第3話 出会い


「あれ……もう、朝?」


 朝日は大地に満遍なく降り注ぎ、川に光が反射して、まるで宝石のような輝きだ。


「今日も頑張らなくちゃ……」


 母親が半年前に亡くなってから、少女は1人で生きてきた。

 元々望まれて孕んでいたわけでは無い……が、母親は亡くなるその日まで、彼女を愛していた。

 それだけが今の彼女が生きる理由。愛してくれたこの命を無駄にしない……そう誓った。


「花はどうですか……?」


 いつもの場所に立って、いつもの台車に積んだ花を売る。花と言っても、まともに花だけを売るのでは誰も買わない。

 取り扱うのは花以外に、ケシの花や薬草になる植物など。これにより多少は売れるのである。

 全ては母親に教わった知識である。


「ありがとうございました」


 今日はこれで3つ目。いつもより売れ、少女は思わず――しかし外から見た表情は変わらないが――微笑む。


「おうおう、嬢ちゃん。こんなトコでナニしてんの?」

「兄貴、このガキここで商売してるみたいだぜ」


 たとえ、小さな幸せであっても長くは続かない。こうやって難癖をつけてくる大人はいままでごまんと居た。 歯向かえば殴られ、蹴られ、花を踏みにじられ――最悪、犯されそうになる。


「どうもすいませんでした。2度とここではやりませんので……」


 台車を押しながら逃げようとした――だが、その前を大柄な方の男が遮った。


「嬢ちゃん。別に俺達は怒ってる訳じゃねーんだよ。俺達も最近この辺りをしめてるんだが……」

「……?」

「頭の悪ぃガキだなぁ。よーは所場代として、こんだけ払えって事だよ」

「払えば、とりあえず嬢ちゃんの仕事の邪魔はしないぜ。それどころか、いちゃもんつけにやってきた奴から守ってあげてもいいんだぜ?」

「兄貴優しい~」

「もしも、払わなかったらどうなるんですか……?」

「こうなる」


 予備動作もなにも無く、突然少女は後ろへと吹き飛ばされた。壁に叩き付けられる少女。


「かはッ――」


 大柄な男は力いっぱい、少女の腹を殴ったのだ。


「わかっただろ? 払わないとどうなるか」

「兄貴かっこいい~」

「けほっ」


 腹を押さえながら起き上がろうとして、失敗する。崩れかけた少女の首根っこを掴み、大柄な男はその顔を覗きこんだ。


 そしていきなり――ニヤリと笑う。


「嬢ちゃん。別に金が無いなら無いでいいんだぜ?」

「ぁ……?」

「おい。お前は念のため見張っとけよ」

「兄貴、終わったらヤらせてくれよ」

「おーけ」


 首根っこを掴んだまま暗く狭い路地へと連れてこられる。


「嬢ちゃん、何歳だ?」

「じゅう…に」

「そうか。若いが、俺は別に気にしないぜ」

「な…にを?」

「こう、するんだよ!」


 乾いた布が破かれる音と共に、少女の裸体が露わになる。


「……」


 このくらいの歳の少女なら悲鳴の一つでもあげただろう。

 だが、この少女は全く動じず――大柄な男を見据えていた。


「へっ、ビビって悲鳴もあげられないってか? まぁこっちとしては好都合だけどな」


 現状に絶望も、悲嘆もしない――流されるままに生きるのも、悪くない。

 少女には選択肢がなかった訳では無い。

 ただ、その選択を出来るだけの活力は……すでに彼女の中にはなかった。


「くくく…じゃあ頂くとするか」


 男が少女に手をかけようとした――その時だ。


「あ、あに――ぶげッ!?」


 つい今しがたまで路地の入口に居たはずの男が、派手にこちらまで飛んで来た。


「誰だ……誰だてめぇ!」


「――そう聞かれるのも久しいな」


 頭に被っていたフードを脱ぎ、青年は言った。


「あぁん?」

「残念。僕の名は君らじゃ理解どころか認識すら出来ない」


 青年はかなり整った顔立ちをしていて、服装もこの街に似合わず小綺麗だ。

 その亜麻色の髪は絹糸のように柔らかそうで――遠目に見れば女性と見間違えられるかもしれない。

 しかしその線の細い身体で、屈強な男達の前に出てくるとはどうしたことだろうか。


「てめぇふざけてるのか!?」


 物怖じもせず男は吠える。

 いくら子分がやられたからといって、今まで何十という荒くれをその拳で黙らせてきた男にとって、目の前の華奢な青年はなんの脅威にすら写らなかった。


「少なくとも、今の君よりマシだが?」


 今まさに少女をどうにかしようとしてる様を指摘された男。しかし怒るどころか、男は高らかに笑い出した。


「はっはっはっ――お前はなんにも分かってないな」

「……」

「俺は当然の代価を貰ってるんだぜ? こいつはここで商売出来なくなったら、他へ移るしかない。他はすでに別のチームが陣取ってやがる。この意味がわかるか?」

「君が囲って守ってる――とでも言うのか」

「そうさ! ひどいトコになると、ガキの体刻んで切り売りしやがるからな…俺ならせめて、娼婦館にぶち込むくらいだよ。ひゃっはっはっ」

「そうか……」


 問答を続ける間に、子分格の男が起き上がった。


「てめぇ、さっきはよくもやってくれたな……」


 青年が一歩踏み出そうとしたら、大柄な男はすぐさま少女を羽交締めにした。


「人質のつもりか?」

「へっ。てめぇ、この街の人間じゃねーだろ?」

「だとしたら……どうだと?」

「余所者が首突っ込むと、痛い目にあうぜ!」

「るらぁ!」


 ガスッ!!

 

「人間ってのは、かくも醜いものなのか……」

「なっ!?」


 男の一撃をいとも簡単にいなし――地面へと叩き付ける。


「がッ!」

「くそッ。てめぇ、これが見えるか!?」

「ナイフに見えるが?」

「こいつがどうなっても――」

「それを決めるのは僕でもお前でもない」


 まるで指揮者のように手を動かし……少女を指差した。


「君はどうしたい? この暗い世界で、そんな男に犯され墜ちていき終わるのが君の望みなのか?」

「何を言って――」

「僕はこの子に聞いている」


 睨みをきかせただけで、男は声をあげる事が出来なくなった。


 異質な何かを感じ、それ以上なにも言えなくなる。

 全身から寒い汗が流れ出る。今、自分の首に死神の鎌を当てられているような感覚が男を襲う。


「どうなんだい?」


 うっすらと笑みも浮かべず、真っ直ぐ少女の瞳をみつめる。


「わ、たしは」


 静かな空気が震えた。


「……生きたい。陽の下で咲く花みたいに……」

「そうか」


 その答えに満足したのか、それ以上の言葉は発しなかった。


「お、おい……」

「今しがたお前らの未来が決まった。この子の未来を摘み採る可能性のある――」


 男達を指差し、

 

「――お前らを……消す」


 淡々と宣言した――ただそれだけなのだが、有無を言わせない迫力に満ちていた。

 次の瞬間、


「ナニふざけたこ――」

「あに――」


 路地に満ちた山吹色の光。それが青年の発したモノだと男達が認識する頃には……すべてが終わっていた。

 光が収まり、路地に先ほどまでの暗さが戻る。


 ドサッ――。


 突如現れた重力に引かれ、少女は地面へと倒れこんだ。


 ――少女の意識も、そこで途切れた。


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