
「モノは大切にしていると、いつか答えてくれる」
「それ、この前読んだ童話じゃないですか?」
どこにでもある、教訓を含んだおとぎ話。
その話は、職人が死を迎える時まで仕事道具を大切に使った。
最後はそれを受け継いで大切に使っていた息子と、使わなかった息子の末路が描かれ、大切にされた道具は恩を返し、されなかった道具は復讐をした……そんなどこにでもある話。
「ハナ君は、これがただの空想だと思うかい?」
「違うんですか?」
「人だって恩を感じれば、それぞれの主観で返してくれる……返してくれないのも含めてね。物だって、奥を感じたら……何か返してくれるかもね」
「先生って」
「なんだい?」
「よく夢見がちって言われません?」
「あまり経験は無いね。話が逸れたね。次は曜日と月の名前を――」
◇ ◇ ◇
「――という事なんだ」
「はい……ん」
思わず出てきた涙を拭う。
「おや、もうこんな時間か」
時計は長針が“4”を、短針が“12”を指していた。
「さすがに疲れたようだね」
「すいません……」
「いいよ。ここまでよく出来たね。それじゃ、今日やった時間の名前をよく復習をするんだよ。明日は地図の見方を教えるから」
「はい」
「じゃあ今日はここまで。晩ご飯の用意をしようか」
「はい」
ぐるぅ――。
「あ……」
「ハナ君のお腹の時計はちょっと早いみたいだ」
「うぅ……」
柔らかな表情になった青年は、ハナの頭を撫でる。
「今日は手伝いはいるかい?」
「いえ…たまにはⅠ人で頑張ってみます」
「そうか、楽しみにしてるよ」
彼女は――自分では気付いていないが、その表情はやんわりと微笑んでいた。
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます