第5話 共同生活


 こうして、少女と青年の奇妙な関係は始まった。

 橋の下の家で少女は新しく貰った(ほぼ先生に押し付けられた)毛布の中で朝を迎える。


「おはよう、お母さん」


 屋敷に行く前に、溜めた水で髪型を確認。少し濡らして整えた。


 次に森の中にある秘密の場所にやってきた。陽当たりが良いので花が育ち易いので、よく利用している。

 この日は、冬でも咲くスノードロップという花を摘んだ。ただ、もう少し寒くなれば雪が降る。そうなれば、花も育たなくなってしまう。


「どうしよ」


 さすがに花の専門知識は無い彼女。


「……後で先生に聞いてみよ」


 屋敷へとやってきた彼女はまず、庭にある小屋にいる鶏に挨拶をしに行く。


「元気にしてた?」

「ケェー!」


 この屋敷には、鶏小屋の他に畑などがある。毎朝ここで朝ご飯の食材を拾っていく。


「あっ、卵1個あった…貰っていくね」

「コココ……ケェー!」


 まるで意思の疎通が出来てるかのような会話である。


 ちなみに彼女は料理らしい料理をした事が無い。なので――、


「包丁は、こうやって使うんだよ?」

「はい」

「間違っても、さっきみたいに逆手で持っていけない」

「はい……」


 随時、青年による特別授業が行われる。

 昼まで少女は授業をうける。と、言いながらも主な内容は『読み書き』だ。


「えっと……あれ?」

「ほら、脇に力が入り過ぎてるよ……」

「ひゃっ!」

「ん?」

「いや、なんでもないです……」

 

 この日、彼女は自分が脇に弱いことを7回知った。

 そして昼前になったらご飯の用意。とはいえ、まだ朝の事があるので先生の付きっきりだ。


「包丁は片手で、もう一方の手で添えて切るのが基本」

「はい」

「間違っても、両手で持って振り下ろしてはダメだからね」

「はい……」


 とりあえずみじん切りまでは覚える事ができた少女であった。


 ちなみに朝は焼いたパン、野菜サラダに紅茶。昼はパンに野菜と塩漬けのハム、半分にした目玉焼きを挟んだ物とスープ。どれも先生に教わりながらだが――少女は料理が楽しいと感じる様になる。


 そして昼すぎ――、


「わぁ……」

「ここが屋敷の屋上だよ」

「凄い、ガラスだ」


 屋上にある平地部分に建てられたガラスの小屋。

 彼女が驚くのも無理は無い。ガラスは基本的に窓か器か…それで家のような小屋を作るなんて発想は、この国でもかなり奇異である。


「前の貴族か何かが作ったらしいけど……どんな目的で作ったんだろうと思って調べたら、面白いことがわかったよ」

「なんですか?」


 少女が首を傾げて聞くと、青年はこう答えた。


「この小屋はガラスで出来てるから、太陽の熱を集めやすい。内部は冬でも気温が高くなる。夜は小屋にシートをかけて熱を出来てるだけ逃さないようにしてやれば……」

「冬でも、春のような花が咲きます?」

「可能だろうね」

「……」

「初めて見たよ」


 少し意外そうな青年の顔に、彼女は思わず聞き返す。


「え?」

「ハナ君の顔が、嬉しそうなの」

「そう、なんですか?」


 自分では分からない――という風に顔を触っているハナを、青年はどういう気持ちで見ているのだろうか。


「あぁ……それじゃあ、昼からは土を運ぶかな。そんなに広くは無いけど、それなりに骨がおれそうだ」

「は、はい」


  ◇ ◇ ◇



「あれ――?」

 

 まぶたをこすりながら、ハナは自分がベッドに寝ている事に気付く。


「……夜?」


 窓の外はすっかり日が暮れている。月だけが、ぼんやりと光を放ち――しばらく彼女はそれを眺めていた。


「そういえば、終わった後…」


 ハナには土入れが終わった直後からの意識が無い。

 当然と言えば当然である。普段激しく動いたことが無く、今日は張り切ってしまった……緊張が途切れた瞬間に意識が飛んでしまったのだ。


「家に帰らないと――?」


 ふと、違和感に気付いた。

 自分の横になにかある――いや、あった。


「先生……」


 ベッドの隣には青年が寝ており、整った顔が月に照らされ……どこか神秘的な雰囲気がする。

 よく見れば、ここは青年の部屋だ。最初に少女が寝ていた部屋は1階にあり、ここは2階だ。もしかしたら、


「先生も疲れたのかな……」


 服も昼のままで上着だけ脱いでいる。


「……おやすみ、先生」


 そう呟き、少しだけ青年に寄り添うように――少女は再び眠りについた。

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