第二十話 聖女達のこれから
奇跡比べは有耶無耶に終わったんだけど、クベンティーヌは文句を言わなかったわね。
なんだか晴れ晴れとしていた。どうやら私の力とは互角だったという事で満足したようだ。む、なによ。私だって本気を出せばもっと!
満足したクベンティーヌは聖王国に帰る……。
帰らなかった!
なんだかんだ駄々捏ねて帰国しなかったのだ。
「帝国の聖女を警戒するには私が帝国に止まった方が良い!」
とかなんとか言って。いや、本音では「帰国したらオッサンと結婚しなきゃいけないのよ! そんなの嫌よ!」という事だったけども。
聖王国の使節の人たちは説得したんだけど、結局諦めてクベンティーヌの世話係の女性一人を残して帰国していった。
クベンティーヌの滞在が認められたのは皇帝陛下のお計らいで、聖王国の聖王に「責任をもって面倒を見て、折を見て帰国させるから」とお手紙を書いてくださったそうだ。
なんで皇帝陛下がそこまでして下さったのかと言うと、約束通り大神殿にお参りしたクベンティーヌに拝礼しようと、帝国中の「太陽神信仰者」が殺到したかららしい。
太陽神を信仰する人々は、帝国では異端とされ、迫害された過去がある。それでこっそり隠れて信仰している人が、意外に多かったみたいなのだ。
それが太陽神の魔女が来たということで帝国中からかなりの数の信者が集まったのである。なにしろ帝国中であるから、クベンティーヌが大神殿に行った後にもどんどんやって来ているということで、クベンティーヌを帰してしまったらその信者に悪い、という事になったようだ。
クベンティーヌも意外に多かった太陽神の信者の存在に気を良くして、大神殿に頻繁に通って奇跡を披露して信者の祈りを太陽神に届けていた。
聖王国からは帰って来いという手紙が来たようだけど、クベンティーヌはそれを黙殺した。これは結婚相手を美男子に変えるという条件にしないと容易に帰国しない気だろう。
で、帝国に滞在することになったクベンティーヌの滞在場所だけど。
なんと私たちの住む離宮の一室に住むことになった。何それ?
どうやら、聖女も魔女もまとめて住んでくれた方が色々楽だから、という話らしい。それはそうだろうけども。
「よろしくね!」
とクベンティーヌは屈託がなかった。なんだか贅沢を言って家具を入れ替えさせたり色々した挙句、ウィルミーの隣の部屋に収まった。
「ティーヌ! ここに入るからには、ルールは守ってもらうからな!」
とウィルミーはちょっと怒っていた。どうも部屋を決める時一悶着あったらしい。しかし愛称で呼んでいるところを見ると、仲良くもなったのだろう。
ちなみに、彼女の世話係、つまり侍女はバーメフセンという中年女性で、聖王国に帰れなくなって嘆いていた。しかし、クベンティーヌを非常に可愛がっていて、クベンティーヌもベッタリとバーメフセンを慕っていたわね。
クベンティーヌは「聖王国の聖都は帝都よりも大きくて大都会なのよ!」と言っていたのだけど、話をよく聞くと、貴族令嬢だったクベンティーヌは聖都をくまなく見た事はない上に、帝都の市街の賑わいもろくに見た事がないようだ。実際には帝都の方が大きいとシルリートが言っていた。
それと、魔女はかなり禁欲的な生活を強いられていたらしく、私たちがお肉をバクバク食べ、お砂糖たっぷりなお菓子をむしゃむしゃ食べているのを見て仰天していた。聖王国では聖職者は肉食を禁じられ、贅沢はしないものらしいのだ。
「帝国ではどちらも別に禁じられてないわよ。帝国にいる間は良いんじゃない?」
と私が誘惑すると、彼女は散々悩んだ末に、お菓子だけは食べることにしたようだ。というか、お茶会で私たちがあまりに美味しそうに食べているのを見て陥落した。
一口食べては「ずるい!」とか「私が幸せになることは神様もお許しになる……」とか言いながら表情を蕩けさせているのは面白かったわね。
建前はともかく、クベンティーヌの帝国滞在の目的は婚活なので、彼女は熱心に社交に出て行った。
流石に聖王国の貴族令嬢なのでお作法は優雅だし、口も達者だ。聖王国に興味のある人を中心にすぐに派閥を作ったくらいだったわね。
ただ、肝心な婚活は難しいようだった。さもありなん。クベンティーヌの計画は、帝国の大貴族の息子と結婚してしまい、その夫を連れて聖王国に帰国するというものだったのだけど、そもそもまず、聖王国に婿入りしたがる男性が帝国社交界にはいなかった。
まして聖王国の皇族相当の魔女と勝手に結婚して、聖王国に行ったら、どんな扱いされるか分からないじゃない? そのクベンティーヌを婚約しているらしいオジサンが怒り狂う可能性は高いと思うの。
そんな命懸けの事までして、クベンティーヌと結婚したいという殿方が現れるかどうかよね。……ちょっと難しいんじゃないかしら。
クベンティーヌの第一希望はガルヤードで(アーロルド様は本人にキッパリ断られてさすがに諦めたらしい)、しきりにアプローチしているけど、こちらはアルミーナとウィルミーとシルリートが徹底的に、時には暴力も辞さずに邪魔している。こちらも早々に諦めてくれると良いのだけど。
そんな感じでクベンティーヌはあっさり帝都での生活に慣れ、なんだかんだ言って私たちもクベンティーヌがいる生活に慣れた。私たちは彼女から太陽神信仰について教わり、私たちは大地神信仰を教えて、互いの理解を深める事もした。
おりしも冬になって木々の葉は落ち、池は凍り、外に出られなくなった私たちは暖炉の前に座って一日中おしゃべりをしたわね。暖かいチョコレートを淹れてもらってね。時にはアーロルド様とガルヤードもやってきて混ざる事もあった。
アーロルド様は年が明けると十三歳になり、成人する。そうしたら私との結婚の話も始まるだろう。少なくとも正式に婚約する事になるだろうと思われる。
でも、私もアーロルド様も今更あんまり急いではいなかったけどね。私たちの仲を妨害する者はもういないし、お互い心地良い関係にもなっている。私も彼も心変わりをするとは思えない。
「甘い甘い。男なんて調子の良いことを言っておいて、魅力的な女性を目の前にすればすぐに浮気をするものよ!」
なんてアルミーナは男性と付き合った経験もないくせに言ってたけどね。
そんなある日、私は主宮殿に招かれた。そこでお茶会、というか面談をする。
相手はなんと皇妃様だ。あんまり積極的に会いたい相手でもなかったんだけど、一応アーロルド様のお母様だしね。呼び出されては断り辛い。逃げるのも嫌だったし。
型通りの挨拶をして、暖炉の前に置かれた小さなテーブルに二人だけで付く。私の前にはコーヒーが置かれ、私の好きな生クリームも用意される。甘いクッキーやタルトもある。きちんと歓迎されているようだ。
しばらくは黙ってお茶を飲み、お菓子を食べた。皇妃様の表情は優雅な微笑で、全然顔色が読めない。流石は貴族女性の頂点である皇妃様だ。
やがて、一杯目が飲み終わり、二杯目を侍女が注いだタイミングで、皇妃様が言った。
「貴女とアーロルドの婚約を認めましょう」
私は目を瞬いた。……今更? とちょっと思ってしまったのだ。私は首を傾げつつ言った。
「ありがとうございます」
皇妃様はふーっと息を吐いた。
「そんな『今更貴女の意見なんてどうでも良いです』みたいな顔をするのではありませんよ。皇妃には権限があるのです。私が許可を出さねば貴女とアーロルドが結ばれる事はなかったのですよ?」
その権限も個人の意見で使えるとは限らない。皇帝陛下の決定、貴族達の意向、皇族の意向、アーロルド様の決意、そして聖女である私の意思が婚約成立に集約した時、皇妃様だけが拒否を貫くのは無理なのだ。
「確かに貴女は私の意思など歯牙にも掛けないかも知れません。でも私は母として、アーロルドの事が本当に心配だったのです。だからあの子に相応しい妃を娶せてあげたかったのです」
その気持ちに嘘はないのだろう。私はニコッと微笑んだ。
「では、私は皇妃様のお眼鏡に適ったという事でよろしいですか?」
「ええ、十分に思い知らされました。聖女の意向に逆らうなど不可能であるとね」
皇妃様ははーっとため息を吐いた。
「貴女くらい押しが強くて先天的に威圧感を持っている者は皇妃に向いているでしょう。私はどうも臆病で苦労しましいたけど。それに、アーロルドも心優しいから、貴女のその性格は助けになるでしょうしね」
???これは褒められているのかどうなのかしら。多分褒めているのでしょうけど。
皇妃様はまだ複雑なものを心に抱いたような口調ではあったけど、私に向けてハッキリと親愛の情を含んだ微笑を向けた。
「これからもアーロルドをお守り下さい。聖女よ。そして、愛してあげて下さいね? リレーナ」
「お任せ下さいませ」
こうして私と皇妃様の関係は完全に修復されたのだった。この事はアーロルド様がすごく喜んだわね。彼は心優しいし、母親の事も大好きだったから。
皇妃様との関係修復で完全に障害がなくなった私とアーロルド様の婚約話は本格的に進む事になるだろう。
アーロルド様は幸せそうだし、私も幸せで満足しているんだけど、私は実はまだイマイチ「恋」とか「愛」とかいう物が良く分かっていない。
そりゃ、アーロルド様の事は大好きだけど、その好きと愛とやらが同じ物であるかどうかの確信がいまいち持てないでいるのだ。
でも、アーロルド様は私のことを「愛している」と言うのよね。私よりも三つも年下の彼が分かることが私には分からない。なんだか変な感じだった。それで、私はアーロルド様に尋ねてみた事がある。庭園を一緒に散歩していた時のことだ。
「アーロルド様は私の何処を愛しているのですか?」
と。するとアーロルド様は目を丸くして驚き、続けて爽やかに微笑むと言った。
「全部だよ」
……いっそ清々しい程の全肯定だ。彼は指を一つ一つ立てながら言った。
「綺麗な黒髪も好きだし、空の高いところみたいな水色の瞳も好きだ。やっと追い付いた背の高さも好きだし、走るのが速いところも木登りが上手いところも、頭が良いところも怒ると怖い所もみんな好きだよ」
無邪気な笑顔からはその「好き」が「愛」なのかどうかは読み取れなかったわね。もしかしたら彼も、愛と好きの違いなんて分かっていないのかもしれない。そうね。彼は私より三つも年下なんだもの。
しかし、その時アーロルド様が立ち止まって、いきなり私を抱き締めた。彼はたまにそういう事をするのであまり驚かない。しかしそれが、アーロルド様が甘い声で私の耳元にこう囁いた瞬間に一変した。
「一番好きなのは、こうしていると安心するところかな」
……ボッと顔が赤く、熱くなるのを感じた。それまで平気だったのに、いきなり恥ずかしくなる。アーロルド様の体温が急に何倍も暖かくなったように感じた。
「な、変な事を言わないで下さい! 離れて! 離れて下さい!」
「なに? 突然? 変なリレーナだね」
アーロルド様は不満そうな表情で私から離れ、輝くような微笑を見せた。その笑顔も、なんだかいつもの何倍もの熱量を放っているように見えて、私は心臓がドキドキして彼をまともに見られなくなってしまったのだった。
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四大聖女のかしまし宮廷物語 宮前葵 @AOIKEN
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