ネプチューン作戦

第56話:海洋プラント攻撃①

◆オペレーション・ネプチューン◆

依頼主:アーキバス統括部門、世界封鎖機構


 ミッションの概要を説明します。

 今回のターゲットは神聖防衛王国海洋プラント『海鳴』です。

 既に知っているとは想いますが、デスゲームの主催者が、三種の神器と呼ばれる強力な兵装を海鳴に設置しました。


 これを奪取します。


 海鳴には既に幾つかの勢力が侵攻を試みましたが、神聖防衛王国の保有する中小規模固定砲台と全方位型長距離魔力レーザー砲『オリュンポス』によって撃破されています。


 固定砲台は古い発想の取るに足らない兵器ですが、全方位型長距離魔力レーザー砲『オリュンポス』は、高い能力がある、と認めざる得ません。


 我々が安全な侵攻をするためにも、『オリュンポス』を先に撃破する必要があります。



 無人魔導ゴーレム部隊による空と海による同時攻撃、陸上からの打撃支援を同時に行っている間に、潜水艦で輸送する高性能有人魔導ゴーレム部隊の上陸部隊で敵を誘引し、戦力を乗せた航空飛行戦闘艦隊によって撃破する。

 更に新開発されたオメガ・オーバード・ウェポンによる敵戦力の一掃でします。


 厳しい戦いが予想されますが、三種の神器が敵勢力に渡るような事態は避けなければなりません。


 くれぐれもよろしくお願いします






 青々とした朝の時間に、作戦は開始された。

 

 アーキバスと世界封鎖機構の低軌道艦隊から放たれた爆撃が、海洋プラント海鳴の周辺に設置された固定砲台により撃墜、炸裂。

 それが開戦の号砲となった。

 

 あまりにも多くの爆弾と、撃墜と。あちこちで急激に燃焼する火薬の威力と轟音は、アーキバスの本拠点の奥まで届こうかというほどの規模だった。

 

 その近海の中を往く潜水艦の中、ゴーレムと名付けられた鉄騎の中枢部にある少女は居た。


 静かに目を閉じ、艦を揺らす水圧と、遂に始まった低軌道艦隊により海洋プラントへの軌道爆撃の音を感じながら戦意を滾らせていた。

 

(……初めての実戦。ようやくアーキバスに貢献できる)

 

 少女は4年前までは家族と共に、ある街の外れに住んでいた。

 田舎だった。

 近所を歩いて見えるのはそれなりに舗装された道路だけ。道の外から溢れたのだろう、緑色の雑草があちこちに絡まっていた。


 隣の家までは30mはあろうかという場所、どこを見ても知り合いばかりで、新しい出会いという物は自然の中にしか存在しなかった。

 

 退屈だったが―――と、少女は苦笑を零した。それが平穏の証だっと、今ならば気付く事ができるようになったからだった。

 

『―――震えているのか、スティングレイ9』

『はい、いいえ隊長殿。例え震えていても、それは喜びから来るものであります』

 

 いきなりの通信の声に、少女は即答した。そして、礼を告げた。

 上陸部隊から外すべきだという外からの声に、真っ向から反対してくれた隊長に向かって、敬礼と共に笑顔を返した。

 

『ご案内は……できるかどうは分かりませんが、その時にはお任せ下さい』

 

 スティングレイ隊が任せられたのは、上陸地点の確保という危険極まるもの。

 状況によるが敵の配置によっては損耗率が高くなる。少女はその事実を飲み込んだ上で、出来る限りの誠意を見せた。

 

 アーキバスに救われ、人の善意によって救われた。家族を失い、狂気の研究者に実験台にされていた地獄の日々を連れたしてくれた恩義に報いるために。

 

『先輩を押しのけて、か? ふむ、そうなった時はなった時だ、頼むぞ少尉。そして二度は言わんが、分かっているな?』

『はい。何処であろうと、何があろうと躊躇いません。撃てます―――撃ちまくります。徹頭徹尾、任務のために。後続の軍のため、先駆けになって死ぬという我々の役目を果たします』

 

 高性能魔導ゴーレム海神。

 アーキバスが海兵隊用に開発した強襲攻撃機A6イントルーダを元に生産されたこのゴーレムは、上陸時の制圧能力に長けていた。


 引き換えにイントルーダよりも水中行動半径が減少したが、一度攻撃を開始すれば固定兵装である片側6連装、両腕合わせて12連装の36mmチェーンガンの猛威が眼前の敵を駆逐する。


 重装甲でどっしりと構えながら、高火力で敵だらけの海岸を強引に拓く。そんな設計者の声が聞こえてくるような機体である。

 

 反面、その欠点も分かり易い。回避能力はほぼ皆無のため、弾幕を抜けてきた敵に押し倒されるか、重い一撃をまともに受ければそこで終わりになる可能性が非常に高い。

 

 それに、重装甲とはいえ魔法照射を防げる程ではない。上陸した地点は厳選されているとはいえ、近くに魔導師の群れが居れば被害はそれだけで激増する。

 

『ですが……それも、本望と言えば本望。誰より早く、恩を返すことができるのだから』

 

 適任だと呼ばれ、任される場所は誰にでもある。欠ければ作戦の続行に支障が出るという意味では、とても重要な役割だ。

 少女はその意味を取り違えることはなかった。そして、死んだとしても後悔はない。自分で選んだ道だ。


 少女はこれ以上に贅沢なことは無いよな、と呟きながらアーキバスの任務や防衛戦で散っていった者達の事を想った。

 

『はっ、勘違いするなよ。無駄死には無能がすることだ。貴様も例に漏れず、可能な限り生きて、そして死ね………軍人たるもの、死ぬことが仕事。だが、甘えるな』

 

 自棄も暴走も禁じる、という言葉。察した男は背筋を伸ばし、それに、と続けられた隊長の声に頷いた。

 

 昔の作戦ではまだ確立できていなかった、上陸時の海軍戦術の発展系を実地で試すという意味でも、今日は新しい日なのだ。

 

 戦闘記録や戦術論、敵勢力に対する弾幕の効率化が記された1冊の本を元に、先のアーキバス海軍がずっと考えてきたものがある。時間をかけてチェーンガンの弾幕の張り方、散らし方や、敵に浸透する方法を吟味し、効率化してきた日々を、成果に変える意味でも、無様は晒せないからだった。

 

『了解、です。必死で戦い、必死で死にます!』

 

 大声で、敬礼を。途端、周囲から口々に声が。

 

『言葉がおかしいわよ、少尉』

『バカ、気持ちが分かるが突っ込むなよ、盗み聞きしてたのがバレるでしょう?』

『覚悟するのが遅い。足引っ張ると九段あっちでぶん殴るから覚悟しなさい』

 

 調子者の笑い声、諌める者、厳しい先任の声。それを受けた少女は―――気遣ってくれているのだと分かり―――泣きそうになりながら、了解の声を絞り出した。

 

 ちょうど、その時だった。通信の声が、パイロットの耳に届いたのは。

 

『―――HQより魔導ゴーレム17機甲戦隊、上陸を開始せよ。繰り返す、上陸開始せよ』

 

 冷静な女性を思わせる、通信士の声。遅れて、海神を運ぶ強襲潜水艦の艦長から、命令が出された。

 

『全艦最大戦速―――全スティングレイ、離艦せよ!』


 間もなくして、了解の雄叫びがコックピット内に響き。解き放たれた重厚たるゴーレムの最先鋒は、海の中を潜り抜け、海岸に降り立った。

 


 光条の白と爆炎の赤、海の青と艦隊の黒灰が入り乱れる海洋プラントの沖合で、ラスティは獰猛な笑みを浮かべていた。


 足から伝わる海洋プラントの感触。それを全身で感じながら、大声で命令を下した。蹴散らせ、と。呼応するように、防衛隊の精鋭達は戦闘を開始した。

 撃墜された無人ゴーレムや、横たわる有人ゴーレムをすり抜け、前へ、前へと。

 

 炎を吹き出しながら沈んでいく母艦の仇を取るように、吼えたけるように引き金を引いて、ブレードを肉に。食い込ませていった。

 

 母艦より発つ前に潰された、上陸する前に空中で光に貫かれて散った。母艦の搭乗員で、脱出する前に焼かれた仲間の仇を討たんがために。

 

 手順は素早く、端的に、容赦は一切の微塵もなく。殺し慣れたその鋭い機動は、アーキバスでも屈指のものだった。上陸の余韻に浸る前に構え、間もなくして戦うための動きを始めていった。

 

 そしてラスティを含む戦闘経験が豊富なアーキバスの者達は敵の配置状況を確認して間もなく、本隊より一時的に離れんと精鋭を集め始めた。


 少数、電撃的に最優先で倒すべき敵の元へ駆けるために。

 

『エクシア様!』

『皆まで言やなくて良い、さっさと行って!』


 彼女の動きを瞬時に読み取り、やるべき事をやった。移動ルートを確保するために、多くの隊員を束ねて動き始めたのだ。

 

 その判断、指揮は的確と言う他に表現できる言葉はなく。まるで全てが想定の内だという、たった一言で交わされたやり取りを聞いた者達の動揺は最小限に抑えられた。

 

 それが真実か嘘か、どうであれ深くを詮索している余裕が無い者達にとっては、途轍もなく頼もしく思えるもので。

 エクシアは冷や汗を流しながらも、指揮と戦闘に、全身全霊を賭していた。間違っても後背を突かせるものかと、部下に怒声を飛ばしながら奮戦に奮戦を重ねた。

 

 それに応えるべく、先んじた者達は風のように駆け抜けていた。

 

『邪魔だ!!』

「後ろフォローします! くっ、魔法攻撃が』

『慌てないで。改造亜人を盾に!』

『止まるのは一時的にだ、遅れるな!』

 

 改造亜人を遮蔽物に身を隠し、岩塊があれば利用し。だがそれも一時的なもので、攻勢的な機動をエクシアは保ち続けた。

 改造亜人の相手は最低限として、誰よりも早く前へ。

 

 その念が叶えられたのは、2分後。

 ラスティとエクシアはその数を6から5に減らしながら、ついには改造亜人を操る指揮官の元へとたどり着いた。

 沖合付近を射程距離に収めている一団へと。

 

 撃てば届くし、邪魔な障害物もない。だが、それは互いに射線が通ったことを意味する。

 敵の指揮官はその機能の通り、飛来物よりも迫りくる脅威を排除するとするためにラスティやエクシア達へと照準を定めた、が。

 

『―――遅い!』

 

 照射された魔法が致命的なものになるより早く、ラスティから放たれた光の剣の嵐が、改造亜人指揮官を次々に砕いていった。

 ラスティ達はそれを見届けた直後、感慨に浸るより早く本来の移動ルートに戻っていった。

 

『揚陸艦隊の被害はあれど、作戦の続行に支障なし』


 海鳴の保有する改造亜人の誘導を担当するエコー部隊。

 その一団の中で防衛隊の巡洋艦である最上のオペレーターから先発して上陸している最中の、ウィスキー部隊の被害状況を聞いていた。想定より低い被害であることが分かると、静かに拳を強く握りしめていた。

 

 陸に近づく揚陸艦と、戦力を上陸させるため海岸に近づかざるを得ない母艦の被害が大きくなるのは当然だが、その数が想定されていたものよりずっと少ないのだ。

 

 ほとんどの場合において、艦隊は改造亜人による攻撃以外受けることはない。そこから考えれば、上陸地点の確保もそうだが、陸軍の展開速度が速いことを意味していた。

 

 フェイズ1は、低軌道艦隊による海鳴への軌道爆撃。


 フェイズ2、3は海鳴に近い東西の沿岸部に敵戦力を誘導すること。


 フェイズ4はエコー部隊の上陸。エコー本隊は東北の方角へ移動して敵戦力を誘導する。


 彼女達は独自に動き、南方からやってくるオメガ・オーバード・ウェポンの進路を確保。


 六連超大型荷電粒子砲の砲撃をサポートするのだ。予定では3度の砲撃を行い、敵戦力を含めた周辺の敵を一掃することになっている。

 

 フェイズ5は、最終段階。敵戦力の数を減じた上で海鳴内への突入が行われる。

 

『アーキバスと世界封鎖機構の砲弾備蓄量の消耗を抑えられたのは大きい……確か、20%か』

『ええ……あれだけの砲撃を行ってなお2割程度とは、信じられないけどね』

『……綺麗だと言えば、不謹慎になるかもしれないが』

『いや、私も同感です。あれだけの規模、滅多に見れるものじゃありません』

 

 彼女達の言葉通り、映像に移った海洋プラントへの砲撃の光景は圧巻の一言だった。雨のように降り注ぐ砲弾と、それを撃墜しようと地上から放たれる幾百もの光条。


 爆発と黒煙、白光が入り乱れる上空は、神話の1ページと例えられてもおかしくない程に鮮やかだった。

 

 轟音に次ぐ轟音、地面の揺れは果たして如何程か。成果は得られたと、報告があった。対魔力レーザー弾頭弾が使われた軌道降下爆撃とアーキバス連合艦隊第2戦隊からは、多くの固定砲台を潰すことに成功したのだ。

 

 それでなお砲弾の消費が20%に収まったのは、世界封鎖機構の強い援助があったからからだろう。それには、アーキバスの領内に工場や資源採掘場があるので、コケられたるのを避けたい、という思いもある。

 

 いや、避けたいではない、転けたら共倒れという未来が待っているのならば、ここで強く出ずになんとするのか。

 そう考えて動いたネフェルト少佐に感謝を捧げた。

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