最終話 抱きしめて

「…………抱きしめて?」


「…………は?」


 あまりにも俺の想像になかった乃愛からの言葉に、思わず不躾な声が出てしまった。けれど全く意味が分からない。そんなの乃愛の周りにいる陽キャなイケメンが言われる言葉だろう。なんで俺なんかに頼むんだよ。


 けれど。


「…………『は?』ってなによ。悠生は私を抱きしめるのは、嫌ってこと?」


 乃愛は唇を尖らせて、けれど寂しそうに問い詰めてくる。


「え、いや、だって。お前、抱きしめるって、そーゆーのはなんていうか、陽キャでイケメンなやつにしてもらったらいいじゃん。何も俺に頼まなくても、乃愛はモテるんだし!」


 乃愛の意図が分からなくて明らかに動揺してしまう俺。一体、乃愛はどうしたというんだ。俺をからかっているという感じでもないし。


「あーあー。落ち込んでるのに悠生にまでフラれたぁ。もう立ち直れないー。明日寝込んで学校休んだら悠生のせいだからねっ」


 乃愛はそう吐き捨てると、うなだれるようにベッドに突っ伏した。それ、俺のベッドなんだけどな。


「いやいやいや、だから、お前、言い方な、それだと人聞ひとぎきが悪いからっ!」


 言いながら乃愛の顔を見てみたら、ジト目で見てくる乃愛の目にはうっすらと涙が見えていて、ドキリとしてしまう。


「私って、そんなにダメかな。悠生は……黒髪清楚で控えめな、頭いい女の子が好きなの? 例えば図書委員の黒木さんみたいな」


 そう言ってくる乃愛はすごく……いつもより弱々しかった。


「え、いや、えっと……」


 けれど俺はなんて答えたらいいのだろう。まさか『黒髪清楚な子より乃愛が好き』だなんて言えない。

 だって俺みたいな地味で陰キャなイケメンでもないやつが、乃愛みたいな陽キャで可愛いクラスの人気者となんて釣り合うわけがないのだし。


「悠生、今日、図書委員でもないのに本の整理手伝ってたよね。黒木さんとふたりきりで。楽しそうに。……黒木さんの事、好きなの?」


「…………え?」


 一体、なんでそうなるんだ。確かに黒木さんが困ってたから図書室の本の整理を手伝ったりはしたけど。だからって別に俺は黒木さんのことを何とも思っていないのに。だって俺が好きなのは子供の頃からずっと変わらず乃愛なんだから。


「……もういいよ。黒木さんを好きなら好きで。でもさ、いいじゃん、幼なじみのよしみで……私のこと、抱きしめてよ」


 駄々っ子みたいに言い始めた乃愛はもう、泣きそうになっていた。


「いや、なんでそうなるんだよ。そういうのは好きなやつにしてもらえよ」


 俺は乃愛には釣り合わない。なのに、一度でも乃愛のことを抱きしめてしまったら変な勘違いをしてしまいそうだ。だから俺は乃愛の要求を突き返した。


「…………だから悠生に言ってるのに」


「…………え?」


「落ち込んでる時に好きな人に好きって言って振られたら、もう立ち直れないでしょ。でも、そういう時、好きな人に抱きしめてもらえたら、元気出そうじゃん。だから、悠生が私を好きじゃなくてもいいから、抱きしめてよ」


 乃愛の言葉に俺の脳細胞が混乱しはじめた。……どういうこと? それってつまり、乃愛は俺のことが好きってこと? いや、それは俺の都合のいい解釈か?


 俺が自分の答えに確信を持てないでいると、乃愛がまた不安そうに言葉を続けた。


「……だめ? 一応これでも勇気出して言ったんだけどな」


 さっきまでは少し強がっているような生意気さがあったのに、もうすっかり弱々しくしゅんとしていて。乃愛は上目遣いで俺を見つめながら両手を広げた。


 にわかには乃愛が俺を好きだなんて信じられないけれど、好きな子に抱きしめてと両手を広げられたら、俺だって抱きしめたい気持ちは抑えられなくなってくる。


「んあー、もう。お前がしてって言うからするんだからな、後で文句言うなよ」


 俺は頭をガシガシと掻いてから乃愛の身体を抱きしめた。


 ふわっと乃愛の髪のいい香りがする。そして乃愛の柔らかい感触が両腕の中に伝わって来る。……改めて、乃愛は女の子なんだよなぁと思う。


「へへ、悠生子供の頃より男らしくなったね」


 対して乃愛も、俺と似たような事を思っていたようだ。


「そりゃ……俺ももう子供じゃないからな」

 

「……私だって、もう、子供じゃないよ?」


 当たり前の事を口走ったつもりなのに、同じ言葉が返ってきて、その言葉を変に意識してしまう。


 そう、俺も乃愛ももう子供じゃなくて。


『好き』という言葉も、『抱きしめる』という行為の意味も、あの頃よりずっと特別なものになっている。


「乃愛? お前さっき好きじゃなくてもいいから抱きしめてって言ったけど、俺、好きじゃない子にこんなことしないからな」


 恥ずかしさと勇気の狭間で言ってみれば。


「……それはつまり、悠生は私の事好きってこと? 好きなら好きって……言われたい、な」


 期待と不安を合わせたような、なんとも言えない可愛い声が耳元で聞こえた。


 くそ。陽キャめ。陰キャ生活の長い俺にはそんな言葉、ハードルが高いんだぞ。そんな事を思っていたら、乃愛の耳が真っ赤になってることに気付いた。


「乃愛……お前、もしかして今、恥ずかしいなって思ってる?」


「うっさい、バカ。私の人生で今が一番勇気出してるのに。台無しにしないでっ」


 乃愛の言葉はいつもの悪態なのに、ふるふるとしている様子が両腕の中から伝わってきて、可愛いなと思う。


「へぇー。人生で今が一番勇気出してるんだ。……可愛い」


「!? か、かわいいって……!! ば、ばか!! そんなこと、悠生が言ってくれるだなんて思ってなかった……」


 俺の言葉に乃愛はさらに上気して俺の腕の中で明らかに動揺しているのが分かる。


 なにこれ。いつもツン多めの乃愛が、最強のツンとデレを同時に放ってるのだけど。……もしかして、俺が褒めたら乃愛はデレるのか?


「だって、言うタイミングなかったし。でも、俺は乃愛の髪色も勉強ダメなとこも運動ダメなとこも可愛いと思ってるぞ」


 少し調子に乗って、思っていたことを言ってみたら。


「………………ばか」


 乃愛は最後の虚勢を出し切るように力なくつぶやくと、俺の肩にぽてっとその赤い顔を埋めた。


 どうしよう、子供の頃からずっと好きだった子が、俺の部屋で俺の腕の中で人生最大級にデレている。


 ここは俺も人生最大級の男の見せ所……。そう思った俺は、さっき言って欲しいと言われた大切な言葉を口にした。


「…………好きだよ、乃愛」


「…………っ」


 乃愛から返事はなかったけれど、俺の頬に触れる乃愛の頬がさっきよりも熱くて、胸に伝わる鼓動はさっきよりも速くて。


 そしてさっきまでよりも乃愛が弱々しくも俺の身体をぎゅっと抱きしめたから。

 返事はそれだけで十分だと感じて俺はそのまましばらく乃愛と抱きしめ合っていた。



 けれど少し慣れてきた乃愛がボソッと呟いて……。


「……なんか負けた気分で悔しい。……えいっ!」


 乃愛は俺をベッドに押し倒すと。


「……ねぇ、ドキドキ、する? 私ばっかりドキドキするの、ズルい」


 俺に抱き着いたまま、俺の耳元でそんな事を言った。

 

 けれど。さっきまであんなにデレてた乃愛がそういう経験があるとも思えなくて。


 俺はそんな乃愛の身体をぎゅっと抱きしめると、ぐるんと回って俺が上になった。


「……へぇ、乃愛、そんなにドキドキしてたんだ。可愛い」


 そして俺が乃愛にされたように乃愛の身体を抱きしめたまま乃愛の耳元で囁くと。


「……ど、ドキドキしすぎて明日学校休んだら、悠生にせいなんだからねっ!」



 乃愛は真っ赤になったままのその顔で、俺の胸に頭突きしたから……


「じゃあ、ドキドキが収まるまでまだしばらくこうしてよっか」


 俺はそのままベッドの上で、しばらく乃愛を優しく抱きしめていた――。




――――――――――――――――――――――


最後まで読んでくださりありがとうございました!

実は負けず嫌い同士の幼なじみの二人。見た目は違ってもそういう部分が相性いいのかもしれません。


いつか続きも更新出来たらいいなあと思いつつ。その日が来るか来ないかは、今のところ未定。


少しでも面白かったな、微笑ましいなと思っていただけたら、このページ下か次のページの☆☆☆を★★★に変えていただけると創作意欲の糧となります!!


そして、他の作品もぜひよろしくお願いします!!

 (コレクションにおススメ順でまとめています)


空豆 空(そらまめ くう)


PS・来週あたり、新作短編公開予定です。

策士で可愛い後輩ちゃんが、酔って甘えて襲ってくるやんわりR15作品の予定。

これも面白いと思います! 公開の際はぜひ、よろしくお願いします。


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クラスで人気の陽キャな俺の幼なじみギャルは、陰キャな俺の部屋で人生最大級にデレる。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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