第55話:次の戦い


 エクシアが夢の世界から戻ると、隣にはラスティがいた。

 ベットの上にエクシアが寝かされ、ラスティが椅子に座りながら魔導端末で書類仕事をしていた。

 手が繋がれていた。


「お、おはよう。ラスティ」

「おはよう、エクシア。良く眠れた?」

「ええ、とても。手はずっとこのままだったの?」

「その通りだ。握りすぎて疲れてないかい?」

「ええ、大丈夫」


 エクシアはゆっくりと手を離す。エクシアは少し淋しい気持ちを感じながらも、本当にずっと一緒にいてくれたことに、ラスティの誠実さを感じて思わず、口元がにやける。


「貴方は、本当に自分の好きなことをやるのね」

「うん? まぁ、そのとおりだ。好きなことをやる為に苦労はするし、モチベーションが低くても行動のクオリティには影響しない。そういう生き方をしているつもりだ」

「なんというか、悪い意味でも良い意味でも誠実なの、らしい、って感じがするわ」

「それは、まぁ、そうだろうな。褒められているのか、貶されているのか判断に困るが」

「褒めてるわ。ありがとう。落ち着いた。さ、もう行って。一晩付き合わせてごめんなさい」

「構わないさ。それよりも質問が一つある」

「なにかしら?」

「記憶の復元と複製とは何の話だ?」


 ラスティがその言葉を言うと、エクシアの顔が引き攣る。


「面白い話だ。ポロッと漏らしているのを聞いてしまってね。話してくれるかい?」

「隠す必要もないし、言うわ。簡単にいえばアーキバスに所属する個体が死亡すると、あらかじめ地下の工場で生産しておいたスペアが起動するシステムを作っているの。記憶の引き継ぎと、肉体の複製ね」

「なるほど。いい発想だ。稼働率や成功率は?」

「まだ全然ね。肉体の再現はできても記憶の引き継ぎが難しくて。リアルタイムでアップデートされている筈なのに、オリジナルが死亡した瞬間に記憶が混乱して、スペアの精神に変調を来たすの」

「要改善だな。そのまま改良を続けて良いと思うよ」

「否定しないのね」

「何故? 肉体のスペア、記憶のコピーなんて素晴らしい技術じゃないか。個体の同一性や持続性なんて私が言える話ではないし」


 転生者であるラスティは、一度死んでいる。この個体が地球のラスティと同じかなんてものはわからないのだ。だからこそ、どちらでも良い。

 同じ思考や記憶を保持しているのなら、結局は同じ結末になるのだから。


「本当に変な人」

「個性といってくれ」


 二人はそのまま食堂へ向かい、朝食を取る。

 今日の朝食はオーソドックスな洋風。

 ふわふわに焼き上げたパンに、スクランブルエッグ。カリカリのベーコンなどが付け合わせだ。

 こういう時、福利厚生が充実した職場というのは素晴らしい。

 食堂から出ると、エクシアは自分の仕事場に向かった。ラスティもそれについていく。外は雨が降って、貸し出し用の傘を二人して使用する。


「エクシアの今日の予定は?」

「……そうね。ロストフィールドから持ち帰ったデータの解析と、それに伴う作戦行動の立案かしら。味方戦力が大きく削がれてしまったから、命を奪って戦力を高めたいところだけど」


 と、そこで。


「おはようございまーす」



 横合いから声が掛けられ、思わずびくりと反応してしまった。


 声のした方へ目をやれば、濃紺色の制服を身にまとい、全身のあちこちにプロテクターを装備した一際目立つ集団だった。


 バイザーの付いたヘルメットの頂点付近からぴょこんと飛び出す耳。地味な色彩ではあるが、目立つ集団。


 制服に記された所属を確認するまでもなく、機動防御隊の子達だ。


 高い機動力と膂力を活かし、重機を入れづらい場所などに駆けつけ、犯罪者からモンスターの鎮圧までも担う市民にとって頼もしい存在。


 どうみても華奢な少女がコスプレをしているようにしか見えないが、あれで横転した車をひとりでひっくり返したりと、人類種の枠を軽々と超えた活躍をしてくれる。


 そんな彼女たちは、今年も重要施設と宿泊施設の敷地周辺を警邏し、封鎖線を敷いて防衛に努めていた。


 手には分厚い透明なシールドと、スタンバトンを装備した獣人族の隊員の方々は、まだ警戒を完全に解いてはいないものの「無事に夜を越せた」ことに少しほっとしたような顔をしている。


 見れば、ぺりぺりと黄色いバリケードテープを剥がして回収している隊員もいる。


「おはようございます」

「おはようございます。ありがとうございます」

 

 ラスティ達は軽く会釈して挨拶を返すと、一度引き返す。玄関脇にある購買で適当な本数の飲み物を購入する。


 「お疲れ様です」と声を掛けて温かい飲み物を差し入れる。

 事件一つ無く乗り切れたことにほっとしたのか、或いは温かい飲み物で一息つきたかったのか。


 きゃっきゃと明るい歓声を挙げて集まってくると、飲み物を受け取ってはにこにこと嬉しそうにして色々と教えてくれた。


 このあたり、警察機構に所属していても獣人族の人懐っこさがよく現れている。

 聞くところによればあの盾、獣人族が全力で蹴っても割れないらしい。


 「運動のできる男の子が妙にモテる、みたいな感覚」とは誰から聞いた話だったか。



 しかしこうも霧雨が降っていると、傘を差していても問答無用で濡れてしまうので困る。


 仕事柄、雨のなかで行動することも多いため、濡れること自体は慣れているが、しかし朝からいきなり服がじっとりと湿り気を帯びた状態になるというのは心情的にうんざりするものがあった。


 貸し出し用のビニール傘を畳み、中へ入ろうとしたところ、ぴしゃりと音を立てて雷が鳴り響いた。


「荒れそうだ」

「本当に」


◆イベント開催のお知らせ◆

【開催時間】

・一ヶ月


【開催指定エリア】

・神聖防衛王国領・海洋プラント『海鳴』


【景品】

『八咫鏡』、『天叢雲剣』、『八尺瓊勾玉』


【景品説明】

『八咫鏡』:大きい。真実にする。


『天叢雲剣』:光る。よく切れる。上から下に移動できる。


『八尺瓊勾玉』:軽くする。


【取得条件】

・開催指定エリアで、命を奪い、100ポイントを獲得する。


◆終わり◆


 ラスティとエクシアはため息をついた。


「これ、参加しないと駄目なのかしら?」

「景品の能力は侮れない。真実にする、というのは現実改変だろうし、上から下というのは物理的なものはもちろん、パラメータ的な意味もあるかもしれない」

「軽くする、というのは重量はもちろん、概念的な意味合いでリスクを軽くするみたいな使い方ができる可能性もあるのかしら」

「あるだろうな。現実改変に、概念操作、確率操作を行える武装が敵の手に渡れば厄介だ」

「……やるしか無いわね。頑張りましょう。指示通りに動いて貰えるかしら?」

「了解した。君の指示に従おう」

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