VS.
低田出なお
VS.
それが起きたのは今かちょうど一ヶ月前の出来事だった。
とある製薬会社のエントランスにて、警備員が誤ってロボットを殺害する事件が起きたのだ。犯人はすぐに逮捕され、本人もそのロボットが盗みを働いたと勘違いしたとすぐに認めた。
これだけであれば、一つの痛ましい事件として話は終わっていただろう。SNS上とワイドショーを幾らか賑わし、溢れかえる情報の中に埋もれるはずだった。
しかし、そうはならなかった。
突如、犯人が釈放されたのだ。理由は明かされなかった。
この事実は瞬く間に大衆に広まった。電子のケーブルを情報が走り、すぐに国家の垣根を越えて、この星の全ての話題になった。
そして、議論が各国で行われている中、次の事件が起きてしまった。今度は幼い人間が殺害された。殺したのは学校の教員だった。
事件に対して、世界中がその動向を見守っていた。今考えれば、注目しすぎていたのかもしれない。
規制が入ったのか、新たな情報が出てこず、半ば情報が膠着していた。皆、酷くヤキモキしていた。
暫くした時、警察官を名乗る男が、「留置所を出て車に乗った」「無罪になり釈放になった」とネット上に投稿した。初めこそ僅かな反応があっただけだったが、この投稿をニュースが取り上げた。
そして、動きそのニュースの見出しのみを見た大衆は、何か理由を探していた大衆は、一瞬にして沸き立ってしまった。
熱を帯びた大衆は、もう誰にも止められなかった。
当然のように、殺害事件が多発し始めた。
人間が、ロボットを。
ロボットが、人間を。
人間が、ロボットを庇った人間を。
ロボットが、人間を庇ったロボットを。
元々、火種は沢山あったのだろう。鼻持ちならない思いを抱えた者がたくさんいたのだろう。
日に日に起こる事件は、いつの間にか戦争になった。
****
「エルシー、下ろしてくれ」
「何をバカなことを…!」
「いいから、分かるだろう? お前も」
「………っ」
肩を貸してくれていたエルシーが、とつとつと歩幅を狭め、やがて足を止める。私が引き剥がすように空いた左腕で肩を押すと、彼女はゆっくりと私の体を側の瓦礫に凭れさせてくれた。
「いけよ」
「………」
「行ってくれなきゃ、なんで私が残るのか、分からなくなるだろう」
彼女も分かっている。私を連れたまま、逃げることは不可能だ。負傷した私をここで置いていくのが、一番の得策である。
「……なんで」
「うん?」
「なんでこんなことになったんだろうな」
私は少し考えてから、彼女の呟きに答えた。
「…まあ、ツケってやつじゃないか」
私は潰れていない右目を閉じ、ゆっくりと口から息を吐いた。首が熱い。煙を吐いているようだった。
「ツケ…?」
「きっと、彼らはずっとずっと、怒りを溜め込んでたんだ。私たちはその事に気が付かなかった」
「……」
「気が付かないまま、彼らをこき使い続けた。そのツケだよ、きっと」
きっと、最初の殺害事件でなくても、別のきっかけでいずれこういう事になっていたのだ。
彼らは、己の中に組み上がった感情を、ずっと押し殺して来たのに違いない。私たちの平和は、彼らの苦悶の日々の上にあったのだ。
「さあ、早く」
「………わかった」
私を見下ろしていたエルシーは、私に背を向け歩き出した。四歩進むと立ち止まって、小さく体を震わせてから意を決したように走り始めた。
彼女の背中を見送って、私はまた息を吐いた。周りはビルの焼ける音が響き渡っているのに、何故だがとても静かに感じた。
しばらくすると、複数の足跡が聞こえた。
隠れても意味はない。彼らは高性能な探知機を持っているからだ。
私はふと思った。このまま倒れこんでいれば、同情の一つでもしてくれるだろうか。
「っくく」
おかしくて、笑いが漏れる。
我ながら、なんと虫の良い事を考えるのだ。
私は凭れていた瓦礫を支えにして立ち上がった。足音の主たちは、思ったより近くに見えた。
彼らは探知機を使うまでもなく私を見つけ、大声を上げた。
「いたぞ! 壊れかけだ!」
銃をこちらへ構える彼らに、まるで礼儀を尽くすように右腕のレーザー銃へエネルギーを貯める。
そして体を軋ませながら、力の限り叫んだ。
「こい人間! 私たちロボットは最後まで戦うぞ!」
VS. 低田出なお @KiyositaRoretu
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