第十七話 聖女と魔女

 謁見室で私は赤、アルミーナは黄色、ウィルミーは青。シルリートは緑のそれぞれの加護神の色のドレスを纏って聖王国の使節をお待ちした。すると謁見室の巨大なドアがガコンと開く。


 そして使節団の方々が楽団の演奏する荘厳な演奏に乗ってゆっくりと入って来た。人数は五人。


 私は少し驚いた。五人の先頭に立って入ってくる人物。あの位置にいるのだから使節団の筆頭に当たる方なのだと思うのだけど、その人物が、どう見ても女性、少女だったからだ。


 黒いドレスを着た、黒い髪の少女。黒髪と言えば私と同じだ。……この時点で私は少し、嫌な予感がした。


「外交使節団の長が少女であることなんて有り得るのか?」


 ウィルミーが呟いた。私も同意見である。しかしながら、ありとあらゆる帝国の大貴族を差し置いて、私達が皇帝陛下と皇妃陛下の下、皇太子殿下の同列の位置である階の直下に立っている事を考えれば、ない話ではないと言える。


 つまり……。


 聖王国の外交使節団は列席する多くの貴族の注目を集めながら進み、階の直下、つまり私たちの目の前で足を止めた。そして全員ゆっくりと一礼する。帝国の作法では皇帝陛下には跪くものだが、聖王国では神以外に跪く風習はないのだそうだ。


 黒髪の少女は歳は恐らく私と同じくらい。つまり十五、六歳くらい。ほっそりとした体格で上品な身体付き。つまりこれも私と同じ。怜悧で気の強そうな顔立ちをしていた。


 特徴的なのは瞳だった。瞳の色が赤かったのだ。初めて見る色の瞳だったわね。


 そしてその瞳が私の事をキッと睨んだ。私の背筋を嫌なモノが走り抜けた。


「聖なる神に守られし永遠の王国より、クベンティーヌ・ファルコシニアが帝国の皇帝陛下にご挨拶を申し上げます」


 その黒髪赤目の女性が皇帝陛下に向けて言った。皇帝陛下はやや困惑したような感じで応じた。


「うむ。遠路遥々ご苦労であった。……そなたが正使か?」


「お疑いになるのも無理はありませんわ。陛下。いかにも私が正使でございますが、それは理由があっての事でございます」


 クベンティーヌが胸を張って言った。


「私は偉大なるアルオニエス神の『魔女』なのです!」


 ……やっぱり。私は薄々察していたのであんまり驚かなかったけど、謁見室にいた高位の貴族達は驚きに騒めいた。私の隣に立っていた皇太子殿下が呟く。


「魔女? 聖女ではなくて?」


「太陽神アルオニエス様の世界の神々のお力をお借り出来る者は、魔術師と呼ばれています。女性なら魔女ですね」


 私たちが今いるこの世界は大地の女神アスタナージャ様のお作りになった世界だけど、平行して存在する世界として太陽神、月神。星神のお創りになった世界が存在する、と言われている。そこにはこの世界と同じく沢山の神様がいるらしい。


 その違う世界の神様からお力をお借り出来る者を「魔術師」という。これには加護とは違う何か不思議な力が必要だと言われていて、歴史上何人か存在が確認されているのだそうだ。


 帝国の「神殿」ではこれをあまり認めていなくて、魔術師や魔女は「異端である」として非難される事が多いようだ。まぁ、帝国の人間にとって太陽神は聖王国の守護神様だという意識も強いしね。


「……お力をお借り出来るのなら、聖女と同じだよね。違いがよく分からないのだけど……」


 皇太子殿下が困惑したように言った。確かにその通りで、聖女と魔女はほとんど同じ存在だ、力をお借りする神様は結局姿も見る事の出来る天におられるのだから、この世界の神様だろうと違う世界の神様だろうと大した違いはない。そんな事言ったら神殿の神官達は怒るだろうけど。


「聖王国において魔女は最も尊ばれる存在です。聖王国を代表する者として相応しいと自負しておりますわ」


 クベンティーヌはそう言い放った。聖王国には帝室に当たる存在がなく、神殿の神官の中から王が選ばれるのだと聞いている。もしかしたら聖女に当たる魔女は女王になる権利すらあるのかもしれない。


 クベンティーヌは今回の訪問の目的は両国の親善のためで、贈呈物はコレコレを持参し〜などと述べていたが、その間中チラチラと私や他の三聖女の事を睨んでいたので、訪問の本当の目的はバレバレだった。


 間違いなく、アルオニエス神の「魔女」として帝国の「聖女達」の品定めに来たのだろう。しかもあの表情を見るに敵意満々だ。


 うーん。私はちょっとゲンナリした。


 これはあれだ。間違いなくトラブルになる。いや、クベンティーヌは間違いなくトラブルを起こす気だと確信したからである。


  ◇◇◇


 聖王国の使節を歓迎する夜会は主宮殿の一番の大広間で行われた。ここは滅多にない儀礼の時くらいにしか使われない特別なホールで、私も初めて立ち入った。


 天井も壁もほぼガラス張りという途方もないホールだった。ガラス同士を繋ぐ部分は金で出来ているのだという。数十個のシャンデリアが輝きそれがガラスや金で反射してこの世のものとは思えないような光景が生まれていた。


 皇太子殿下に手を取られて入場した私は呆気に取られてしまった。こ、これは凄い。聞きしに勝るわね。


「驚いただろう? 私も初めて入った時は驚いた」


「アーロルド様は入ったことがあるのですか?」


「立太子のパーティはここで行われたから」


 十歳の時だったという。


「きっと結婚式の披露宴もここだよ」


 アーロルド様は無邪気に言ったけど、私としてはこんな派手なところではなく、もう少しこじんまりとしたところでやって欲しいと思うわね。ガーデンパーティとか素敵じゃない?


 ちなみに、今日は初めて私は皇太子殿下とホールに入場している。初めて皇帝陛下から許可が出たのだと嬉しそうにアーロルド様が迎えに来たのだ。


 それくらい私が皇太子妃になるのが確定的になったのだという事だろうね。流石の皇妃様がもう異を唱えなくなったのだろう。


 他の三聖女はまだ侍女を介添人としての入場だ。彼女達はガルヤードからエスコートされるべくバチバチとやり合っているらしい。ガルヤードは殿下の護衛なんだから、あんまり聖女が付き纏うと困ると思うんだけどね。


 私たちが入場した後は、普通なら皇帝陛下が入場なさるのだけど、今回はその前に聖王国の使節団が入場してきた。


「聖王国の『魔女』クベンティーヌ・ファルコシニア様!」


 と紹介があり、黒いドレスに黒髪に赤い大きな花を飾ったクベンティーヌが入場してきた。身体のあちこちにダイヤモンドの輝きがあり、ジャラジャラと金の鎖や真珠のブレスレットなどが見える。かなり派手好きな女性のようだ。


 ちなみに私も赤基調の夜会ドレスを着ているけど、宝飾品は首に巻いた真珠のネックレスくらいである。私はあんまり金属製品が好きではないのだ。


 ちなみに宝石が好きなのはやはりアルミーナで、シルリートも好きだ。ウィルミーはあまり好きではないらしい。


 クベンティーヌは後から入場してきた皇帝陛下に挨拶をすると、皇帝陛下に先導されて晩餐会のテーブルに向かった。彼女は皇族相当の使者なので最上位、皇帝陛下の右隣に座る。陛下の左には皇妃様、クベンティーヌの隣には聖王国の副使が座る。


 この四人がテーブルの短辺に座り、皇太子殿下と私はテーブルの長手部分の皇帝陛下達に一番近いところに座る。私の左にはアルミーナが座り、私の対面には聖王国の使者の男性が座っている。


 皇帝陛下とクベンティーヌの型通りの挨拶が行われ、食前酒で乾杯をすると晩餐会が始まった。


 クベンティーヌは食前酒を平気で飲み干して皇帝陛下と談笑していた。お酒が呑めるのなら私よりももしかして年上かしら? でもご令嬢の中には私より年下で呑んでる人もいるから違うかな? 優雅な作法でお食事をしながら、皇帝陛下と堂々語り合うあの様子はさすがに聖王国の魔女という貫禄に満ちていた。


「リレーナと同じくらい偉そうね」


「どういう意味なのよ」


 アルミーナの言葉に私は唇を尖らせた。


 晩餐会が終わったらダンスのお時間である。私はアーロルド様に手を取られてホールへと移動した。殿下と最初に踊るのはいつもの事だ。鼻歌を歌いながらホールに入ったところで、意外な声が掛った。


「ねぇ、皇太子殿下。私と最初に踊って下さらないかしら?」


 見ると、クベンティーヌが赤い瞳を細めて艶然と笑いつつ、アーロルド様に手を伸ばしていた。皇太子殿下は戸惑ったような表情を浮かべる。


「それは……。まず私はリレーナと踊るので、その次ではダメですか?」


「あら、それでは私に最初のお相手がいなくなってしまうわ。私はこの会の主賓で、我が王国では皇太子妃相当。カウンターパートは皇太子殿下。貴方ではありませんか」


 アーロルド様が沈黙する。確かにこれはその通りで、クベンティーヌの最初のダンスの相手はアーロルド様が務める必要があるのだ。


 カウンターパートというのは違う国における同等の地位の人物を意味し、聖王国の聖王と皇帝陛下はカウンターパートであるといえる。その考えからすると、次期国王であるアーロルド様と、次期女王になるかもしれない(らしい)クベンティーヌはカウンターパートだと考えて間違いではない。


 そして今回、クベンティーヌは自分のパートナー(婚約者、もしくは配偶者)を伴わず帝国に来訪している。つまり、ダンスパートナーがいないのだ。


 こういう場合、色々と方法はあるのだが、一般的には帝国におけるクベンティーヌのカウンターパート、つまり皇太子殿下が最初のダンスパートナーを務めるのが慣例である。これも間違いではない。


 問題なのはアーロルド様の婚約者相当なのはこの私で、ここしばらくは皇太子殿下と最初に踊るのは必ずこの私だったという事である。そしてクベンティーヌは聖王国の魔女。つまり帝国の聖女である私ともカウンターパートにあたる。そして……。


「ね? アーロルド様お願いしますわ。ふふ、仲良くいたしましょうね」


 とサッと進み出て私からアーロルド様の手を奪って行くその手際。そして私をそれは楽しそうな瞳で見やりながらも一言も声を掛けない。


「……仕方がない。リレーナ。待っていてくれ」


 アーロルド様は私に実に申し訳なさそうな表情で謝ると、クベンティーヌとホールの中央に進み出た。私は仕方なく壁際に下がる。最初のダンスを皇太子殿下以外の相手と踊るわけにはいかないからである。クベンティーヌはべったりと皇太子殿下に貼り付きながら、赤い目を細め、私に舌を出した。……この女!


 私は歯がみしてしまうけど、今更どうしようもない。儀礼の範疇を超えてアーロルド様にしな垂れかかるクベンティーヌと戸惑うアーロルド様を見守る他はなかった。


 クベンティーヌのダンスは完璧で、自分よりやや背が低いアーロルド様を上手くリードする余裕まであった。帝国と聖王国にはあまり宮廷文化に差は無いそうで、言語もほぼ同じなのだそうだ。ただ、帝国では「魔女」には異端の、悪い響きがあるのだけど、聖王国では誇らしい意味があるというのが面白いわよね。


 三曲たっぷりとアーロルド様を独占してダンスを踊ったクベンティーヌは、ダンスを終えるとそのままアーロルド様を連れて行き掛けた。「あちらでお話をしましょうよ」などと言って。


 しかしアーロルド様は何とか彼女を振り切って私の所にやってきてくれた。随分疲れた様子の彼に私は慌てて水のグラスを取って渡した。アーロルド様は私に礼を言うと水をゆっくりと飲み干す。


「……彼女のペースに巻き込まれて大変だったよ。私はやっぱりリレーナと踊る方が良いな」


 嬉しいことを言ってくれる彼と、私はゆっくりと三曲踊った。ダンスは三曲以上同じ相手と踊らない事になっているので、普通はその後は色んな人と踊る事になる。


 のだが、今日はダンスはこれでお仕舞いだった。クベンティーヌがアーロルド様を席に招いたからである。主賓なので別室には下がれないが、ホールのテーブルの一つを占拠してアーロルド様を招いたのだ。主賓の招待だからこれは断れないだろう。


 アーロルド様はあからさまにげんなりとした顔になってしまった。彼は子供の頃はオドオドしていたけど、今は堂々とした少年にはなっている。だけど、やや内気な面があるのでよく知らない人と話すのが苦手なのだ。


 それを見た私は彼の腕に手を絡めて言った。


「大丈夫。私がご一緒しますからね」


 私の言葉にアーロルド様は一瞬目を見開き、そして微笑んだ。


 腕を組んでテーブルに近付く私達を見て、クベンティーヌがあからさまに嫌そうな顔をした。


「なんですか貴女は。貴女は招いていませんよ?」


 私を睨んで吐き捨てる様に言った彼女の姿を見て、遂に私は、この女を「敵」と認定した。だってこの女、私に敵意を持っているわよね。あからさまに。こうまで敵意を明らかにぶつけられて、黙っている私ではない。喧嘩っ早い私としてはよく我慢した方だ。


「私は皇太子殿下のパートナーですよ。彼を招くという事は私も招くということです。マナーですよ。聖王国にはそういうマナーはないのですか?」


 私が顎を上げて見下すような目付きで言うと、クベンティーヌも歯を剝き出した。


「正式な婚約者でもない者はパートナーとは認めないのですよ。それくらいの事も知らないのですか?」


「私が殿下のパートナーである事は、この帝国なら何処の誰でも知っています。なんなら皇帝陛下に聞いて頂いても構いませんわよ」


 見下す私と睨み上げるクベンティーヌの視線がバチバチと激突する。もちろん、クベンティーヌが断固私の同席を拒否するのなら、私は殿下ごと立ち去るつもりだった。それでも私の目的、アーロルド様をこの女に近付けないという目的は達成出来るからだ。


 しかしながら流石は聖王国の正使を勤める程の女である。彼女は本来の目的を見失う事はなかった。


「ふん、仕方がありませんね。特別に同席を許します」


 内心舌打ちをしてしまう。本音を言えば同席したくなかったのだ。絶対にこの女は何やら企んでいるだろうと思ったので。面倒事を避けるなら、失礼を承知で同席を拒否したいくらいだった。


 仕方なく私と皇太子殿下はテーブルに着いた。直ぐに私達の前に酒精の入っていない飲み物が出される。手を出そうとする殿下を止めて、私は大げさに侍従に毒味を要請する。


「この私が帝国の皇太子殿下にに毒を盛るとでも?」


 クベンティーヌは怖い目付きで私を睨んだけど、私は素知らぬ顔で言った。


「正式なお作法でございます。気を悪くなさらずに」


 私はクベンティーヌを敵認定したので、全く遠慮はしなかった。まぁ、本当に彼女が毒を盛るとまでは思っていない。私が彼女を信用していない事を示す意思表示みたいなものだ。侍従の毒味が終わって初めてグラスに手を伸ばす。


 しばらくは私を忌々しそうに睨んでいたクベンティーヌだったが、直ぐに表情を愛想良さそうな笑顔に切り替えて華やいだ声で言った。


「アーロルド様の噂は以前より聞いていて、是非お会いしてお話したいと思っていましたのよ」


 そうですか。とアーロルド様は貼り付いたような笑顔で応えたのだけど、クベンティーヌはお構いなしだ。


「先ほどのダンスもお見事でしたし、私よりも年若いのに落ち着いていて素晴らしいですわ! どうでした? 私のダンスも見事なものでしたでしょう?」


 それからもクベンティーヌはひたすらアーロルド様を讃え、自らを誇り、しきりに自分とアーロルド様は釣り合いが取れた男女であると語りまくった。その挙げ句、彼女はこう言い放ったのだった。


「どうでしょう? 帝国と聖王国の関係を永遠に平和なものにするためにも、帝国の皇太子と聖王国の魔女が結ばれるというのは言いアイデアだと思いませんか?」


 ……は?


 


 

 

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